493、シルバーホーン魔導学園
シルバーホーン魔導学園。
優秀な魔法使いを数多く輩出している由緒正しき名門。
天を衝く立派な城の様な外観は一目では学び舎と判別出来ない。
寮を兼ねた学園となっているので学生が四六時中園内に居るとの話だったが、教室で授業中なのか、はたまた課外授業か、人っ子一人見当たらない。不思議に思いつつもブルックとランドルフは園内に足を踏み入れる。
学園長と会う約束は教会を出る前に取り付けているが、時間通りに到着しても出迎えはなかった。入り口付近には誰もおらず、とりあえず広い敷地内を歩き回る。胸像が置かれた中庭に出たところで呼び止められる。
「ランドルフ様御一行でしょうか?」
振り返ると豪奢なローブに身を包んだ老人が立っていた。しっかりと整えられた真っ白な髭で口元が完全に隠れ、とんがり帽子を被った如何にもな見た目。ランドルフはニコリと笑って頷く。
「お待ちしておりました。私はこの学園を預かりますジョセフ=フォンドボーと申します。以後お見知りおきを」
ジョセフは帽子を取って最敬礼で迎える。相手が七元徳だからか、失礼が無いように気を使っていると見える。そんな気を使えるなら出迎えるくらいはして欲しいものだが、ランドルフは少々慌てたように右手をかざして最敬礼に待ったをかける。
「いやいや、私はそこまで敬われる存在ではありません。対等に接していただけましたら幸いです」
「ほっほっほっ。教皇の守護者たる七元徳のお一人に一介の学園長がどうして対等でいられましょうか。遠いところからわざわざ我々の学園にお越しいただいたのです。どうかこのままでよろしくお願い申し上げます」
ランドルフは少し困った顔を見せたが、別に支障はなさそうなので学園長の意見を尊重する。
「ささ、どうぞこちらへ。応接間にご案内いたします」
学園長について行き、煌びやかで広い廊下を歩く。ブルックは常に周りを気にしているが、全くと言っていいほど人の気配がない。本当に学園か疑ってしまう。
「静かなものですなぁ。物音一つしないとは……」
「ええ。ご存じかと思いますが、今は国の根幹を揺るがす大事件の真っ最中ですので休校にしております。生徒は安全のために一時帰宅を促し、寮生もここ以外の避難所に退避させております。万が一にも我が校に攻撃を加えられた場合、一か所に集まって一網打尽では子供の命を預かる身として立つ瀬がございませんので……」
「しかし、これだけ広い施設を避難場所に使わないのは勿体ない気もしますが……」
「ほっほっ。私もそう思います。しかし噂が事実であるなら我々の防御壁など紙くず同然。この都市で特に目立つ建物ゆえに真っ先に攻撃されることを想定し、最少人数だけ残しているのです。といっても、私共では時間稼ぎにもならないでしょうが……」
命を賭してでも生徒を思う姿勢に感動を覚える。何か慰めの言葉を掛けるべきか悩んだ時、学園長は立ち止まる。
「こちらにお入りください」
通された応接室は広さこそ大したことはないが置いている調度品は一級品で、見る者が違えば調度品の話だけで時を忘れてしまいそうなほどで、学園長にとっても自慢の応接室である。
しかし2人は『豪華な壺や絵画だな』くらいの感覚でしかないのでせっかくの芸術品もスルーしてしまう。少し寂しさもあったが、用件は違うので学園長はグッと堪えて「どうぞ」と椅子を指し示す。2人が座ったのを見計らって学園長は魔道具のポッドからカップへとお茶を注ぐ。
「申し訳ございません。普段はもう少し良い茶葉が用意出来るのですが、何分急でしたもので……」
「お構いなく。然程長居するつもりもありませんので」
学園長はランドルフとブルックの前の机の上にそっとカップを置いた後、対面の椅子に腰掛けた。
「それで、本日はどういったご用件でしょうか?」
「先ほど仰られていたことですよ。敵の襲来。魔導帝の敗北。次に想定される破壊活動。……そういった観点から、我々は魔導大国の今後を憂いているのです」
「それは……大変喜ばしいことです。七元徳の方々が我々に手を貸してくださると言うのなら心強いと言う他ない。ですが何故こちらの学園に? 我々教員の力を借りようということでございましょうか?」
「それは是非ともよろしくお願いしたいところですが、もう一歩先んじたところでお話をしたいと考えております。我々がお借りしたいのはこの国の領主、つまり『水の魔導師』の力です」
その言葉で学園長は目をぱちくりさせる。
「……それは良きお考えかと存じます。 彼の御方が真に力をお貸しくださるなら、これに越したことはないでしょう。しかしあなた方はディラード様のことをご存知ではない様子ですな」
「その通りです。我々には近寄る術もない。ですので仲介役をお願いしたいのです」
「なるほど。門前払いをされてしまいましたか」
学園長は腕を組んで口をへの字に曲げる。その様子に黙っていたブルックが口を開く。
「いや、その手前だ。察しの通り、ディラードは自分の意に沿わない相手に対してヘソを曲げる。いきなり会えるはずもないと考え、ここに来た」
急に饒舌に喋り始めたブルックに面食らう学園長。ランドルフは苦笑しつつ肩を竦めて頬をぽりぽりと掻いた。
「ラ、ランドルフ様。この方はいったい……」
「すみませんが気にせずにいて下さい。私の供回ですので」
学園長はランドルフの言葉に混乱したが、咳払いを一つして話を戻す。
「……ディラード様をお知りでないと申しましたのは、あの方は制御不可能ということでございます。会うことが出来たところでまず話など聞いていただけません」
「かなり気難しい御仁ということですかな?」
「その範疇にはおりません。我が強いと申しましょうか……ともかく、あなた方ではまず話にならないでしょうな」
ディラードの名を出してから学園長も少々壁が出来たようにツンケンしてくる。ブルックが出しゃばったことも関係があるのかもしれないが、やはりディラードが起点に思える。
「構いません。どんな形でも良いので合わせていただけないでしょうか?」
学園長は目を瞑って考え込む。意を決したように目を開き、ジトっとした目で睨みつけてきた。
「私ではお力にはなれません。ですが一つ。街の外れにディラード様が建てた工場がございます。そこの工場長であるなら、ディラード様への謁見を申し込める手立てがあるやもしれません」
「……ありがとうございます」
学園長の名を出さない条件で工場の場所を教えてもらった2人は学園を離れた。




