491、反社会勢力
魔導大国には18もの都市が存在する。
首都を除く8つの都市が魔導星の領土であり、その他は一応力のある領主が治めている。
というのもほかの地域を治める領主は大概、魔導星になれなかった者と魔導星から追い落とされた者たちで構成されている。
公には先人が後人に魔導星を譲り、名誉の勇退を果たした後の天下り先として用意されたポストとの認識がある。才能と実力を備え、魔導星の最終選考まで残ったものも同様に領主の席を用意される。魔導星レベルの才覚をみすみす逃すのはあまりにも惜しいと考えた結果だ。
しかし本人たちからは全く違って見える。才能が物を言う世界において、降格、または維持されるのは屈辱以外の何物でもなく、善意によって用意された席は侮辱以外の何物でもない。『勇退』などという方便で煙に巻こうなど断じて許せなかった。
そのため、贅沢な暮らしは享受しつつも、自身のプライドを傷つけられたとする被害者意識と憎しみを発動し、打倒四賢冠を掲げ、何としてでも政権を奪えないかと画策する反国家思想を持つに至る。
わがまま放題の魔導星と並び、反国家思想の領主たちが大っぴらではなくともコソコソと邪魔をする関係もあって国としてのまとまりは無いに等しい。七大国の中でも下位だろう。
当然、政権争いのせいで国が分断し、最終的に魔神モロクの手によって消滅した獣王国などとは比較にならないほど国の体を為しているが、そういった名ばかりの国を差し引いたとしても、魔導大国を維持出来ているだけで奇跡に近い。
魔導大国が分裂を免れた理由。それは揺るがぬ根幹に国の大黒柱たる『魔導帝』が鎮座していたことに他ならない。それを崩させまいと守護する四つの強固な柱『四賢冠』と共に、絶大な力と絶対的な権力が重しとなって圧し掛かり、下手に逆らうことが出来なかったのが大きい。
魔導帝の敗北とは詰まるところ、彼らにとっての『解禁』を意味する。
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魔導大国の東端部に位置する地域『ダモーイン』。首都名は『ドゥームロウ』。
総人口は70万人弱。特産物は麦、麦芽酒。国力は地方の中でも低く見積もられ、都市の区画により治安の悪さが違うが、マフィアの様なものや麻薬や娼館が溢れ淀んでいる。
魔導大国一治安が悪いと酷評されているが、領主であるモンクス=グレフォールは気にしない。というよりも無視する以外に方法がない。
モンクス=グレフォールは表向きは統治者ではあるが、実際は裏社会を仕切る首領ゲムロン=ウィスルが影の支配者として君臨している。
ゲムロン=ウィスル。190cmを超える長身。まるでドーピングでもしたように膨れがった筋肉と真っ黒な肌は天性のもの。金のネックレスをジャラジャラと付け、綺麗に編み上げたドレッドヘアと分厚い唇が特徴的な暴力と我儘を形にしたような男。
2人はビジネス関係にあり、ゲムロンは女と麻薬の売り上げの10%を支払い、モンクスが罪をもみ消す。
四賢冠にバレないように控えめに行動し、190cmもある巨体を隠し続けて勢力を徐々に拡大。その結果、一般市民が食い物にされ、彼らから巻き上げた税金で要人が散財、貧困が加速化して引越しもままならずに安い賃貸で生きるのにも苦労する。最終的にはギャングに身を染め、まともな人間が居なくなっていく。
悪循環が渦巻くこの地が正常化されないのは、四賢冠の過労とモンクスの誤魔化しが上手く噛み合ったせいだ。
ちなみに四賢冠からコソコソと隠れ潜んでいるが、ゲムロンは魔力総量や身体能力が生まれた時から高く、才能だけなら英雄級の実力者。モンクスもマスターになれたと称される器ゆえに一般人では手も足も出ないので、デモ活動やレジスタンスなどを立ち上げたところで即鎮圧されてしまう。上が変わらない限りこの都市に未来はない。
この悪の巣窟に各都市の悪徳領主が一堂に介する。
「まさかこの国にまで例のカスどもが攻めてくるとはよ……。しかし、ただボコって頭を潰すことで支配を名乗るなんざ獣と変わらねぇなぁ。繊細さもねぇし、風情もへったくれもねぇ。そうだよなぁ?」
ゲムロンは上座に座ってモンクスの用意したコーヒーカップに角砂糖を1つずつ入れていく。暇つぶし感覚で入れていった角砂糖は真っ黒な液体からちょこっと頭を出している。
『ジジッ──無駄話はよそうゲムロン。何のために時間を割いていると思っている?』
魔法の機械で映し出された映像から偉そうな声が聞こえてくる。両手の指を絡めて肘を突き、前屈みで鼻の下に組む。明かりを後ろから照らしているのか、逆光で顔が判別出来ない。
ゲムロンは映像に映った人物に睨みを聞かせる。あまりに苛立ったのかコーヒーカップを右手で横に弾いて床にぶちまける。しかし映像先の人物はまったく動じていない。映像越しに凄んでも意味がないと感じたのか、ゲムロンは鼻で笑って椅子に体を預けた。
「ふんっ……映像が乱れてんぞ。戎魔科学はテメェの領分だろうが。ちゃんと調整しろよ間抜け」
確かに映像はビリビリと乱れている。1つだけではなく複数の映像で同じ症状が出ている。映像に映った人物は特に反論なく黙ったまま。ゲムロンのすぐ側に座る同じ色の肌の男が声を上げる。
「おいディアクスっ!! 聞いているのかっ?! ゲムロン兄貴にちゃんと返事をしろっ!!」
このつるっぱげの黒人はバーダン=デイヴィス。
赤い宝石の付いたピアスを両耳に付け、唇の端にもピアスを付けていた女々しい男。身長は175cmほどでゲムロンと比べれば枯れ枝のように見えるが、しっかり鍛え上げられた細身の筋肉を備えている。目は細めで顔の中心からやや離れている。
元炎の魔導師であり、炎魔法の腕前は逸品。
「うるせぇぞバーダン。余計な口を叩くな」
「うっ……サーセン。兄貴……」
さっきまでの威勢は何処へやら、すごすごと引き下がる。そんな中でもディアクスと呼ばれた映像越しの人物は変わらず黙ったままだ。痺れを切らしたのか、ディアクスの映像の隣の映像から声が発せられる。
『仲間割れはやめようではないか。我らは打倒四賢冠を掲げた同士。このチャンスを前に分断している場合ではないだろう?』
『如何にも。これまで以上に結束する必要がある』
別の映像からも次々と声が上がる。これら全てが政権打倒を狙う反社会勢力。自分たちの利権させ守れれば、弱者など見殺しにしても心が痛まない人でなし集団。
『それはそうとゲムロンさん。あなたの所属している『黒園会』に我々はいつ招待されるんだろうか?』
巨漢と思しき野太い声でゲムロンに質問する映像越しの誰か。ゲムロンは面倒くさそうな顔で鼻を鳴らした。
「またその話か? ったくテメェもしつけぇな。言っておくが、あそこはマジで選ばれたものしか入れねぇんだよ。王様に貴族、聖王国の枢機卿とかのな。ちなみに俺は特別だ。俺は有能で貢献度が高ぇからなぁ。……だが安心しろ。俺に尽くす奴はちゃんと引き上げてやるよ。それこそ『黒園会』入りも夢じゃねぇほどにな」
ゲムロンはニヤニヤと映像を見渡す。中には懐疑的な顔もあったが、今は誰かも言ったが分断している時ではないので口を挟まない。ゲムロンが満足そうにしているとディアクスが声を上げる。
『……そうは言うが、聖王国で幅を利かせていたお前の実弟は行方知らず。人身売買も廃業ではないかな?』
チクリと刺したその言葉に空気がピリッとひりつく。喧嘩をしている場合ではないだろうにどうして刺激するのか、他の領主たちには分からない。
「へっ……聖王国も教皇が変わっていろいろ面倒になったからな。仕事出来ねぇ理由も一応正当性はある。だが、報告がねぇのはいただけねぇよなぁ。今度連絡があったらこっちに戻して処刑するつもりだ。まぁ、ジェイコブの野郎の処分は今はいい。そんなことよりも、もっとおもしれぇもんが手に入ったところだ」
ゲムロンは2回柏手を打つ。
「入ってこい。ルグラトス」
その言葉を合図に部屋の扉が開き、1人の男が入ってくる。
ルグラトス=ズル=イーマ。剃り込みの入ったドレッドヘアの黒人。深紫色の鎧を着こみ、鼠色のマントを羽織っている剣士。その姿と名前に覚えのある者たちが一斉にざわつき始める。
『ルグラトスっ!?』
『剣聖の第六席次かっ!』
『何故帝国の剣がここにっ?!』
その言葉を浴びせかけられながらも特に反応することなくルグラトスはゲムロンの横に控えた。
「剣聖のやり方が気に食わなくて出てきたんだと。この自称『賢明な判断』くんは、最近俺のシマで暴れてたのを俺様が直々にシメたんだ。従順になるのに少々てこずったが、今じゃ俺の手下よ」
「誰がだっ。私はまだ気を許したわけでは断じてないっ」
ルグラトスは凄むが、何も言われずともゲムロンの横に控えたその行動との矛盾が答えとなっている。
「こいつのおかげで入る隙のなかった帝国もどうにか出来そうだぜ。その上今回の敗北騒動。デカい追い風だよなぁ。さぁて、それじゃ今後の方針を決めて行こうぜ。俺たちの国を魔導帝から取り返すんだ」
裏で暗躍するゴミ屑ども。どれだけ掃除をしても湧いてくるヘドロの塊。
そのゴミ溜めの天辺に鎮座する御山の大将ゲムロン。
どの国でも悪は密かに根を張り、蔓延っている。




