488、勝ち目は皆無
力が強い。能力が特殊。
そんなものでは到底語れないマイラという存在。
禁術の支配空間を発動し、魔女を追い詰めた気になっていたフェーデラントは逆に追い詰められているような感覚に陥る。
目の前で見せつけられた再生能力は全員が保有しているものなのか、マイラだけが異常なのか定かではないが、このままでは勝率は皆無。何度吹っ飛ばしても完璧に回復されたのでは魔力がいくらあっても足りない。
お互いの魔力が尽きるまで戦うなど現実的ではないし、そこまで戦って何とか1人を撃破出来たとしても悪魔を含めて3体の敵が残る。戦闘を続けること自体が間違いであることを悟った。
「チッ……この化け物どもめぇ……」
フェーデラントの恐怖に歪んだ顔にマイラは眉を顰める。
「おいおい……ったく、どうやら打ち止めらしいな。どいつもこいつも早漏でつまんねぇぜ」
肩を竦めるマイラに背後で観戦していたヴィシャナが声を上げる。
「だったら早く仕留めろ。時間を掛けすぎだ」
「っるっせーなぁっ、黙ってろよっ。俺の好きにやらせろっ」
「自分のことばかりだな。そんなんだから支配空間に取り込まれる結果となった。これだったら元より二手に分かれた方が良かった」
「はぁ? 俺のせいにすんなよっ! 支配空間に入れられたのはお前らがトロいからだろうがっ! ただボケっと観戦してただけの奴がナマ言ってんじゃねぇよっ!」
マイラはフェーデラントから視線を外してヴィシャナに怒号を飛ばす。ヴィシャナはともかく、特に苦言も呈していないリジュールにも『お前ら』と飛び火したことで、陰陰鬱鬱として優柔不断で流されやすい性質の彼女も流石にムッとする。その顔には『リジュは関係ないじゃん』と書いてあった。
行動を共にしている割に仲間意識の薄そうな彼女たちのやりとりにフェーデラントの心は少しだけ軽くなった。
(……勝手に殺し合いを始めそうな空気感だな……ここでアレを使えば戦況はひっくり返せるか? いや、しかし……っ)
本来であれば仲間割れをしている敵の隙を狙うなど魔導帝の誇りが許さない。魔導帝は反発する気持ちに寄り添うように思考を巡らせる。
(何はともあれ奴らを倒すことが先決だ。この状況を打破する手立てを思えば致し方あるまい……っ)
腹が決まったフェーデラントは頭上へと槍を投げる。そのまま切っ先が落ちてくれば自分の頭に刺さる軌道を描くが、落ちる前に誰かが掴んだように空中に固定される。それと同時にマイラの背中に向けて右手を伸ばした。
ヴィシャナとリジュール、そしてグラシャラボラスはフェーデラントの動きを見て訝しむ。急に会話が途切れ自分の背後に目を向けていることに気付いたマイラが背後を確認する。フェーデラントを視界に入れた瞬間、伸ばした右手に装備した白銀の腕輪の周囲が歪み、空間を裂くように鎖が4、5本射出された。
急な攻撃に面食らったマイラだが、その動体視力に映る鎖は光を放つ魔法の鎖であると認識する。鎖を鞭代わりに使用するのか、はたまた拘束か。ひとまず左腕を上げて鎖を絡めとる。
「……こいつは何の冗談だ? この野郎、俺らの話し合いに割り込みやがって……」
「今は戦い中だ。戦いに集中せぬ奴が悪い」
「そうかよ。で? どうするつもりだ? こんなもんで俺を拘束出来ると思ったら大間違いだぜ」
マイラは左腕にグッと力を込めていつでも破壊出来るとアピールする。直接触れているわけではないのでどれほどの力が込められているのかを完璧に把握出来ないが、ただちょっとだけ引っ張っている様子を見ただけで鎖など簡単に千切りそうな雰囲気を感じさせた。
「ふっ……大間違いのは貴様の方だ。自分が今どんな状況に置かれているかも把握出来まい」
「あ? どんな状況だよ?」
「今から見せてやろう。──『後ろを向け』」
鎖がフェーデラントの声に反応するかのように振動し、マイラの手にくすぐったい程度の震えが伝わる。
「ん? お? おぉっ?」
マイラは自分の意思とは無関係に背後を向いていく。ほどなくヴィシャナとリジュールの顔が見えた。
「何をしている?」
ヴィシャナは半笑いで楽しそうに2人を見るマイラに苛つきながら尋ねる。マイラは左手に巻かれた鎖を指差してコレのせいだとジェスチャーを送った。
その鎖を生成した魔道具の名は『命環『法典』』。
魔法大国の国宝『四宝守』の1つ。相手に自分が出すルールを守らせる力を持つ。
1人に付き3つまで命令を聞かせられ、一日経たないと書き換えは出来ない。 ただし、難しい命令は重い代償が必要であり、代償無しで使うならあくまで簡単なものに限定される。所持者にしか使えず、代償を他人に代用してもらうことは出来ない。魔法の鎖が相手に飛んで行き、縛ることでその効果を発揮する。
鎖に捕らえられないとルールを押し付けることは出来ず、縛られたとしても所持者を戦闘不能にすれば問題を解決出来る。
『なるほど。繋いだ相手の自由意志を奪う鎖でしたか。ソロモンの考えそうなことです』
グラシャラボラスが感慨に浸るように眺める。リジュールはその言葉に驚いた顔を見せた。
「ええっ! それじゃこれからマイラと戦わされるってことっ?!」
『そのようですね。自分の手に負えなくなったのであなた方同士で戦わせる。洗脳は手頃で良いですね。あれが王様の切り札と見てまず間違いないでしょう』
肩を竦めるグラシャラボラスに目を瞬かせながら、ゆっくりとマイラに視線を送る。デザイア以外に命令されて自分の意思とは関係なしに命令通り動かされるなど、さぞ屈辱的な表情をしているものだと思ったがマイラも満更ではなさそうだ。
「あ〜あ。こうなったら仕方ねぇよなぁ。魔女同士の戦いはデザイア様から止められてるんだが、鎖の能力で操られちまったんだからしょうがねぇよな。うん、しょうがねぇ」
この世界での戦いが飽きてきたマイラにとっては体の良い言い訳を手に入れたも同義。少しくらい2人と1匹をボコっても許されるだろう。マイラは静かにフェーデラントの言葉を待つ。
「何て奴だ。仲間意識のかけらもないクズ。同情するよ異世界の魔女共。──『奴らを殺せ』」
──キィンッ
甲高い音と共に鎖が振動する。マイラの左腕にくすぐったい振動が到着し、マイラ自信もニヤリと満面の笑みを作る。しかし、思っていた状況とはまるで違うことが起こる。
「ゴホォッ!!」
フェーデラントの口から大量の血が噴出した。急に吐血して膝を折り、魔法陣に手を突いて四つん這いになる。さらに鎖も自壊するように砕け散り、左腕が自由になる。
マイラはきょとんとした顔でフェーデラントを見た。
「お? えぇ……病気か? 持病持ちか知らねぇけどこのタイミングで来るかよ普通……」
頭を掻いてため息をつくマイラ。そんな中、フェーデラントは今起きた状態に疑問符を浮かべた。
(そんな莫迦な……っ! 奴に戦いを強いるコストが私の命だとっ?! 高すぎる代償だっ! 割に合わぬっ!!……いや、命を賭したとて此奴を命令通りに戦わせることが出来るかどうかは未知数か……っ)
フェーデラントは魔力を総動員して損傷した内臓を魔法で修復する。あっという間に回復してしまうが、マイラを操る作戦は御破算である。
ほぼ打つ手なしの状態にフェーデラントは最後の手段を使用する。
「──『皇命徴収』っ!!……私は……継承を認めるっ」
フェーデラントはマイラたちに向かって右手を伸ばす。
この魔法は魔導帝が対象へ「継承を認める」と宣言すると対象の力が一時的に吸収・同化される。完全な奪取ではないが戦闘中なら十分致命的となる。魔力や能力の一部でもこの手に出来れば、少しは戦況に影響するものと考えての魔法行使だったが、この魔法には今回に限り致命的な欠陥があらわとなる。
「なっ……う、嘘だ……っ」
本来、歴代の力を連綿と受け継いできた今世最強の『魔導帝』フェーデラントに敵はいない。この世界において、フェーデラントの前に立つ敵はすべてが格下であり、この魔法に抗える存在など自分が知る中でたった1人だけ。原初魔法を操るアリーシャのみ、この魔法に対処出来るのだ。
そう、つまりアリーシャ以外にこの能力が効かない存在の出現である。それは、血統を拒否する者。具体的にはフェーデラントの遥か格上の存在。フェーデラントは井の中の蛙であり、この世界よりも外のことなど知る由もなかった。そのせいでこの欠陥に気付くことなど出来ない。
寒くもないのに歯がガチガチと鳴る。
もはや何も出来ないことに対する絶望と緊張感がフェーデラントの心を折る。
その表情にマイラはこの戦いが終わったことを確信する。
「そうか。終わりか。そんじゃそろそろ支配空間出るか」
マイラは支配空間を見渡し、全身に力を込める。赤い魔力が溢れ出し、ウネウネと触手のように暴れ散らす。
支配空間の解除方法は使用者が解除するか、それとも再起不能となり空間を維持出来ないかのどちらかになる。だがマイラはどれとも違う方法でフェーデラントの支配空間から抜け出す。
「──熱砂の王座、焦熱の極致。天上の陽を凍土と化す、原初の灯火をここに。灰は灰に、塵は塵に。万象の形を溶かし、理の芯を焼き潰せ。此処は光すら屈する処刑場。慈悲は乾き、救いは蒸発し、残るはただ赤き終焉のみ……」
つらつらとマイラの口から流れ出る魔法の詠唱。これほどまでに重厚な詠唱は聞くことがない。そして詠唱を開始した瞬間、マイラの周囲数メートルの空気が一瞬で超高温に達し、プラズマ化する。近づこうとする者は皮膚が焼けるどころか、放たれる熱の衝撃波で吹き飛ばされるだろう。
一体何をする気なのかと戦々恐々としていると魔法が発動する。
「顕現せよ──『血戦焼尽・炎創界』っ」
それは支配空間を飲み込むマイラの支配空間。周り一帯が炎の空間と化し、全てをマイラの意のままに操る。この空間で扱う炎の威力は太陽のフレアのレベルに匹敵し、炎を収束させ赤いビームを放ち相手を蒸発させることも出来てしまう。
魔導帝が受け継いできた禁術が問答無用で塗り替えて自分の空間にしてしまったのだ。
フェーデラントは愕然とする。凄まじい魔力の奔流に死すら覚悟した。
「これが世界だ。坊や」
マイラは勝ち誇り、フェーデラントを見下ろす。
「……か、勝てるわけが……ない……」
フェーデラントは戦闘意欲を失い、完全決着となる。
この世界の魔導の最高峰は魔神の力に屈服した。




