487、皇統律式・王国創世
巨大で荘厳な空間。
秒針を刻むように歯車が回る。これだけ大きい歯車だと金属音も凄まじいのは容易に想像出来るが、聞こえてくるのは果てしなく遠くで動く機械音だけ。常に一定のリズムを刻んでいるが、膜が張ったように籠もっていて聞こえるので心地よさすら感じてくる。
空中にいたはずのマイラと浮遊要塞で見学していた他3名は突如現れた白金の魔法陣の足場に強制的に立たされていた。グラシャラボラスは感心して辺りを見渡す。
「ほぅ? このような世界でこれほどのレベルの支配空間をお目にかかれるとは夢にも思いませんでした。魔道の最高峰と自負するだけはあるようですな」
素直に褒めるグラシャラボラスの様子にリジュールも同調する。
「……な、なんか芸術的な空間だねぇ」
リジュールはヘラヘラしながらヴィシャナに声をかけた。しかしヴィシャナはリジュールを無視。無視されたリジュールは視線を泳がせた後、俯きながら唇を尖らせる。
「我が究極奥義──『皇統律式・王国創世』。この魔法の発動は即ち貴様らの敗北を意味する」
フェーデラントは勝利宣言でマイラたちを牽制する。
「へぇ? そりゃすげぇや。聞いたかよおいっ! こんな見た目だけの空間で俺が負けるとよぉ! ははっ! 称賛の拍手を送ってやるよっ!」
マイラは半笑いでパチパチと手を叩いて見せた。
「……ところで、どう負かせてくれんのかご教授願いたいもんだねぇ王様?」
「語るに及ばず。調子に乗って余裕という名の怠慢を晒すなど間抜けも良いところだな。……とはいえ、私にも思うところはある。貴様らの実力を測り損ね、無駄に魔力を消費したことは反省に値する。つまり貴様は私の精神の向上に貢献出来たのだ。咽び泣いて感謝するが良い」
「チッ……口の減らねぇガキだ」
フェーデラントの態度に苛つくマイラ。この思い上がった態度はフェーデラントにやりたい放題させていた上でのことなので、結果としてマイラ自らが育てたといっても過言ではない。といってもやり返さなかっただけであり、2人の力の差は歴然。ダメージだけでいえばジェダの方がマイラに攻撃を加えられている。
「ま、ともあれコイツがお前の本気ってことで間違いねぇよな? そうだよなぁっ?」
マイラは目を見開いて瞳孔を開く。耳まで届きそうなほど口角が上がり、白磁器のようにツルッとして透明な美しい肌がヒビ割れたような狂気的な笑みを浮かべる。ここからが本番とでも言いたげな表情だが、それはフェーデラントとて同じ考えだった。
「ふんっ、凄んでも無駄だ。すべて遅すぎたのだ。ここから先も私の独壇場。貴様らの出る幕はとうに終了している。潔く奈落に落ちろ」
「けっ……吐かせよっ」
様子見は済んだ。四賢冠との戦いもまぁまぁ楽しめたが、魔導帝との戦いは1人で4人を圧倒出来るであろう強さを誇っている。好奇心を満たすのに十分だったと満足したマイラは、その礼も兼ねて反撃をしてやろうと両手に魔力を込める。フェーデラントの心を挫く圧倒的な魔法を見せてやろうと考えたが、魔力を溜めたことによって先ほどまで一切気付けなかった違和感に気付く。
「ん?」
マイラは爪を引っ込めて右手を凝視する。魔法を構築しようとするが、頭にモヤがかかったように思考を邪魔されて構築が上手くいかない。これまで培われ、最適化された最高効率の理論がほんの少しの歪みで乱されているのを感じる。そこで勘付いた。この支配空間は相手の魔法発動を遅らせる効果が存在するのだと。マイラはジロッと辺りを見渡す。
「ふっ……気付いたか? だが貴様が気付いたのはほんの一部に過ぎない。貴様らの地獄はここからだっ」
──ヒュボッ
フェーデラントはその場から消え、瞬時にマイラの下に潜り込む。マイラの動体視力を超える動きに一瞬判断が遅れた。
──ドッ
同時に放たれた槍がマイラの腹を突いた。血の防御が間に合わずに切っ先が半分ほど刺さる。皮膚の下に忍ばせた血の鎧を貫通し、攻撃は内臓にまで達する。あまりにも簡単に体内に侵入されたことに一瞬混乱したが、穂先をいつの間にか魔法で超振動させ、マイラの魔法防御も固有能力も突破したことを肌で感じた。
「吹き飛べっ──五色旋壊破っ!!」
刃が光り、マイラの体内で火と水と風、闇と光の属性魔法が同時に発生。出口を求めて五つの魔法同士が暴れ、反発しあってマイラの体を突き破る。物質と反物質が混じり合ったが如き凄まじい威力の衝撃波が発生。しかし同時にマイラから出た血がフェーデラントに弾丸の如く降りかかる。
「っ!?」
本当ならこのまま後ろの3人にも接敵するつもりだったが、ダメージを負うリスクを避けるために滑るように後退する。その様は自ら発生させた衝撃から逃げるようであり少々無様に感じたが、別に恥じ入ることはないとこの際よしとする。むしろ『イタチの最後っ屁』を浴びなかったことが誇らしいまである。
「ふんっ……まずは一人」
次は他の魔女か、それとも悪魔か。歴戦の槍士の如き佇まいで身を屈めて黒煙が晴れるのを待ったが、自然に晴れるよりも早く空間を切り裂いたように一気に黒煙が晴れた。
「……何?」
フェーデラントは信じられないといった表情で目を見張る。そこには体の半分以上が吹き飛びながらも血液を何千本もの触手のようにくねらせて立っているマイラの姿があった。
「ハァ〜……あ〜あ。どうしてくれんだよこれぇ。ボロボロじゃねぇか……」
動く口元は皮膚が吹き飛び、筋肉が剥き出しになっている。筋肉も千切れ飛んでいるので口を動かすことは出来ないはずだが、何事もないように口を動かす。血液の触手は散らばった肉片を探すようにゴソゴソと魔法陣を這いずり回り、引き寄せては傷ついた体に戻っていく。喪失した部位も筋肉も皮膚も、着ていた服さえも再生させていく。
「そ、そんな莫迦な……」
フェーデラントは周りを見渡す。支配空間は展開中だ。当然、自分の魔力を使用しているので何かあれば分かる。効果が薄れた様子も綻びもない。
『皇統律式・王国創世』とは魔導帝のみ使用可能の奥義であり、歴代の魔導帝から連綿と受け継がれ、常に改良されてきた魔導最高峰の支配空間。魔導帝が持つ最強の能力を次世代へと全て受け継がせることが出来る奇跡の魔術儀式『黄金律』を戦闘用へ転化した禁術。
その内部では術者以外の魔力・術式・身体能力・因果の流れまでもが『魔導帝系統に従属する形』へ再定義される。具体的には他人の魔法効率低下、術式構築速度低下、契約・祝福・加護弱体化、生物の自己治癒低下が起こる。反対に魔導帝のみ弱体化を受けず、全能力上昇などの多くの加護を獲得出来る。
フェーデラントにとって都合が良すぎる魔法。だからこそ崩壊した顔が逆再生していくように美しさを取り戻していく様に困惑を隠せない。自身の能力を疑ってしまうほどの出来事にどっと汗が噴き出す。
「どうした? もう疲れちまったのか? 俺はまだ満足してねぇぜ?……なぁ、あと5回は出来んだろ? 来いよ王様」
この世界で一番いい攻撃を受けたことでフェーデラントを気に入ったのか、マイラはペロリと舌舐めずりをする。ここまで粉々に爆散されながら生きていられるマイラに、言い知れぬ不安感がフェーデラントの背筋を駆け巡った。
「なっ……き、貴様は……不死身か?」
あまりの恐怖に固唾を飲む。フェーデラントの感情を察したマイラはふんぞり帰って首を傾げるような仕草をする。
「……さあな。お前は?」
その憐むような顔はフェーデラントの癪に障る。
いや、本当に癪に障ったのか分からない。この感情が混乱や焦りから来ていないと自信を持って断言出来ない。
目の前で起こったことの衝撃が強過ぎて自分が真に正気を保てているのか判断出来ない。
フェーデラントは名状しがたい恐怖が自身の心を蝕んでいくのを無意識に感じていた。




