485、魔女 対 魔導帝 開戦
「嘘でしょ? 陛下が戦闘態勢に……?」
ルタは目を丸くしてフェーデラントの戦いを見守る。
「駄目だよルタちゃん。ジェダくんを殺すつもりかい?」
戦闘から強制排出されたダルクフとサルモンはルタとジェダの元にやってくる。肩を貸すようにジェダを抱きかかえていたというのにすっかり忘れていたようで、ルタはハッとした顔をしてジェダを申し訳なさそうに見る。
「しかし陛下が来てくれて助かったわい。今なら儂らがジェダの回復に集中出来る」
「名案だねぇ。癒しの風と清らかなる水、そして母なる大地を掛け合わせ、一気に回復させようじゃないか」
目の前で繰り広げられる頂上決戦を見逃すのは惜しいと思いつつも、仲間の回復のために尽力する。幸いにもマイラと共に現れた魔神レベルの強者たちは傍観を決め込んでいる。こちらを攻撃するつもりもなければ、近寄っても来ない。
判断材料が少ないので外見だけでいえば、奥手で動くこと自体嫌いそうなリジュールはともかくとして、召喚された悪魔と、常に警戒感をあらわにしているヴィシャナまで浮遊要塞から一歩たりとも動いていない。マイラの強さを目の当たりにし、これが平時であるかのように振舞う姿勢には力に対する異世界と現世の差をどうしても感じてしまう。
(もはや陛下に頼る他に道は残されていない。それは当然として……何故かしら……陛下が勝てる光景がどうしても見えない)
言い知れぬ不安が湧き上がる。もちろんルタだけではない。ダルクフもサルモンも同じ気持ちだ。
魔導大国の至宝『四宝守』を装備したフェーデラントに敵う者など皆無。だが、マイラの力は想像を遥かに超えていた。
対峙したからこその恐れが3人の心を蝕んでいく。
恐怖、緊張、焦燥、懐疑。
3人の負の感情を口に出さずとも乱れる気によって感じ取ったフェーデラントは鼻で笑い飛ばす。
(……情けない。これほどまでに軟弱であったとは……流石の私も気付けなかった。『四賢冠』の弱体化は則ち国力の低下につながる。この戦闘が終わり次第、四賢冠の再編が急務か……)
これから昼夜問わずアリーシャとの子作りに励むことを思えば、より強固で盤石な存在に国を任せる必要がある。欲を言えば現在の四賢冠以上に従順で口出ししない忠犬の如き存在が好ましい。
先の展望に目を向け、フェーデラントはマイラに微笑む。
「……生き物は何らか使命を持って生まれてくるものだと大司教如きがこの私に向かって説いてきたことがあったが、あながち間違いでもなかったわけだ。ふっ……貴様らのような下賤な輩でも少しは役に立つようだな」
「何を勝手に納得してんのか知らねぇが、ブツブツ独り言吐いてんじゃねぇよ」
「ん? はぁ……聞こえていなかったか? 私は既に気が変わっている。対等な関係など望まぬことだな」
「はっ! マジかよっ! 虫との会話なんざ求めちゃいねぇんだ。ヤルのか? ヤラねぇのか? 俺にはそれだけだ」
マイラは獰猛な笑みを浮かべて身をかがめた。両手を開き、指を曲げて爪を立て、膝を曲げる。今にも飛びかかってきそうな雰囲気を感じさせる。血の結晶の指の先がニュッと10cm以上伸びて先端が鋭利に尖る。
「ふははっ! まるで獣だなっ!……となればこれは狩りかっ」
フェーデラントは槍を突き出し空間を突く。マイラとフェーデラントの間に突かれた穂先は空間に波紋を生み、次の瞬間に衝撃波を発生させ、マイラを吹き飛ばそうと襲い掛かる。
「馬鹿がっ!!」
マイラは瞬間的に発生した衝撃波を腕を振るうことで消失させる。魔法を相殺されたフェーデラントは思いがけない事態に目を見開く。
「ハッハァッ!! この俺と間合いを開けたきゃお前がぶっ飛べっ!!」
お返しとばかりにマイラが左手をかざし、空間に波紋を作った。
──パァンッ
火薬が破裂したような耳をつんざく音が響き、同時にフェーデラントが弾かれたように後退する。
(何だとっ!? 星冠『摂理』を突破したかっ!?)
フェーデラントが被る白銀の冠には魔法を無効化する効果がある。しかし完全無効ではなく許容量が存在し、許容量を超えた魔法の効果は所有者に通ってしまう。
四賢冠が積み上げ、到達した支配空間ですら無効化出来る白銀の冠も、魔神の力の前には力不足。それでもマイラの魔法を半減させることには成功していた。
「チィッ!」
空中でブレーキを掛けるようにグッと身体に力を入れ、これ以上後退しないように止める。衝撃波によるダメージは入っていない。冠の効果でマイラの魔法を半減させたと同時に、万が一にも接近戦になることを踏まえて体表に防御魔法を仕込んでいた。
マイラは勝ち誇っていやらしい笑みを浮かべているが、その余裕のせいで辺りに浮かぶ鱗粉の如き黄金の粒に気付けなかった。チラチラと光を反射する綺麗な粒に気付いた時には既にマイラの逃げ道を無くしている。フェーデラントはただ弾かれただけではなく、カウンタートラップを仕掛けていた。
「──閃光削旋撃っ!!」
──ボッ
大量に撒かれた光の粒は全てがバスケットボールサイズまで膨れ上がり、輝きながら空間を削り取る。凄まじい攻撃にルタ、サルモン、ダルクフの3人は目を丸くする。驚異的な破壊力を誇る魔法攻撃。本来は目眩しだけの魔法をフェーデラントが改良し、最強の攻撃へと進化させた。この魔法にさらされた敵は運が良ければ即死、運が悪ければ体のほとんどの部位が欠損し苦しみ悶えて死ぬ。
『綺麗ですなぁ』
マイラを包み込んでしまうほど焚かれた光球の群生を目の当たりにしてグラシャラボラスが呟く。花火を見ているような呑気なセリフだが、ヴィシャナは迷惑そうに目を細め、リジュールは欠伸をしている。
食らえばひとたまりも無いカウンタートラップを意に介していないのは、マイラがこの程度の魔法では死なないと分かっているからだ。
光が収まり影が戻ってくると、そこには無傷のマイラが浮かんでいる。同時にマイラを覆うように発生している所々に穴の開いた赤い膜のようなものが、ゆっくりと元の形状を象るように卵型の楕円を形成し、マイラを完全に覆ってしまう。
「……なに? あの瞬間に防御が間に合ったと?」
フェーデラントの額から一筋の汗が流れ落ちた。




