483、思うところ
──魔導帝との交渉を経て首都を後にするアセリアとアリーシャ。
車内は重苦しい空気を漂わせている。
自分を犠牲にしてでも魔導大国最強を引きずり出したかったのは理解出来る。そのための方便であったことも、身を投げ出す以外に方法が無かったことも。
しかしアセリアには納得出来ない。
もっと別の方策があったのではないだろうか、譲歩という形を取ってお互いの落としどころを見つけるべきではなかったのかなど、数々の文言が頭の中に浮かんでは消えていく。
最初から何かがおかしいと思ってはいた。アリーシャは覚悟を決めたような雰囲気を漂わせ、会って何を話すのかという肝心なところを一切話してはくれなかったから。
信用はされている。アリーシャが国外逃亡した後も文通をしていた仲であり、この国における唯一の友なので帰国時は頼って来てくれた。ただ、今回に関してはきっと先ほどから浮かんでいる不毛な質問が返ってくることを見越して伝えなかったのだ。
そしてアセリアは思い至る。アリーシャの判断は魔導帝フェーデラントのやる気にも関係してくるのだと。
もしもアリーシャがフェーデラントの譲歩を引き出そうと画策していたならへそを曲げられ、最大戦力の参戦が危うくなっていた可能性も考えられる。
そしてもし譲歩が上手くいったとして、フェーデラントが敵を侮って本気を出さないことがあれば本末転倒。特に魔導帝だけが使用することの出来る神器『四宝守』を装備するか否かにも勝敗は大きくかかわってくる。常人が弓や銃を装備することで大型の獣を仕留められるように、魔神相手にも適した武器が必要になるのは想像に難くない。
だがフェーデラントは決して常人ではない。英雄の領域を軽々と飛び越し、人が想像しうる神の領域に片足を突っ込んでいる。大型の獣を指一本で殺せるとしたら武器を所持するなど意味のないことだ。持っていることが煩わしく感じてしまうことだろう。つまり魔神相手に自分の力を過信し、神器を持ってこないなどということになれば勝率が下がる。より確実性を上げるためにもアリーシャが身を捧げる必要があったのだ。
フェーデラントを苛立たせ、戦闘意欲を掻き立てつつ自分を賭けの対象とすることで勝利への渇望を促し、全力を以って魔神に対処させる。フェーデラントの精神性を見抜き、まんまと乗せることに成功した。
駆け引きしているようで直球の交渉。
時間が惜しいとはこのことだった。
「……アリーシャ」
窓の外を眺めるように顔を背けるアリーシャにアセリアは話しかける。
「逃げるなら手を貸すよ。今度こそ……ね」
その言葉にアリーシャは微笑み、アセリアに向き直る。
「──ありがとうございます。しかしその必要はありません」
「どうしてよ? あたしは頼りない?」
「──いえ。前回私が逃亡した時とは訳が違います。あの時は陛下にも落としどころがありましたが、今回は私自らがこの身を差し出しています。万が一逃げようものなら、今度こそ聖王国と魔導大国の戦争に発展するでしょう。その上、陛下はあなたを私の介添え人と認識しています。私が逃げればあなたは問答無用で処刑される」
「あたしなら大丈夫よ。いざとなったら国外逃亡だって……」
アセリアは余裕を装い笑顔見せる。だがアリーシャはアセリアの言葉を右手をかざすことで制し、小さく首を振った。
「──アセリア。私はあなたを失いたくありません。ここを乗り切れば次につながるのです。……正直、陛下に頼りたくはありませんでした。しかし選択肢がある以上、使用しない手はあり得ません。この身ひとつで叶うならいくらでも差し出します。……これは全て覚悟の上です」
「……うん、知ってたよ。」
アセリアはアリーシャから視線を外し、車窓から流れる景色を眺める。
悔しかった。
レッドとの出会いで得たちょっとした気付き、そこでもたらされた世界への愛着がアリーシャの自己犠牲の精神をより強固なものにした。
アセリアにはそれが堪らなく憎い。
聞いた情報だけで練られたレッドの虚像をアセリアの炎が焼く。妄想だけで繰り広げられる確かな殺意による蛮行はアセリアの心を一瞬軽くすることに成功した。
しかし満たされることはない。
何故ならこの行為は現実に反映されることなくただただ空しいだけだと思い知るから。
「……会ってみたいものね。レッド=カーマインに……」
「──会えますよ。いずれその時が来たら……」
アリーシャも思いを馳せるように車窓から外を眺める。
「……楽しみね」
アセリアの奥歯を噛みしめるような複雑な笑顔は誰にも見られることはない。
*
「やはり我々も動くべきではなかろうか?」
ふかふかのソファから思い立ったように立ち上がる剣聖デュラン。堅苦しい広間とは違い、休憩スペースと題された一室に通された一行。一度はアリーシャの帰還を待とうという話でまとまったが、こうしている間にも情勢が動いていることを思えば落ち着かないのだろう。セオドアは長いソファを一人寝転びながら占領しデュランを諭す。
「おいおい、そう慌てんじゃねぇよ。焦ったって良いことねぇよ?」
「いや、しかし……っ!」
「落ち着けって。第一、待つことにいの一番に賛成したのが誰か忘れちゃいねぇぜ」
「ぐっ……」
デュランは所在なく振り上げた拳をそっと下ろす。アリーシャを待とうと提案したのは七元徳の面々だが、剣聖側で最初に賛成したのはデュランだった。それというのも魔導帝の動きの如何によっては動くこと自体が無意味になると考えたためだ。自己中心的で性格に難のある魔導星や各地の猛者たちも魔導帝の勅令には逆らえないだろうと踏んでのことだ。
だが、この予想が大きく下振れた場合が厄介である。アリーシャが魔導帝を説得し参戦を促せたとしても、自分の力を過信して単身で魔神に挑む可能性を秘めている。しかしそれも無理からぬこと。魔導星は凄まじく強いが、四賢冠は魔導星よりも強く、さらにその上に魔導帝が君臨する。自信過剰と罵ることは無知を晒すことに等しい。
そしてもし説得が失敗し魔導帝の参戦が絶望的となった時、頼れるのは四賢冠と魔導星。
四賢冠は国の運営に積極的に関わっているので、侵略行為には毅然と対応するのは確定事項。説得の必要もない。
魔導星は別だ。常に斜に構えて自領のことだけを考え、国の内外で何が起ころうとも自分の身に降り掛からなければ対岸の火事を決め込む。国の伝統をより先鋭化させ、才能だけで上に上げた結果、言い訳と年齢だけ立派なわがまま放題のクソガキ根性領主が誕生してしまったようだ。各魔導星に参戦することで得られる何らかの旨味を提示しない限りは鉛のように鎮座し続けることだろう。
正直な話、魔導星が参戦したところで戦況が動くのかどうかについては未知数だが、使える手札は多い方が良い。黙ってじっくり考える時間が出来、焦燥と共にようやくそこに行き着いたデュランは最初の意見を撤回しようと動いた。その焦りと緊張をセオドアに見抜かれた形だ。
とはいえ、かく言うセオドアも心の内ではうずうずしていた。帝国の安寧を銘打って魔導大国に潜入調査を長らくしていた経験から、頭の中ではどこに行って何をするかまで計画を秘かに立てている。口に出さないが剣聖中、最も魔導大国を知ると自負するセオドアこそ早めに暗部に潜ることを画策している。
セオドアだけではない。レナールやブルックもどう動くべきかを模索していた。潜入調査に縁のなかったアレンとブリジットは休憩室を離れ、修練所と銘打たれた部屋で稽古に励む。七元徳のほとんどの連中も「体が鈍る」との意見から2人について行った。
ブルックたちと共に休憩室に居るのはランドルフとアドニスの2人。剣聖4人の殺伐とした空気に疑問を投げかける。
「……急な質問で申し訳ないのですが、動くとは具体的に何をされるのでしょうか?」
ランドルフの質問にブルックが答える。
「内情を探るのだ」
「内情? 龍球王国同様にですか?」
「龍球王国はまだ友好的だ。事情を話せば分かってくれる。しかしここは別だ」
『別』という言葉にアドニスが訝しむ。
「ん? どういう意味だ?」
その問いにはブルックやレナール、デュランも困った顔を見せる。その表情から3人の言いたいことを汲み取ったセオドアは鼻で笑った。
「説明なんざ不要だ。今に分かるぜ?」
答えになっていないセオドアの応えにアドニスやランドルフは首を傾げた。




