482、4人の憂い
「ぬ? 『魔原』が帰って来たと?」
フェーデラントとアリーシャの邂逅はすぐに四賢冠の耳に入った。話の詳細までは分からなかったが、魔導帝の興奮度合いから推測は可能だ。
「……まさかあの子が自分を餌に陛下を釣るとはね。長生きはしてみるものだよ」
水賢師ダルクフは熱々のお茶を啜りながらニヤリと笑う。ダルクフの意見に地賢師サルモンは不満そうに鼻を鳴らした。
「しかしのぅ、儂らを介さず直接陛下に交渉とは……体裁というものを知らんと見える」
「そうかしら?」
風賢師ルタが頬杖を突きながら反論する。
「彼女は『魔導星』である前に陛下の嫁候補筆頭よ? 私たちを跨いで陛下に会われても文句なんて言えないわ。そして我が国で原初魔法を使用出来る唯一の存在。才能がものをいう世間一般の常識を踏まえれば私たちの肩書なんて、あの子にとっては無いようなものでしょ」
「いや、儂が言いたいのは上下関係ではなく、皆で足並みを揃えようということだ。儂ら『四賢冠』と陛下、そして『魔原』が手を組むとあらば、普段自分の領地ばかりで出ようともしない他の『魔導星』どもの説得にもなる。そうじゃろ?」
サルモンの意見にはルタも「まぁ、一理あるわね」と納得せざるを得なかった。ダルクフも関心の姿勢を見せたが火賢師ジェダだけは肩を竦める。
「ジェダく〜ん。言いたいことがあるならハッキリ言っときなよ〜?」
ダルクフにチクリと刺されたジェダは盛り上がった筋肉を見せつけるように腕を組む。
「……我々がアリーシャに行った仕打ちを……忘れたわけではあるまい?」
その瞬間に場の空気が冷える。誰もが目を背けたかった事実にジェダが触れた。
「仕方がないでしょうっ? 陛下に命令されて仕方なくよっ。少なくとも私はやりたくてやったわけじゃないわっ」
「それは僕たちだって同じことだよ〜。陛下を拒み、自分の力だけで城から抜け出し、ようやく自由を手にした彼女の逃走を邪魔するなんてさ。胸が痛んだものだよ」
「左様。儂らは魔導帝の臣下。それ以上でもそれ以下でもない故、致し方なきこと……」
3人とも不機嫌そうにしている。ジェダは憮然とした態度で鼻を鳴らした。
「アリーシャには関係のないことだ。こちらの事情を押し付けるべきではない」
ルタはバンッと机を叩いてジェダを睨みつける。
「なによその言い方。癪に障るわね。まるで自分は関係ないかのような言い草だわ」
「関係ないとは一言も言っていない。……アリーシャが我々を無視する理由は掃いて捨てるほどにある」
ルタとジェダの間に流れる一触即発の空気をダルクフが切る。
「おいお〜い。落ち着いてぇ。喧嘩よりすべきことが僕らにはあるんじゃないのぉ?」
「ダルクフの言う通りじゃ。『魔原』が帰国したことで逆説的に新しく追加された浮島の目的地が判明するというもの。敵の侵略が間近に迫っている今、無駄なことに割いている時間はないっ」
サルモンの一喝に場が静まり返る。
「……幸いなことに陛下が参戦してくださる。儂らがいくら願い出ても意に介さないあの御方がな。これは快挙と言える。相手がどれほど強いか分からんが、完全装備の陛下は無敵。……正直に言えば戦力は多いに越したことはない。今一度『魔導星』の説得に協力願いたいが……」
チラチラと目だけで3人を見回す。ルタもダルクフも視線を逸らし、ジェダは小さく首を振った。
「……『四賢冠』が軽んじられるなんぞ世も末よ。このような事態になったのも才覚だけを重要視したツケという奴であろうな」
「それは違うねぇサル爺。僕らは楽をし過ぎたのさ。あんまり窮屈じゃ革新は生まれないなんて放任を気取っていたのが彼らを増長させるきっかけであり、目を背けることの出来ない僕らの罪なのさ」
ダルクフは目を細め、虚空を見つめながらお茶を啜る。そんなダルクフにルタが噛みついた。
「で? どうすんのよ? 自虐に浸って哀愁漂わせてないで次のことに着目すべきでしょ? 国家の危機なんだから」
「うーん。とはいえ今になって急に出て来いと言っても反発されるだけだろうし、出て来たところで陛下が本気を出される以上、邪魔にならないように立ち回るしかなくなるよ。もちろん僕らも含めてね。……せいぜい露払い程度の活躍しか出来ないのなら無理強いすることなく、せめて危機感だけでも持ってくれるのが理想かな?」
空になった湯飲みを机に置いて自嘲気味に微笑む。
「あんたは優しすぎるのよ。そんなんじゃあいつらは危機感なんて持ちようがないわ。私の意見はとにかく召喚状を出して強制招集。この戦いに参戦させるように仕向けて国の危機に対する向き合い方を確認するの。減点方式で内申点を付ける形のね」
「つまり彼らをテストするということかい? もし僕らの眼鏡に適わなかった場合はどうなるのかな?」
「重い罰則でしょうよ」
「不意打ちに等しいねぇ。それじゃ召喚に応じなかった場合は即座に重い罰則ということで良いのかな?」
「召喚に応じない場合はこの国に居る権利が無いものとするわ。国全体の危機に自領だけ守ろうとする姿勢は周りが見えていない証拠。立場を自覚出来ない無能に『魔導星』は任せられないでしょ?」
ルタの発言をジェダは真っ向から否定する。
「俺は反対だ。強権の発動は国の根幹を揺るがしかねん」
「はっ。そりゃあんたは反対するでしょうね。『魔導星』には娘が居るから。でも特別視するわけにはいかないよ」
「制御不能になってからでは遅い。扱いどころを間違えれば国内外に敵を作ることになる」
ジェダの否定にサルモンも乗っかる。
「うむ、それは不味い。せっかくの改革案に水を差すようで悪いが儂も反対させてもらう」
「なによサルモンまで……」
「まぁ聞け。確かに儂らの放任が彼奴等を増長させた。じゃが同時に魔法技術の発展に大きく寄与したことも事実じゃ。野心を持った若手の進出は今後の技術革新に必要不可欠。儂らが『四賢冠』として国の恥に蓋をすれば取り返しのつかない事態を招くことに繋がろう。一先ず今回の戦いへの参加を促し、懲戒とまでいかずともある程度の罰則で留め、今後の足掛かりとするのはどうか?」
「なにそれ? ステップを設けて段階的に規則を作るってこと?」
「左様。今慌てて新しい規則を押し付けるのは不信感を生む上に、平和ボケして緊急時の規則の改定を怠ったがための焦りを見抜かれては知恵者としての儂らの沽券にもかかわる。ここは一つ穏便に済ませるべきじゃ」
一見、自分たちの地位の確保のためだけと見られそうだがそれだけではない。今までに規則を改訂するほどの脅威が無かったことがこの事態を引き起こしている。侵略行為という前提と前例が説得力を生み、緊急時に集まることを義務化する法案を作ることが可能となる。
しかしこれは諸刃の剣。この方法が採用されるということは、今回の戦いに『魔導星』の参戦は期待出来ない。強権を発動させることで無理やり参戦させる以外に『魔導星』を引っ張り出すことは不可能である。
結局『四賢冠』が取ったのはサルモンの穏便に済ませる方策。ルタの強権案を黙らせるに至ったのはプライドと保身もあったが、何よりも敵戦力への侮りであった。
密偵の情報だけを見ても途方もなく強いことは見て取れるものの、レッドたちが各国で収めた勝利は『四賢冠』の心に間違った意味の余裕を芽吹かせたのだ。
他の力を借りずとも4人が力を合わせれば何とかなるのではないかという希望的観測。さらに魔導帝まで加わるなら間違いなく勝てるという確信。それ故に本来戦力であるはずの『魔導星』の存在を軽んじる。
既に勝った気でいる彼らの将来への展望だけが空しく独り歩きしていた。
全て皮算用である事実から目を背けて──。




