481、黄金の君
魔導大国は機界大国と提携しているため様々な分野での開発が盛んに行われ、国の各地方ごとに独自の製法を組み合わせた新しいものづくりを日夜研究している。
研究を焚きつけるのは競技会や大会などの優劣を競うイベントである。基本的には参加は自由だが、それぞれの大会には年齢制限が設けられているので、各世代各分野で幅広く競争が行われる。毎年何度か行われ、最も優秀な者には富と名声が与えられるのだ。
自国民同士がライバルとなり切磋琢磨して国を盛り上げるのが狙いではあるのだが、経験や実績よりも才能を優先する傾向が強く、優れているのなら生まれ育ち関係なく、どれだけ若くても貧困でも病弱であろうとも上にのし上がることが可能となっている。
才能重視の制度は『魔導帝』が起因していて、生まれながらに才覚を持った者こそが頂点に立つべきとの考えが『優生思想』にまで片足を突っ込む事態となっている。そのため、才能を笠に着た性格破綻者が蔓延り、子供たちの人格形成に悪影響を与えている。
つまり魔導大国のほとんどの国民は底意地が悪い。
そんな魔導大国の中心であり、都市開発が大きく進み、時代の最先端を行く魔導大国の首都『アルマリウス』。ここに魔導帝の居城が鎮座している。
アセリアからの急な謁見の申し入れを聞き入れた『魔導帝』フェーデラント=エディドヤ=リースハインは、玉座の間にて到着を待ち望んでいた。普段はこれといって関わることのない『魔導星』の謁見に興味があったのだ。
そして玉座の間に入ってきた2人を見て目を見開いた。アセリアの隣にはこの国にいるはずもない存在が居たのだ。
本来であれば魔導帝の代わりに側付きが質疑応答を代わりに行ったりもするが、今回に限ってはその必要はない。すぐさま人払いの命令を出し、玉座の間にはフェーデラント、アセリア、アリーシャの3人だけとなった。
「ふむ。我が臣下『炎の魔導師』から急な謁見の申し入れとは何事かと思えば……まさか貴様が共にやって来るとは思いも寄らなかったぞ? なぁ、我が妃よ」
フェーデラントは驚いていた。幽閉されていた城から全力で逃げ切ったはずのアリーシャが自らの意思で舞い戻ってくるなど予想もつかない。聖王国との全面戦争もなく取り返せたことに喜びを感じるものの、何故こんなにも急に心変わりを果たしたのかには疑問が残る。小躍りしたいくらいに昂った気持ちを押さえながら静かに質問する。
アリーシャはそんなフェーデラントの気持ちを理解しているかのように肩を竦めた。
「──妃などと呼ぶのはおやめください。虫唾が走ります」
「ふふっ……酷い言われようだな。私が何をした?」
「──その胸に手を当てて考えてみてください。あなたの犯した罪を数えれば自ずと答えに行きつきましょう」
「ほぅ? なるほど。それでは永遠に辿り着くことはないではないか。私に罪など存在しないのだから」
サラサラの前髪を掻き上げながら流し目でアリーシャに視線を送る。見下し、嘗め回すようにジロジロと頭のてっぺんからつま先まで見るのは、フェーデラントの審美眼で汚れが付いていないかを確認している。清く美しいアリーシャに満足したのか、ニヤニヤと笑いながら頬杖を突く。
「……うむ。良い。穢れを知らぬ純白なオーラ。我が元を離れ、その身をやつしていないかと心配になっていたのだ。あの男に食い物にされていたとあっては魔導帝の血に傷が付く。世俗の毒に塗れることなく潔白でいられたのは聖王国に身を置いたためであろう。幸運と奇跡も我が物となった事実を鑑みれば、身勝手に城を離れた愚行にも寛容になれるというものだ。……ここで跪き、私に許しを乞え。さすれば今日までの無礼を水に流してやる」
フェーデラントとアリーシャのちょうど真ん中の床を差すように人差し指を突き出す。
殺されて然るべき状況を、単に跪いて許しを乞うだけで不問とするなど破格の措置だ。本来であればすぐさまその身を投げ出すだろうが、アリーシャは小さく首を振ることで抵抗する。
「──それこそ何故許しを乞う必要があるのでしょう? 私を監禁した事実を捻じ曲げ、尚且つ被害者であるはずの私に罪を着せるなど以っての外。私としてはここであなたと決着をつけるのも良いと考えています」
その言葉にアセリアはギョッとする。ここに来たのは魔導帝を戦いの場に引きずり出すことだ。決して喧嘩を売りに来たわけではない。もちろん攻撃的に来られたらフェーデラントも黙ってはいない。
「気の強い女だ。この私に平伏するのがそんなに嫌か? 穏便に済ませてやろうとしている私の気持ちが分からんか?」
スッと音もなく立ち上がるフェーデラントにアセリアはどうするべきか迷う。代わりに跪いて許しを乞うか、はたまた成り行きを見守るか。
今後のことを思えばここで反抗するのは下策。媚びを売って良い気にさせた方が操りやすい。いくらアリーシャが強いからといってかの魔導帝を屈服させようなど考えるはずもない。
(いや待てよ。アリーシャが感情に任せて交渉を忘れるなんてことはあり得ない。何か意図があるはず……)
目だけを忙しなく動かし、固唾を飲みながらアリーシャを信じることにした。
「──ええ。あなたの気持ちが痛いほどに理解出来ました。穏便に済ませたいのはこちらも同じこと。私とてこの場であなたと戦って消耗するのは惜しいと考えます。しかしお互い譲れぬものがあることもまた事実。それでどうでしょう? 私と賭けをいたしませんか?」
「……賭けだと?」
「──あなたも既に耳にしているはず。この世界にやって来た異世界の侵略者についての情報を」
「当然だ。我が国の情報網に掛かれば、仕入れられぬ情報は皆無。だが我が国に攻めてこぬ以上、介入することもまた無いと言える。つまり奴らの存在など私にとっては塵芥に等しい」
フェーデラントはこれ見よがしに手で埃を払い退けるような動きを見せる。その行動にアリーシャは微笑む。
「──本当にそうでしょうか。この国が攻められなかった要因は何だとお考えですか?」
「……異世界の連中の考えなんぞ私の知ったことではない。貴様には分かるとでも言うのか?」
「──はい。答えなら先ほど陛下も仰ってましたよ? それはたった一つの気まぐれに近い『幸運』。各国、各場所に向けられた浮島の数がただ足りなかったというだけで見逃されていたのです。そして異世界からさらに2つの浮島が追加されました。……もうお分かりかと思いますが、次なる標的は機界大国と魔導大国です」
まるで誰かから聞いて来たかのように豪語するアリーシャにフェーデラントは鼻を鳴らす。
「それで? それと『賭け』に何の関係がある?」
「──これから攻めてくるであろう侵略者を倒してください。手段は問いません。魔神を倒すことが出来たのならあなたの勝ち。倒せなかった場合は国の終わりということになります」
「ほぅ? それではどの道戦う必要がありそうだが、私を焚きつける理由はなんだ?」
「──無論、勝っていただきたいのです。あなたが初手から全力で参戦すれば魔神を倒せるかもしれないので……」
フェーデラントは噛み殺すようにくつくつと笑いながらアリーシャに歩み寄る。
「この私を貴様の兵として扱おうというのか? 何と浅ましく不遜な女だ。では、賭けに勝った後は何が得られる? この国の平和か?」
「──……賭けの景品は『私』です。あなたが魔神を討ち倒した暁にはこの私、アリーシャ=クラウ=セントルーゼがあなたのものになります」
その言葉に足は止まり、フェーデラントとアセリアの顔は感情が抜け落ちたように無表情となる。
「……何? 貴様自分で何を言っているか分かっているのか?」
「──はい。私は本気です。もう逃げも隠れも致しません。あなたが戦いに勝てば私は自らあの部屋に入り、あなたの子を宿すことを誓います」
そういうとアリーシャはそっと自分のお腹を撫でる。その仕草にフェーデラントの口角は上がった。
アリーシャの言う『あの部屋』とは、初代魔導帝が作成したとされる子作り部屋のことである。
初代が施した術式の名は『黄金律』。世代を紡ぐ魔法であり、子々孫々と魔導帝の固有能力や優れた性質を受け継がせることが出来る。掛け合わせによって次代を繋いできたため、魔導帝の持つ潜在能力や魔力は時代を追うごとに強大になっていくのだ。
魔導帝と伴侶だけが入ることを許された神聖な部屋。子を成すということには儀式的な意味も関係している。
幽閉していた時は終ぞ入ることのなかったアリーシャが自らの意思で入室する。それを想像しただけでフェーデラントは興奮から心臓が跳ね、血の巡りが良くなり、股座が熱り勃つ。興奮を悟られないようにすぐさま踵を返し、高笑いして見せた。
「ふはははははっ!! よかろうっ! 貴様の覚悟を認めようではないかっ!」
フェーデラントは肩越しにアセリアを見る。
「炎の魔導師。貴様はこの契約の証人となった。私が魔神との戦いに勝利したのち、今一度アリーシャを連れて来い。万が一にも逃げることが無いように貴様が責任をもってその身を預かれ。我が命に背けば命をもらう。いいな?」
アセリアは呆然とした顔でアリーシャを眺めていたが、フェーデラントの言葉に意識を取り戻す。数回瞬きをした後、コホンと小さく咳ばらいをした。
「……畏まりました陛下……」
蚊が鳴くような小さな声だったがフェーデラントにはそれで十分だった。
話を終えたアリーシャはフェーデラントに断りもなく踵を返すと玉座の間を後にする。フェーデラントが特に反応しなかったのでアセリアもアリーシャの後を追う。
2人のやり取りで衝撃を受けたアセリアはアリーシャの横に並んで歩くことが出来ず、ただついて行くことしか出来なかった。




