479、亜麻色の星
「──お久しぶりです。アセリア」
居丈高に名乗り上げたアセリアに近付きながらアリーシャは微笑んだ。アセリアもアリーシャの側に近付き、そっと優しく抱きしめた。
「おかえり。あたしのアリーシャ。もう会えないかもって思ってたんだよ?」
「──私もです。もう二度と戻るつもりもありませんでしたから……」
グッと涙を堪えながら離れるアセリア。本当なら一分一秒も長くアリーシャのぬくもりを感じていたかったが、そういうわけにもいかない。じっとアリーシャの顔を見つめた後、「ついてきて」と顎をしゃくる。
案内された館は広く、高そうな調度品が立ち並んでいる。土足で歩くことが憚られる赤い絨毯の上を歩き、大広間に到着した。
中には人数分の椅子と長く大きな机が鎮座しており、国賓級の食事が出てきそうな雰囲気を醸し出す。席一つ一つに名札台が置かれていて、誰がどこの席に着くのかまできちんと用意されていた。
こういった場では大抵、王の背後で警護するティオたち七元徳は強烈な場違い感に苛まれ圧倒される。剣聖たちは割と慣れたもので自分の席を見つけるなりアセリアをチラリと観察する。座っても良いかどうかの確認もあるが、同時にアセリアの分析にも思考を割いていた。
(……若いな。20代の中頃か? これほど貫禄のない領主もそう居まい……)
デュランは心の中で失礼なことを呟く。しかしこれは何もデュランだけの意見ではない。アセリアは同じ『魔導星』の中でも若い方である。それ故にアセリアと初めて顔合わせする皆が同じ感想を持つ。
若すぎる理由は魔導大国特有の条件にあった。
「何よーみんな? あたしを見て……もしかして遠慮してるー? ほら、座って座ってー」
館の主の許しを得て席に着く。側近であるエマを筆頭に使用人たちが飲み物を淹れ、順繰りに手渡していく。全員に飲み物が渡った時、ようやく本題に入った。
「さーて、もう二度と戻らないだろうと決めていたこの魔導大国にあたしを頼って来たということはー、この国で何かやらかすために来たということで間違いないかなー?」
「──まさか。この国を害しようなどと思っておりません。力をお借りしたいのです。外からの侵略者を倒すための」
「ふむふむ……」
アセリアはチラリと席を見渡す。剣聖と七元徳が座るのを視界に収めつつアリーシャに向き直る。
「……ルオドスタ帝国と聖王国の最大戦力だよねー。既にこれだけの戦力が揃ってる上に『原初の魔術師』のあなたも居る。過剰戦力と言って相違ないのに、それでもまだ求めると? 何と対峙しているのか詳しく教えてもらえないかなー?」
この時、ブルックたち剣聖はアセリアが、そして魔導大国がどれほどの情報を入手しているのか気になった。デザイアや魔神たちのある程度の情報を入手しておきながら放置していたのだとしたら、信用するのはどうかと考えたためだ。魔導大国には未だ浮遊要塞は来ていないが、もしかしたらデザイアと繋がっている可能性も捨てきれない。
剣聖たちは視線でお互いを見やり、確認を取り合う。最近では頭を使うことはグルガンたちに丸投げしていたので、話し合いに関することに思考を割いていなかったのが顕著に出た。
誰が口を出すべきか迷っていると七元徳のランドルフが人差し指を立てて手を挙げる。
「……それを答える前に1つよろしいですか? あなた方は今現在『神聖エルサリオン帝国』直上に浮かぶ浮島について……また、他国の領空を侵犯した浮島を含む敵戦力についての情報をどの程度ご存知なのでしょうか?」
考えることは一緒だったようだ。アセリアは無垢な少女のように目を丸くしながらランドルフを視認する。
「ん? どの程度とは?」
「例えば敵の戦力や思想、彼らの最終目標など分かる範囲で結構です。魔導大国アイズ・オブ・トゥルースはデザイア軍をどのように見られているのでしょうか?」
その質問に目を細め、ジトッと睨めつけるようにランドルフを見る。
「うーん……難しい質問ね。あたしは一介の領主に過ぎないから、国全体で言われると答えられないかーも?」
「これは失礼しました。それではあなたの考えをお聞かせ……」
アセリアは尚も質問を繰り返すランドルフに片眉をピクッと動かし、高笑いしながら椅子に背を預ける。
「ちょっとちょっとー。あたしの質問は無視ぃ? 質問を質問で返した失礼を甘んじて飲み込んであげたってのに随分な態度じゃなーい? そんなんで仲間なんて集まるのー?」
アセリアの指摘にランドルフは口を噤む。確かに失礼だったことは否めない。しかしどうも魔導大国という国柄、簡単に信用することが出来ない。
一瞬の沈黙。
この空気にティオは困惑した。
「や、やめようよみんな。アセリアさんは私たちを受け入れてくれたんだから、今度はこっちが誠意を見せる番だよっ」
ティオは席から立ち上がって主張する。尤もな話だ。世界を共に救おうというのに喧嘩腰では話しにならない。ティオはそのままアセリアに頭を下げる。
「申し訳ございませんアセリアさん。疑うような真似をしてしまって……」
「あらー、流石は七元徳のリーダー。可愛いだけじゃないのね」
「恐縮です。私から説明させていただきます。私たちがどんな敵と対峙しているのかを……」
説明出来る範囲内でアセリアに答えるティオ。デザイアや魔神に関する事柄、戦いの記録などを分かりやすく簡潔に纏めて伝える。静かに聞いていたアセリアはティオの解説が終わったのを見計らって口を開く。
「ふーん、なるほどねー。大体分かったよ。いや〜、領地に篭っていると外の情報なんて全然入ってこないから困る困る〜」
アセリアは笑いながら立ち上がって机に手を突く。
「由々しき事態だね。正直恐怖でしかないよ。やっぱり講演会なんてやっている場合じゃなかった。……エマっ」
その言葉にエマが動く。
「ここに」
「四賢冠に連絡を。これは……私だけが知って良い情報じゃない」
エマは頭を下げると踵を返してさっさと歩き出す。
「──エマさん」
出ていこうとするエマをアリーシャが止める。まさか呼び止められると思っていなかったエマは肩をビクッと跳ね上げて恐る恐るアリーシャを見る。目を赤い布で覆っているので見えないはずのアリーシャはエマを見るように顔を向けている。
「──私が行きます」
アリーシャは音もなくスッと立ち上がる。アセリアは意外そうな顔でアリーシャを見る。しかしすぐにアリーシャの考えに思い至り、肩を竦める。
「……ああ。もしかしてアレを引っ張り出すつもり? いいの? あなたはあの場所からようやく逃げられたのよ? また戻るなんて……」
「──異世界の侵略者と戦うのです。私のことなど二の次でしょう。出し惜しみなどしている場合ではありません」
「これは相当な覚悟ね。……エマ。前言撤回よ。あなたは他の方々のお世話をお願い。あたしはアリーシャと彼らの下に行くわ」
この国でいったい何があったのか、アリーシャはいったい何をされたのか。全く分からないままに話が進行し、剣聖たちや七玄徳の追従を断り、2人きりで魔導大国の首都『アルマリウス』に向けて出立した。




