478、懸念
機界大国とその周辺地域にある小国家連合との戦争が始まる少し前。レッドたちと別れて次の国へ急いだルイベリアが駆る魔導戦艦は、月光の乙女アリーシャの伝手のおかげで無事に魔導大国へと降り立つ。
魔導大国で所領を持つ魔導星アセリアの領地に魔導戦艦を停泊させ、剣聖や七元徳たちは領主の屋敷へと案内されることとなった。
魔導大国が誇る新型の魔導車で移動。流れる景色を見ながら国の力を測る。
先鋭的な建物が立ち並ぶ都会はもちろんのこと畑や田んぼもある風景がチラチラと目の端に映ると少し安心する。今現在の魔法では食糧問題の解決にならないことが分かるからだ。肥沃な土地と気候、農作物や家畜を育てる人材はどの国でも等しく必要とされる。万能と言われる魔法でも出来ないことは存在する。
だが、剣聖たちは知っている。魔導大国は最終的に無から有を生み出す魔法の開発に勤しんでいることを。
(……無から有を生み出す。そんなことがもし本当に可能だとしたら、誰しもその魔法技術を欲しがる。扱い方を間違えれば世界大戦の始まりだ)
ブルックはチラリと運転席に座る運転手を遮られたガラス越しに見る。運転手というよりその人の背景、つまり魔導大国に住まう魔法使いたちを幻視している。
(魔法技術を秘匿、独占し、一次産業を縮小する程度ならまだ良い。しかしたった1人の暴走で全てが失われる恐れがある。独占による支配の確立。考え得る最悪の手は地上を毒で汚染し、作物を根絶やしにしてしまうこと。そうなれば後に待つのは地獄のみ……。人が神の所業に手を出すのは世界の破滅を意味する。その様な幻想を抱いていなければ良いが……)
人の技術の探求に際限はない。何かしらの抜け道を手に入れ、人並外れた力を手にし、それを競って進歩させる。魔法が生まれ、今日まで進化し続けたのも人の持つ好奇心が生み出してきたのだ。その過程に異を唱えるつもりはないが、今後どう影響するかに関しては警戒するに越したことは無い。
「何を考えてるのブルック?」
険しい顔で運転手を見つめるブルックをレナールが覗き込む。ハッとして首を小さく横に振った後、取り繕うようにレナールを見る。
「いや、そう大したことじゃないんだ。ちょっとした考え事をな……」
そう言いながら窓の外へと視線を移す。
「……ああっ。そういえば一個前の『ワーム』だっけ?」
レナールの発言にブルックは小さく首を縦に振る。
『ワーム』とは土に潜む巨大ミミズの魔獣であり、剣聖の間で通じる暗号である。その意味は『潜入調査』。ルオドスタ帝国の長きに渡る繁栄の裏側には相手国の情報を盗み出すスパイ活動が必要不可欠であった。
本来であれば帝国の切り札たる存在の剣聖は国の内外に圧力をかけるために国から出るべきではない。ましてブルックは剣聖内での実力は最上級。潜入などという時間と労力の掛かる仕事などするべきではない。
では何故剣の頂点たる存在がドサ回りのようなことをしていたのかといえば、答えは2つ存在する。
1つは単純に『剣神』の存在である。世界に轟く最強の剣士が帝国に鎮座しているのはどの国にとっても脅威であった。誰もが剣神を恐れ、戦うことを躊躇する。たった1人で戦争を食い止める最強の盾があれば、剣聖の1人2人帝国内から消えたところで勘付かれることも問題もない。
そして実は2つ目もまた剣神が大きくかかわっている。『剣神』ティリオン=アーチボルトは絶滅主義者であり同時に破滅主義の性質を持っていた。最強であるがゆえに並び立つ者がおらず、戦いに飽いていたティリオンは身近で手頃な剣聖に手を出そうと画策していたのだ。
他国の強者は手を出すと戦争になるがゆえに皇帝から止められ、小競り合いの仲裁にすら出て行くことが許されない。フラストレーションが溜まりに溜まっていたティリオンにとっては絶好の相手。
そのティリオンの心の機微をいち早く察知した皇帝は剣聖の瓦解を恐れ、実力者を遠ざけることを考えた。その結果がスパイ活動だったのだ。
このことを知るのはごく少数であり、皇帝以外で知っているのはアシュロフとブルック、そしてセオドアとレナールの4人。この4人はティリオンが前々から目を付けていたのもあって皇帝から直々に話をされている。セオドア的には面倒でやりたくもない仕事だが、死ぬよりはマシだと自分を慰めることにもなった。
最近入って来たばかりのアレンやブリジット、ほぼ同時期に入ったルグラトスも同様に知らない上に潜入調査は任されていない。デュランは実力の観点からギリギリ目を付けられない絶妙な立ち位置であるため教えられることもなく、このことを知らなかったが『皇帝からの勅命ならば』と問題なく遂行していた。
「……忘れられた大陸はのどかでいい場所だった。脅威は魔族だけ。同族同士がいがみ合わないというだけで心は軽くなる」
ブルックはポツリと漏らす。アノルテラブル大陸とは切り離された場所であったがゆえに住民の生き方はシンプルで、大陸と比べて発展の速度が遅いためにゆったりとした時間が流れている。
「ねぇ。この戦いが終わったらみんなで慰安旅行に『忘れられた大陸』で過ごすのはどう?」
レナールの提案で車中に居た剣聖たちの耳目を集める。
この戦いの終わり。それはつまりデザイアの討伐に当たる。
かの魔神ガルムを使役する最強の存在の撃破。そんなことが本当に可能であるなら国の防衛を投げ出して慰安旅行を楽しむのも悪くはない。
並んで座り、良い雰囲気を醸し出す二人に対面に座っていたセオドアが頭を掻く。
「チッ……お前らイチャついてんじゃねぇよ。夢見てぇなことくっちゃべってねぇで現実見ろってんだ」
「何よその言い草。心配しなくてもあんたもちゃんと旅行に連れて行くわよ」
レナールはセオドアに対し宥めるように伝える。
「んなこと気にするわけぇだろ。とにかく今は何よりも情報が必要だ。探るか?」
セオドアの提案にブルックは肩を竦める。
「アリーシャ殿の友人であるアセリア殿がどういう方かで話は違ってくる。仲間を欲している現状では不審がられるのは避けたい」
「俺がそんなヘマをするかよ。第一ここでの『ワーム』は俺の方が長い。奴らの性格はお前よりも……」
言いかけたセオドアの言葉を遮るように魔導車は停止した。運転手は車から出て行く。後部座席の扉に手を掛け、ゆっくりと扉を開いた。
「お話し中に申し訳ございません。目的地に到着いたしました」
ブルックたちは車の外に出る。ズラッと並んだ車の列、全員が同じタイミングで車の外に出ていた。
前方を見ると他の建物と違い、一際目立つ豪華で大きな館が目に飛び込んでくる。
「さぁ、魔導星を懐柔しに行くぞ」
ブルックはマントを翻し、領主の館へと歩き出す。それと同時に館の大きな両扉がゆっくりと開いた。
館の中から出て来たのは少々癖っ毛な亜麻色の長い髪、眠そうな赤色の瞳の目の下に、濃いめの隈が付いている。赤いローブを羽織った下はグラマラスだが、猫背気味なせいであまり目立たない。
魔導大国内にある18の地方の1つ『メルティアド』を統治する君主であり、8人の最高位魔法使い『魔導星』の1人。
「ようこそ諸君。あたしは『炎の魔導師』アセリア=クラウ=メルフロントよ。アリーシャと共に新たなる友人たちを迎え入れよう。以後よろしくーっ」




