476、身勝手な焦燥
グスタフ=ドルドバーンは果実酒を片手に苦々しい顔でドカッと椅子に腰掛ける。深々と座り、背もたれに体を預けて天井を仰ぐ。
「ふっ……まさかこんなにも早く無様に負けるとは。あり得ない話だ。儂は機界大国の技術力を過大評価していたようだな……」
──カンッ
机に叩きつけるように鉄のカップを置き、注がれた酒が飛び散る。手に付いた水滴を拭うことなくギリギリと拳を握りしめた。
実はこの戦争には裏があった。グスタフは王位につく以前より数多くの裏取引に加担し、私腹を肥やし、国民に過度な労働を強いて暴利を貪っていた。王となってからは取引の頻度、量共にさらに大胆になり、密輸ルートのハブ倉庫として裏での地位を獲得していく。
彼は何を隠そう『黒園会』と呼ばれる裏の組織の一員であり、重要なポストに位置している。
『黒園会』とは密かに隠し通されてきた秘密結社の名前であり、都市伝説めいた噂で実態を掴ませなかった闇の集団のことである。
長年に渡り順調に裏家業に勤しんでいたある時、グスタフの妙な動きに気付いた一部のドワーフがその背景を調べ始め、盤石だったグスタフの王政にヒビが入る。
君主制をフル活用して逆らう者を捕らえ、必死に誤魔化してきたが、生活を変えたい国民へグスタフの情報が一部漏洩したことによって反発を受ける。一度持たれた疑念の払拭は難しく、抱き込めなかった者たちの活躍もあり、もはや逃げられないところまで追い詰められていた。
このままでは引き摺り下ろされるだろうと悟った結果、何とか自分の罪から逃れるために同じ組織の人間に助けを求めた。そうして始まったのがこの戦争だった。
如何にしてアンドレイドを唆したのかまでは定かでないものの、罪から意識を逸らせられるのなら何でも良かった。有事のことで失脚を免れ、後のことはヘルクト公爵に任せて機界大国との戦争に臨み、どちらに勝敗が転ぼうとも戦争中にほとんどの財産を持ち出して逃げるつもりでいた。
だが、時間を稼ぐ手段は早々に消え去り、持ち出すことの出来る財産の3%でも魔導車に詰め込めたなら良い方である。実際、持ち出しを頼んだドワーフからの報告で「これ以上の持ち出しは勘付かれる恐れあり」と上がってきている。
(こうなったら勝利を大々的に喧伝し、国民に儂が必要であることを浸透させるべきか。何人かスピーカー要員を雇い入れて……いや、国民生活の改善に着手しなかった儂への反感は無視出来ん領域に発展している。戦勝による余韻の今逃げなければ儂は地下牢に幽閉されるやもしれん……)
グスタフは考えあぐねた結果、あることを思いついた。
*
レッドたちは和平条約締結のために捕虜を連れてグレゴールの浮遊要塞に乗り込む。
「え? 王様が?」
グスタフ王自らが和平の協議への参加を申し出たのだ。既に何人かの供回を連れてレッドたちを見下すような態度で見ている。
「その通りですじゃ。この度の戦争……機界大国の横暴には耐え兼ねるものがございますゆえ、御自ら立ち上がり、和平を締結したいと勇気あるお言葉を投げかけられたのです。この行動に我らも心打たれ、この場にはせ参じました。一刻も早くこの事態の解決を望みますれば、数日かけて地上を移動することは愚の骨頂。どうか我らの動向をお許しいただきたく……」
グスタフの代わりに必死に頭を下げるのは機界大国との戦争会議で頭を悩ませていたゲルレイズ=バルク。王の気紛れな態度に振り回されているのが手に取るように分かる。
ディロンは少し離れた場所で面倒ごとに鼻を鳴らした。
「大方、ドワーフだけの手柄にしてやろうって魂胆だろうぜ。どの国も何もしてねぇってのに横から掠め取ろうとは、性格が終わってるとしか言いようがねぇよ」
「でも書状が届いたのはあの王様のところでしょ? 小国家連合になる前からあの人がこの辺のトップであることを認識してたってことじゃないの? 王様だし。別に変なことじゃないと思うけど?」
ウルラドリスの指摘にディロンは唸る。特に言い返す言葉を持ち合わせていない。
ゲルレイズの必死な頼み込みにグルガンが答える。
「構わん。戦争の終結と和平条約の締結に貢献出来るのなら断る理由もない」
「はっ。ありがとうございますじゃ」
グルガンからの許可が出たことでグスタフは颯爽と歩いて座れそうな場所に腰掛ける。共回りの何人かがグスタフの側に侍り、日に焼けないようにパラソルや飲み物を取り出してなるべく快適にしようと努力していた。それと同時に荷物が大量に運び込まれる。
「……何だこれは?」
グルガンが荷物を運び込む中の1人に尋ねるが、ドワーフたちは意に介すことなく黙って荷物を運び入れている。答えの出無い様子にシズクが口を挟む。
「和平交渉に金銭を要求されることを危惧しての用意では無いですか? ただでは転ばないことを警戒しているのかもしれません」
「しかしいつまで往復するつもりだ? 時間が掛かって仕方がないが……」
グルガンは顎を撫でながら肩を竦める。
「ある程度は運ばせてやれよ。イチャモン付けられても面倒だぜ?」
アキマサはグルガンの肩をぽんっと叩いて諦めさせる。結局放っておくことになり、それなりに時間をかけたものの、問題なく機界大国へ出立した。
「ドワーフとは何を考えているのか読めない種族だな」
ライトは苦言を呈する。レッドは前にドワーフだけの冒険者チーム『グリズリーベア』に入れてもらおうと考えていたことを思い出した。
(受付嬢さんの言う通りにしてて正解だったのか……。分からないものだなぁ人生……)
レッドはしみじみ思いながら機界大国へ目を向ける。機界大国の国土の広さに感心しながら、新たな地への第一歩に心躍らせた。
これから訪れるであろう大変な事態を知ることもなく──。




