473、要と不要
ハインケル率いる『朱炎隊』の敗北により機界大国側は撤退を余儀なくされた。
アンドレイドは蒸気を吐き出しながら机に向かってプルプルと震えている。
「……負けた? あれだけ有利に事が運んでいたというのに……?」
──ドンッ
机を殴りつけて破壊しながら立ち上がり、部屋の隅に寄っていたルークフィンを睨み付ける。
「お前は何故……どうしてあんな奴が出て来ると分かったっ?!」
「分かった訳ではなく、確信したのです。この戦争の指揮を取っていた3人の知恵者たち。彼らの次なる一手がきっと、戦況をひっくり返す何かを投入して来るだろうと……」
敵の戦略を読み切り、全てを掌で転がした男の言葉にアンドレイドはそれ以上の言葉を持たなかった。ハインケルを嗾け、退くべき時を見誤ったのは他ならぬアンドレイド自身。ルークフィンを非難することなど出来ようはずもない。
「ふむ……なかなか良い余興でしたな。我らの力はある程度知っていただけたと思いますので、必要な時にはどうぞまたお呼びください。いつでも歓迎致します」
ルークフィンはそれだけ言い残し、部屋を出ていく。ノヴァリンドもその後をついて行った。
*
『……やはり、魔王では魔神に勝利することなど夢のまた夢……か』
黒炎は腕を組み、見下ろしながらドラグロスとグレゴールの戦いを見ていた。最後の魔王もドラグロスの一撃で吹き飛び、グレゴールの居城の残骸に衝突して動かなくなった。
「何を調子こいてやがる? 次はお前の番だぜっ!」
ドラグロスは黒炎を指差して煽る。それを見てグレゴールは肩を竦めた。
「やめなさいよ。せっかく戦わないって話なのに、面倒事を増やさないでよね」
『安心しろ。先にも言ったが、私は戦うつもりはない。あくまで監視役だからな』
黒炎は安い挑発に乗らずに鼻を鳴らして一蹴する。
『しかし、このザマでは何を監視すべきか……』
魔王たちがうめき声を上げ、立ち上がることも出来ない死屍累々の状況に黒炎はため息をついた。その言葉を待っていたかのようにフェイルが声をかけた。
「撤収です助っ人の方。これ以上は無意味です。オーギュスト様は在庫がなくなり次第戻ってこいとのことです」
『在庫……か。お前たちには情というモノが無いようだな……しかし、撤収ということであれば従おう』
黒炎は組んでいた腕を解いて両手を広げる。
──ボシュウゥゥッ
次の瞬間、倒れた魔王たちは黒い炎に包まれる。ドラグロスとグレゴールはその状況に驚愕の眼差しを向ける。
「ギャアアァァ……ッ!!!」
全員が気絶させられていただけでドラグロスたちは殺していなかった。
「野郎……っ!」
ドラグロスは歯を食いしばって苛立ちを見せる。グレゴールも怒りを湛える。
「あんた……さっき情が無いとか何とか言ってなかった?」
『そうだ。だからこそこうやって処分している。デザイア様のため、恥を上塗りしないようにな。しかし、お前たちも殊勝なことだ。殺すことなく生かしていたとは……だが、そのせいで無駄に苦しむことになった。彼らが可哀想だとは思わないか?』
「なんて卑劣な奴っ!」
グレゴールはハンマーを握りしめ、今にも飛びかかっていきそうな雰囲気を出している。
「よろしいのですか? このまま戦えば、あなたの言う面倒なことになりますが?」
フェイルに指摘され、グレゴールは確かに今やるべきことでは無いと自分を律して我慢した。
「……覚えておきなさいよ黒炎。次にあったときはあんたを叩きのめすんだから」
『宣戦布告か。この私に対して随分な口を叩くではないか。だが、その意気や良し。今一度邂逅の時あらば、その時は勝負を受けよう』
黒炎とフェイルは踵を返してオーギュストの駆る浮遊要塞へと戻って行った。
*
前方の戦争も後方の襲撃も防ぎ切り、機界大国の兵隊を捕虜に取った。この功績は4ヵ国の度肝を抜く。
「まさか本当に解決しようとは……見直したぞグルガン、そしてアキマサ。儂は今奇跡を目の当たりにしている」
ギュプロス公国のヘルクト公爵が手を差し出し握手を求める。アキマサは即座に握手を返したが、グルガンは顎をしゃくって手を引っ込めるように無言の圧を出す。
「馴れ合いは結構。そんなことよりも、小国家連合の長たちで機界大国へ書状を書いて欲しい」
「なに? それはどういう……」
「今回の戦争の勝利と捕虜たちの解放に伴い、和平を結ばせる。これ以上やることを増やさないようにも大人しくしてもらわねばならないからな」
人間同士が争うことなくデザイアという侵略者に集中的に対応するためにも必要不可欠なことだ。
「書状は我々が持っていく」
「何を馬鹿な。これは小国家連合の連名で合意に至る和平条約だ。各国の外交官が出向くのが儀礼であろう」
公爵の言い分にアキマサはうんうんと頷きながら「当然そうなんですけどね?」と一旦置いて話そうとしてが、グルガンが横入りする。
「儀礼だと? 申し訳ないが、4ヵ国中3ヵ国が信頼に値しない連合だ。途中で書状を失くす、あるいは機界大国での無礼な行為によって条約そのものが反故、というようになっては困る」
「何だとっ!? 誰のことを言っているのだっ!!」
ヘルクト公爵は拳を握りしめてグルガンに詰め寄る。それを遮るようにアキマサが間に入った。
「まぁまぁ落ち着いて。誰もあなたのことを疑っているとは言っていませんよ?」
公爵はキョトンとした顔を向ける。アキマサの言葉にグルガンは鷹揚に頷いた。
「その通りだ。逆に今回の件で最も信頼に足るのは貴公だ。他の者たちは一癖も二癖もある。ジェイドとウィリアムは小物だが、グスタフはかなり臭う」
「な……ジェイドはともかく陛下やウィリアムもか? 儂には分からんが……」
「この者たちに情報を開示するのは不味いのでは無いかと判断した。隣国という近しい間柄で気を抜いているのだろうが、この条約が通るまでは気を引き締めてくれ。我々が必ず締結させる」
自分が疑いから晴れていること、ある程度信頼されていること、そしてグルガンの揺るがぬ眼光に気圧された公爵は渋々了承する。
書状を書くことで合意し、退室した公爵の背中を幻視しながらアキマサはグルガンを見る。
「よぉ、もう少しコミュニケーションを取らねぇか? 論理で相手を黙らせるのはどうも情が無ぇというか……」
「何を言う。我がせずとも貴公がいる。頼りにしているぞアキマサ」
「おま……ったく、分かったよ」
ニヤリと笑うグルガンの横顔を見ながらアキマサは肩を竦めた。




