472、戦争終結
──渦巻く火炎。
ひた走る業火は地獄の底から這い上がる亡者のようにレッドに向けて手を伸ばす。
レッドは剣を大きく振り被る。
(……何をするつもりだレッド=カーマイン。フィジカルでは悪霊の炎は防げないぞ?)
ハインケルはニヤリと笑う。魔法による攻撃は魔法でしか防げない。魔力を行使することによっていくらかダメージを軽減することは可能だが、完全に防ぐことはほぼ不可能。その上、ハインケルの使用する悪霊の炎は神聖魔法でなければ消すことは出来ない。
無知か、それとも経験不足か。とにかくレッドは剣の峰を団扇のようにして思いっ切り扇いだ。
──バフォオオッ
レッドの起こした風は嵐のような突風を巻き起こす。大気を捻じ曲げるほどの一撃が吹き荒れ、悪霊の炎は吹き消された。
──ゴオォォッ
戦場に吹き荒れる風は目を開けていられないほどの勢いで機界兵たちを襲った。
「うおぉっ!?」
思った以上の衝撃が砂塵を巻き上げ、レッドによって気絶させられた兵士もゴロゴロと転がった。その風は離れた場所にいた将軍たちの下にまで届く。
「な、なにっ?!」
マチルダの前髪が捲れ上がるほどの強烈な風にスレイフが顔を庇いながら薄目で周りを確認する。
「くっ……分からないっ。状況を確認するっ」
スレイフは兵士に手振りで命令する。兵士はすぐに動き出し、前線に出て行った。この動きに便乗し、バジェットも動き出す。
唯一情報収集に動かなかったのはゴルドレイだ。ハインケルが突撃していった場所を見て蔑んだような視線を向ける。
「……アレが動いたか。もうここに留まるのも意味はない。撤収するぞ」
「は? しかし、良いのですか? アンドレイド様からの指令は……」
「私は何と言った? 撤収だ。無駄な犠牲を増やすことはない」
ゴルドレイは踵を返して国へと帰還する。その背後で兵士は撤収を呼びかけ、立花隊は荷物をまとめて撤退した。
「ぐあぁっ!……い、いったい何が……っ!?」
レッドが起こした突風に吹き飛ばされたハインケルは地面に腹這いとなり、起きるのも億劫になっていた。先の一撃だけでごっそりと体力を持っていかれたようだ。何とか戦斧で体を支えつつ立ち上がる。レッドはその場を一歩も動くことなくじっと様子を伺っている。火傷ひとつないレッドの姿にゴクリと固唾を飲む。
(な、なんて奴だ。我が『紫炎』の炎を剣の一振りで吹き飛ばしたとは……しかし、何故だ? 魔力を感じなかったが、いつ魔力を使用したんだ?)
戦斧を杖代わりにゆっくりと前に進む。
「キサマ……何をしたっ?」
「何って……剣を団扇代わりにしただけだ。でも思った以上に扇げたな。外でやると思いのほか風を巻き込めるのかな?」
「ふざけおって……っ! この私を虚仮にしたことを後悔させてやるっ!」
ハインケルは戦斧を構えて力を入れる。すると戦斧からまたも紫色の炎が生まれた。
「またか。何度でも消してやる」
レッドは剣を構えたが、先の火炎放射は撃ってこない。紫の炎を体に纏い始め、身体能力の大幅強化を図ったのだ。
「今度は先ほどのようにはいかんぞっ! キサマを原型残らず擦り潰してくれるぅっ!!」
限界まで引き上げた力でレッドに突撃する。
*
その頃、ゼクウと牡羊座が戦いを始めていた。ゼクウは凄まじい身体能力と湧き上がる気でアリエスを追い詰めていく。
「チッ……やるねぇ。守護者である僕を相手にここまで戦えるとは思いもよらなかったよ」
「立派な肩書だな。だが、そんなもんじゃ何も守れやしねぇぞっ!!」
アリエスが突発的に出した3枚の土壁を瞬時に破壊し、アリエスに接敵する。
──ゴッ
ゼクウの拳が頬にクリーンヒットした。アリエスは地面を二度三度と跳ねながら吹き飛び、体を捻って体勢を立て直しつつ着地する。
「ほぉ……咄嗟に魔力を頬に固めて俺様の拳を防いだか。器用な奴だ」
「まぁね。僕も伊達に守護者をやって……ガハァッ!!」
アリエスは血反吐を吐く。一瞬何が起こったのか自分でもよく分からなかったが、ゼクウの拳の威力がアリエスの防御を突破したことにようやく気付いた。脳震盪を起こし、切れた内頬からとめどなく血が溢れ出る。
「だがその程度じゃ俺様の攻撃は防げねぇよ。テメーとは鍛え方が違う」
ゼクウは顔の前で両腕を交差させ、ゆっくりと腰の方に腕を落としながら全身の力を込める。空気中から何かを吸い込むように体へと還元させ、体から放出するかのように気を高めていく。
「……空気中から気を取り込んでいるのか?」
「ご名答だ。こうすることで俺は疲れを知らずに戦える。常に回復し続ける最強の俺と片膝突いて血を吐き出してるテメーとじゃ話にならねぇなぁ。レベルが違うぜ」
ゼクウは今にも飛び出しそうに目を爛々と輝かせ、アリエスの喉下を見ている。
(急所への一撃必殺か……狙っているところが丸解りだってのに視線を外さないのは、絶対に殺せる自信と余裕からだろう)
分析を終えたアリエスはフッと笑う。
「……僕も舐められたものだねぇ……」
ゼクウの見下した態度には頭にくるが、次の攻撃を防ぐ余力は残っていない。土壁如きでは防ぐことが出来なかったように、特段切り札と呼べるようなものもないので、アリエスが万全の状態でもゼクウには勝てなかっただろう。それでも守護者としても矜持が後退を拒む。
(ま、チェン老師とその弟子たちは助けられたし、良かったとするか……すまない、ゴライアス)
アリエスは何とか立ち上がってゼクウを睨みつける。
「覚悟は出来たようだなっ。こいつでテメーも終いだっ!!」
突撃しようと足に力を込めたその時──。
──ヒュー…………バガンッ
上空から降ってきた人型の何かに行く手を阻まれ、ゼクウは立ち止まる。
「あぁ?」
それはよく見るとこの戦場の指揮を途中から任されたハインケルだった。大の字に地面に埋もれ、白目を向いてピクリとも動かない。驚いたアリエスは飛んできた方角に目を向ける。
「あちゃーっ。そんなに飛ばしたつもりなかったけど結構遠くまで飛んじゃったよ……。あの~、その人死んでないですよね?」
焦りながらやってきたのはレッド。ハインケルとの戦いに難なく勝利を収める。
「ほぉ? 何者だテメーは?」
「あ、俺はレッド。レッド=カーマイン」
「レッド? 聞いたこと有るような無いような……まぁいい。テメーがこいつを叩きのめしたってんなら期待出来そうだぜ。──おい獣人。テメーは後だ。まずはこの野郎を食うぜっ!!」
ザッと腰を落として地面を踏み締めるゼクウ。レッドはキョトンとしながらも敵意を感じて剣を構える。ここから2人の戦いが始まるのかと思われたが、すぐに戦闘は中断された。
「ぐぅっ!?」
ゼクウが胸を押さえて苦しみだす。何か抗えない病気のような雰囲気に闘争の空気が霧散する。
「……チッ……戻ってこいってか? おい、レッド。テメーとの勝負は預けたぜっ!!」
ゼクウは踵を返して撤退した。意味が分からず取り残された2人は顔を見合わせた。
「あ、えっと……グルガンさんの守護者ですよね? 今目の前に埋まってるこの人、実は将軍らしいんですけど……どうすればいいと思います?」
レッドはいつもの調子で尋ねる。肩の力が抜けたアリエスは項垂れながら座り込んだ。




