471、紫の炎
機界大国の兵士進軍。
嚇怒のハインケル率いる『朱炎隊』が勝利に向かって突き進む。
朱炎隊とは字の如く、燃え盛る炎を体現している。
他の部隊はマチルダの『桜花隊』やバジェットの『紅葉隊』、ゴルドレイの『六花隊』と植物由来に反目するように名付けられた。『我が部隊こそ最強の攻撃力を誇る』という自信の現れである。
猪突猛進のイメージが付きがちな部隊名だが、一昔前は全く違っていた。
ハインケルは感情的で顔に心の内が現れやすいが、同時に冷静に物事を対処出来る頭脳を持ち、攻防において隙のない部隊として知られていた。しかし、後継ぎであった長男を早くに亡くしてしまい、それまでの覇気を失ってしまった経緯がある。自暴自棄になった期間が長かったためか、感情のコントロールを上手く行うことが出来なくなり、頑固一徹な堅物になってしまったのだ。
上が融通を利かせなくなったら、下もそれに合わせる必要がある。結果、イメージ通りの猪突猛進な部隊になってしまった。
「勝利は目前だっ!! 一気に打ち崩せぇっ!!」
戦斧やハンマー、長剣を振り回しながらひたすら真っ直ぐに進む兵団。着ている鎧も含め、すべてが戎器と呼ばれる特別な武器であり、魔道具のように使用方法を模索せずとも簡単に使えて、職業や魔力量に縛られない誰にでも扱える物となっている。一律に引き上げられた能力で敵を蹂躙出来る。
ただし誰でも扱える物ゆえに出力もそれなりであり、主従関係を結ぶタイプの魔道具や選ばれし者のみが使用可能な魔道具のように特別な力を持ち合わせていないので、国を代表する強さを持つ戦士たちには遠く及ばない。
それでも、多少鍛えた程度の兵士たちをエリート兵に引き上げるだけの力を持っているので、たとえ一般兵だろうと驚異的な能力を発揮する。死を恐れないような進軍の影には、能力を底上げし、死ににくい肉体を手に入れたという自負心があるのだ。
ミノタウロスは確かに驚異的だったが、数人で囲めば何てことはない。戦略が上回ったことで得られた余裕は彼らの心に隙を生んでいた。強力な魔物さえ退けられるのだから怖いものなど存在し得ない。だからこそ目の前に立つ赤髪の剣士を嘲笑する。
「おや? 魔物は在庫切れかな? 今度はたった1人でどうにかするのか?」
「おいおい、気を付けろよ。あいつが落とし穴を掘ってた奴かもしれないぞ? この辺り一帯に罠を張っているとか考えとかねぇとなぁっ!」
ゲラゲラと笑いながらその足を止めない。戎器の鎧は魔鉱石の魔力によってダメージが大幅に軽減される効果を持つ。例えば、穴の中に木材や竹、鋼鉄で出来たような針を無数に配置したとて、鎧がダメージを軽減して刺さることがなくなる。巨石の投擲や矢の雨といった逃れられない攻撃であっても、このダメージ軽減がある限りはほとんど死ぬことがない。
ミノタウロスによって攻撃された兵士は大半が脳震盪による気絶や、致命傷に届かない切り傷程度。しつこく攻撃を加えられて絶命した者も何人か居るに居るが、それでも最小の犠牲に留まっている。
結局、最先端の技術を持つ者が生き残り、自然により近い者たちが死んでいく。だからこそ踏ん反り返ってイキっている。その心の余裕は目の前の剣士を遊び殺してやろうとまで思うほどに気が大きくなっていた。
「ここからは先は一歩たりとも通さないぞっ!」
「上等だっ!! 死ねぇっ!!」
剣を構える男に凶刃が迫る。
──フワッ
瞬間、機界兵たちの体が浮き上がる。味わったことのない浮遊感。次の瞬間、自らの体が吹き飛ばされるのを感じる。急に重力の向きが変化したような異様な感覚は、真横に落ちるという表現が正しい。
吹き飛ばされた兵士は他の兵士を巻き込みながら尚も落ちていく。奈落の底に突き落とされたようなどうしようもない状況に自分の死を覚悟した。
──チュドッ
牡羊座が盛り上げて作ったであろう丘に激突し、ようやく勢いが止まる。男に掛かっていく兵士たちは皆一様に真横に落下し、後ろの兵士をなぎ倒す。きっとそういう能力の魔剣を使用しているに違いないと、無い頭で考えながら埋まった体をどうにかしようと手足をバタつかせる。しかし、その必死な動きを嘲笑うかのように次の犠牲者が同じ場所に落ちてきた。
何人も落下すれば同じところに降ってくる者もいる。何人かが折り重なった時、最初に埋まった者や、転げ回った者たちは意識が薄れていく。ダメージ軽減があって本当に良かったと思いながら──。
「どうしたぁっ!? 何があったっ!?」
そこにようやくハインケルがやって来る。丁度吹き飛ばされた兵士が視界を覆ったが、抱き留めるように飛んできた勢いを殺す。
「ぬ、ぬぅ……っ!?」
思った以上の勢いにハインケルは横に逸らすように威力を往なし、兵士を地面に転がした。
ハインケルは死屍累々の目の前の状況に肩で息をする。激流のように流れていた兵士という川がたった1人に堰き止められた。
「──何奴っ?!」
剣を構えた男に汗を浮かべながら叫ぶように質問する。男は構えを解いてハインケルを見た。
「俺はレッド。レッド=カーマイン。お前がこの兵隊たちの親玉か?」
「レッド……カーマインだと? 確か、魔導戦艦を駆る者たちの代表者……」
「あ、うん。まぁそうなんだけど……質問に答えてもらおうか?」
レッドは頬を掻いて少しだけ気恥ずかしそうにしながら強気に言い放つ。ハインケルはチッと舌打ちしながら戦斧を突きつけた。
「我が名はハインケル=ロファル=ヴェスター。朱炎隊の指揮官であり、この戦争を任された将軍。つまりこれはトップ同士の邂逅というわけだっ」
「何だって?! ってことはあなたを倒せば……」
「確かに、将軍であるこの私を倒すことが出来たなら戦争は終結しよう。しかし、それはそちらとて同じこと。キサマが倒れたらこの戦争は我らの勝利ということになる。そうだな?」
レッドは目をパチクリさせながら肩を竦めた。
「いや、他にもいますから……俺を倒したところで直ちに戦争終了とはならないかと思いますけど?」
「ほざけっ!! 命乞いならもっとマシなものにしろっ!!」
ハインケルは感情を昂らせ、戦斧をブンブン振り回しながら威嚇する。そうしていると、戦斧に紫色の炎が纏わりつき始めた。
ハインケルの専用武器、戎魔斧『紫炎』。
斧型戎器。魔斧としてはとてつもない力とレアリティを持ち、敢えてランク付けするのならA〜Dのランクを超えた最高ランクであるSクラスに相当する。
対象を追尾し纏わりつく紫色の炎を放つ。この炎は属性で言う炎では無く、所謂悪霊であり霊属性に位置する。炎を受けたように火傷を負うのに対し、水ではなく神聖魔法でなければ消すことは出来ないという面倒な力。
持ち手の負の感情にも呼応しその威力を高めることも可能。身体能力を高める効果もあり、紫色の炎の出力によっては効果を数倍以上に上げられる破格の装備。
「消え失せろっ!! レッド=カーマインっ!!──悪霊の炎牙っ!!」
──ゴォォォオッ
火炎放射の如く放たれた紫の炎は容赦なくレッドに襲い掛かる。




