470、ジョーカー
ルークフィンは地図を見渡し、髭を捻りながら椅子にもたれる。
「詰み、ですな」
ほとんど拮抗状態だった戦況は覆り、ミノタウロスの軍勢を物ともせず、知略で完全に敵を上回った。ノヴァリンドの時には最小に抑えられていた兵士の犠牲も、ルークフィンに変わった途端にほぼ無傷。その上、最難関と思われていた待ち伏せ地帯を突破し、機界大国側はどんどん陣地を広げていく。
「やるではないかルークフィン。まさかここまで早く事が運ぶとは思わなかったぞ」
アンドレイドも手放しにルークフィンを褒める。
「恐縮ですな。しかし、途中で参加された白衣の方々は何者でしょうか? 1人、修道士と思しき人物が戦場を駆け回っていましたが……」
「あれは女狐の部下どもだ。コソコソと何かを画策しているようだな……」
ゴシュウゥッと怒りを蒸気に乗せて吐き出す。「女狐?」と疑問を持つノヴァリンドにエクセルが答える。
「我が国『ジェムクロフト』が誇る技術開発機関『ダイダロス』の最高責任者のことです。その名をティアナ=ヴァーミリオン。この国で最高の頭脳を持つ御方です」
「なるほど、ダイダロスですか。興味を唆られますな」
ルークフィンが初めて効いたような素振りで大きく頷く。
「やめておけ。アレは何を考えているか分からん。面倒なことになる前に忠告しておいてやる」
「痛み入りますな。……ふむ。今思えば、確かに面倒なことになるかもしれません」
「ん? 何がだ?」
「先ほど修道士と思しき人物が、吾輩の采配を無視して戦場を荒らしている行為です。ある程度拮抗した戦いであれば相手側も諦めが付きますが、魔物を1人で何体も屠れる存在が突発的に戦場に現れた時、相手側も隠していた切り札を切って来る。それが修道士と思しき人物と同等ならば御の字……」
ルークフィンはトランプを取り出して机に置き、一番上のカードを見ないように手に取る。そのまま机の上に伏せると、「ふぅ……」とため息をついた。
「……撤退です」
その言葉にルークフィンを除く3人が驚愕の顔を見せる。
「ふっ……何を馬鹿な。ここで撤退してどうする? 勝利はもう目の前だぞ?」
「その通りです。ここで怖気付いたとでも言うのですか?……それともまさか、実は相手側と結託し、ここまでが台本だとか?」
アンドレイドは嘲笑し、エクセルは訝しむ。ノヴァリンドは今一度戦況を確認し、地図をじっと睨むように見る。
「面白い発想ですなエクセル殿。しかし今回はもっと複雑なもの。そのような労力を使うくらいなら吾輩が前線に出て全てを終わらせますな。ですがそれはデザイア様の支配の美学に反します。心を萎縮させるのではなく、むしろ復讐の炎に身を焼き、反骨心をバネに成長を促す。支配は停滞ではなく、さらなる進化を与えるもの。そうでなくてはなりませんな」
ルークフィンは腕を組んで滔々と語る。
「何をくどくどとっ! さっさと進軍して全てを終わらせろっ!!」
──バンッ
机に平手打ちをかます。アンドレイドの掌で打たれた机は、その一部だけ木屑が飛び、バキバキに凹んでいる。
「ここで引き上げ、小国家連合に降伏を持ちかけるのが最善です。ギュプロス公国のヘルクト公爵にあなたの署名で送りつけるのが得策かと」
「いいやっ! 完膚無きまでに叩きのめして二度と立ち上がれんようにするのが最も賢い選択だっ!」
「……そうですか。で、あるならここまでですな」
ルークフィンは椅子から立ち上がる。
「貴様っ!! 戦線を放棄するつもりかぁっ!!」
「放棄ではなく、戦略的撤退を申し上げているのです。突撃を敢行されるなら好きになさるが良い」
「そんなことは許さんぞっ!! 今から突撃を命令し、この戦争を我々の勝利で終わらせろっ!! これは命令だっ!!」
ルークフィンは一瞬ゴミを見るような目でアンドレイドを見る。アンドレイドも一瞬気圧される視線。しかしすぐに何でもなかったかのようにルークフィンの目は通常に戻り肩を竦めた。
「……命令は各将軍に通達したらいかがですか? 吾輩は止めたりなど致しませんので、どうぞ好きに突撃なり何なりと命令を下しなさい。しかしながら……」
ルークフィンは伏せていたカードを指で挟んで地図上に飛ばす。
──スコォンッ
乾いた音を立てて戦場のど真ん中にカードが突き刺さる。刺さったカードの絵柄は『ジョーカー』だった。
「敗北を覚悟されよ」
「……ふんっ! このカードが何だと言うのだ? この役立たずどもめっ!! 貴様らなどもう良いわっ!!──ハインケルっ!!」
ルークフィンに腰抜けのレッテルを心の中で貼りながらホログラムに対して声を張り上げる。するとすぐにハインケルが返答した。
『……如何なさいましたか? アンドレイド様』
「ハインケルよっ! ルークフィンが指揮官から降りたっ! 今からお前が指揮を取り、勝利を飾れっ!!」
『っ!? か、かしこまりましたっ! すぐに奴らを皆殺しにしてご覧に入れますっ!!』
ハインケルは意気揚々と指揮を取り始める。主な命令は『突撃』。ハインケルの思いっきりの良さと自分個人が強いことによる自信から、単純な命令を下す。ルークフィンやノヴァリンドとの知力の差を垣間見た気になったが、そんなことなどどうでも良かった。
勝てる戦場を放棄するなどあってはならない。ここまでやって書簡で降伏を懇願するなど馬鹿げている。
アンドレイドは苛つきながらも満たされた気になっていた。ここまでお膳立てされれば絶対に勝てる。単純な命令であろうが何だろうが風は今、機界側から吹いている。この追い風を無視するなら勝ち運が消えるというもの。
「……勝負は時の運とは、吐かしたものよなぁルークフィンよ。貴様が自ら手を離したのが勝機だ。少しは経験になったか?」
アンドレイドは四隅に移動したルークフィンをチラリと見ながら煽る。ルークフィンは涼しい顔をしながらホログラムを見ている。先ほどから地図と睨めっこしていたノヴァリンドはお手上げ状態でルークフィンに近寄り、小声で尋ねた。
「……ルークフィン。何故ここで撤退する必要がある? 全く分からないんだけど?」
「こればかりは経験が必要ですからな。仕方のないことです。……盤上の遊戯で追い詰められ、負けそうな時、その試合を引っくり返す手が存在しますが、それが何かは分かりますか?」
「……文字通りでしょ。盤をひっくり返す」
「正解です。盤上を引っくり返すなど卑怯卑劣な行為ですが、それは所詮遊戯の話。戦場において卑怯卑劣など存在しません」
「……ってことは、魔神か。ドラグロスかグレゴールが戦場に出てくるわけね」
「いいえ。彼らは今、オーギュスト殿が放った刺客と闘っていることでしょう。そして、今から出てくるのはそれ以上に厄介な存在ですな。吾輩のカードの絵柄がそう言っています」
ノヴァリンドはピエロのような悪魔のような人型の存在が描かれたカードを見る。
「……アレにはどう言う意味があるの?」
「『切り札』、ですな」
*
グルガンの指令を受けて戦場に立つ赤い髪の男が1人。
(俺で良かったのかな……? こういうのってディロンさんとかの方が適任だったりしないのかな?)
レッドは不安になりながらも突撃してくる機界大国の兵士を見る。何だか凄い装備を身につけて強そうにも見えるが、ミノタウロスとの戦いでそれほどの戦果を上げていないところを見るにそれほど大したことはないのではないかと高を括る。
(まさかダンジョンで倒してたミノタウロスを守る日が来るなんて思ってもみなかったなぁ。……あの数を相手に俺がどれだけ戦えるか分からないけど、俺の使命はあくまで前衛……)
剣を抜き払い、正眼に構える。
「ここからは先は一歩たりとも通さないぞっ!」




