469、背後からの強襲
前線にて追い詰められるミノタウロス軍団。グルガンたちも防御に徹し、敗北濃厚の戦争の背後でも動きがあった。
──ワァッ
オーギュストの浮遊要塞から蜂の巣を突いた勢いで異世界の魔王たちが空へと解き放たれる。しばらく待機していたドラグロスとグレゴールは戦場に向かってくる魔王たちを迎え討つ。
「チッ……やっぱ来やがったか」
「ここに居て正解だったわね。フェイルちゃんかしら?」
「どっちだろうと関係ねぇ。俺らの邪魔するならブチ殺すだけだ」
バシンッと拳を掌に打ち付ける。グレゴールは嫌そうに肩を竦める。
「そんな頭ごなしに殺すってさぁ。はぁ……説得出来る相手なら良いのに……」
「そいつが無理なことはお前が一番分かんだろ? デザイアに逆らうガッツのある魔王なんざ居ねぇよ」
龍球王国での出来事を思い出させる。グレゴールがデザイアを裏切る決断をした瞬間に部下の魔王たちは一斉にデザイアの居城に飛んで行ったことを。
やるせない気持ちを抱えながらも前を向くしかない状況にグレゴールは気持ちを切り替える。
「分かってるわよそんなこと。ちょっと可哀想って思っただけだし……」
「っんな情は捨てろ。俺らかデザイアの2択でデザイアを選んだ以上は俺らの敵だ。……つっても、俺だってモロクほど鬼じゃねぇ。恐れ慄いて攻勢に出られねぇ奴まで殺すつもりもねぇからよ……」
「ふっ……どっちよ。でもそうよね。そういう方向で行きましょうか」
グレゴールはパンツの中から神器『愛鎚』を取り出し、クルクル回しながら弄ぶ。ドラグロスも戦いに備えて魔力を高めていた時、ふと違和感を感じた。
「……あ? おいおい……マジかよ。この気配は絶対アレじゃねぇか……」
ドラグロスが頭を抱えそうになっているのを見てグレゴールも遅ればせながら気付く。
「ええ。アレね。……でもおかしいわね。デザイアちゃんの気配は感じなかったけど? もしかして回り込んできたってこと?」
「バカお前、転移かポータルかのどっちかだろうぜ。あのピエロ、デザイアになんか吹き込んだんじゃねぇだろうな?」
後頭部をボリボリと掻きながら空を侵食する魔王たちの軍勢を見る。その中に一際暗く揺らめく凄まじい力を2人は見逃さない。
遠くからでもハッキリと視界に映るその存在は、角が上に伸び、全身タイツを着ているような人型だが炎のように揺らめいている。その炎は赤や黄色、青といった視認しやすい色ではなく、深く澱んだ墨汁のように真っ黒。しかし、目だけは赤く光っていた。
魔王たちは自分たちが降りるスペースを確保するためにグレゴールの居城を破壊し、ドラグロスたちと適切な距離を測りながら着地していく。間合いを外していないといきなり殺されるのではないかと危惧してのことだが、実力に彼我の差がある魔神を前に意味のない動きだ。そんなことよりも一向に着地することなく高い位置から見下ろしている、太陽の黒点の如き存在の方が気になって仕方なかった。
「ドラグロスっ! そしてグレゴールっ!」
気になっている上空の存在とは別方向から聴き慣れた声が聞こえて来る。上を気にしつつ声をかけた方に目を向けると、オーギュストの側近であるフェイル=ノートが仁王立ちでこちらを睨み付けていた。
「ルークフィン様との戦闘のために戦場に出ていることを少なからず期待していたですが、やはり警戒してたですか。まぁ結構です。どうせ挟み討ちにして皆殺しの命令ですし……」
「随分な物言いじゃねぇかクソガキ。どうせお前は監視役なんだろうが、上のそいつは何だ? さっきからデザイアの気配がしてイラつくんだよっ」
ドラグロスの指差した先をチラリと見て視線を戻す。
「デザイア様からお借りした戦力です。こちらに不利益を被るような事態が起きた時に動く従順な戦士ですので、あなた方が気になさることはないです」
「てことは、な〜に? 彼も監視役ってこと? よっぽど裏切りが怖いのね」
「怖い? デザイア様にそのような感情がないことはあなた方が一番ご存知のはずです。しかし、統率は必要です。万が一にも攻撃の手を緩める、逃げる、隠れるといったことがないよう、ほんの見せしめ代わりの攻撃をしていただけます。──自己紹介をお願い出来ますですか?」
フェイルが頭上に向けて声をかけると、黒い炎の精霊のような存在はテレパシーのような伝達方法で語りかける。
『私はデザイア様の能力、罪重レベル5『神招膨大・終末四相』が1つ『黒炎』。私のことは気にするな。お前たちをどうこうするようには命令されていない』
「あら。ってことは『黒雷』や『黒風』っていう子たちと同じ存在ってこと?」
『その通り。黒雷を屠ったレッド=カーマインならいざ知らず、お前たちには何の感慨も無い。相手をしろというのなら相手をしてやらんこともないがな……』
黒炎は腕を組んで目を細める。その余裕、その自信は、まるで自分こそが最強であると踏ん反り返っているかのように不遜である。
「あ? だったら黙って見てやがれ。俺たちも掛かって来ねぇ奴に興味はねぇ。だがよ、俺らの邪魔をするってんなら例え何だろうと容赦なくぶっ殺す。覚悟することだな」
『威勢の良い爬虫類だ。気に入った。──魔王ども。多勢に無勢だ。この2人を何としてでも殺せ。出来ない奴は私がお前たちを焼却する』
魔王たちは恐れる。殺されたくない一心でドラグロスたちに殺意を向けるが、常人で例えるなら崖から飛び降りる自殺に等しい。どちらにしろ死ぬのなら僅かでも幸運でも少しでも長く生き延びられる方に賭けるしかない。
「……ふんっ。ケツに火を付けられちまったな。だが、お前らの目にあるのは覚悟じゃねぇ。命乞いだっ。レッドならお前らを気の毒に思ってただろうが俺らは違う。俺らは俺らの夢のためにお前らを殺す」
ドラグロスが構えると同時にグレゴールも構える。
「こっから先には行かせないわよ。私たちを超えて行くことねっ」
「随分と気が合ったようですね、お2人とも。ではとりあえず……掛かれ、です」
フェイルの合図と共に魔王たちはドラグロスたち目掛けて突っ込む。
*
背後からの敵の接近にはグルガンたちも気付いた。
「何だよ今来たのか? ったく、奴さんもタイミングを見計らってたってことか……」
「ああ。劣勢を狙われたが、背後に2人を配置しておいて良かった。魔神に勝てる魔王などそう居まい」
アキマサがため息をつき、グルガンが鼻を鳴らす中、シズクは盤上を見ながら今後の展開を危惧する。
「しかし背後からも来たのでは、これ以上時間をかけるわけにも行かなくなりましたね。こちらもそろそろ決着と行きましょう」
「シズクの言う通りだ。我も頃合いだと考えていた……」
グルガンは手を動かす。
「お? ってことはそろそろ切るのか?」
アキマサの問いにグルガンは「そうだ」と答えつつ1つの駒を手に取る。
──タンッ
ミノタウロスの配置を無視して最前線に赤い石を置いた。




