468、第3の戦力
「良いんですか? ゼクウさん、行っちゃいましたけど……」
全身鎧を身につけて顔までしっかりと覆った人物は声を籠らせながら、白衣姿の獣人に話し掛ける。
「……魔物の死体を持ってくるように伝えたからな」
獣人は熊のように大きく、着込んだ白衣を上のボタンまで全部留め、パツパツになりながらも頑なに脱ごうとしない。全身毛が生えている上に白衣まで着込んで暑くないのかと思いつつも、全身鎧の人物はチラッと獣人の手元を見る。
「と言っても、それ……既に何体かサンプルがあるじゃないですか……もう必要ないですよ」
「サンプルはいくらあっても問題ないが、奴の場合そうではない。普段主任から戦うことを制限されているからな。ストレス解消には丁度良い」
白衣の獣人はミノタウロスの死骸を解剖しながら体内の様子を確認している。ミノタウロスを敵として処理していた機界兵も解剖の様子は慣れないのか、遠巻きに見ていることしか出来ない。獣人と鎧の人物が引き連れてきた白衣の研究員たちはミノタウロスの死骸を皮の袋に入れ、袋の口を縛ると担架に乗せて運び出す。そこに苛立った様子で朱炎隊を指揮する将軍、ハインケル=ロファル=ヴェスターがやって来る。
「貴様らぁっ! 何のつもりだっ!! 前線に『技術開発機関』が出て来るんじゃあないっ!!」
自身が装備している戦斧を振り回しながら威嚇するハインケル。
「わっ! ちょっ……! 危ないなぁっ。もう少し人のことを考えてはどうですか?」
鎧の人物はアンドレイドのように顔までしっかりと仮面まで付けた顔すら見えない状態でハインケルの戦斧に怯えながら苦言を呈す。獣人はその様子を見てゆっくりと立ち上がりながらハインケルに冷たい視線を向けた。
「何のつもり、か。見て分からないのか? この魔物は我らの国のダンジョンに発生しなかった種族だ。研究を進めなければ、どんな生物かを特定することは出来ない。この死骸に今のところ毒の類はないが、時間が経てば何かしら病原菌を発生させるかもしれないだろ。それにこいつらの体液がこの土地の性質を変えるかもしれない。何事にも理由があると考えてくれなければ困るな」
「何だと貴様っ! 獣人のくせに生意気なっ!」
「差別はやめていただこう。それからこれも言わせてもらうが、あなたが今聞くべきは『誰が』この回収を要請したかだ」
そういうと獣人は懐から4つ折にされた書類を取り出す。それをハインケルに差し出すが、ハインケルは受け取ろうとしない。
「……これは何だっ?」
「アリオスト陛下の書状だ。我々は陛下の意思で動いている」
ハインケルは目を丸くして書状を引ったくるように取り上げると確認する。そこには確かにアリオストのサインが書かれていた。
「我々は魔物の回収を、あなた方は戦争を。それぞれの役目があるはずだ。分かったら退いてくれるな?」
獣人の言葉にぐうの音も出ないハインケルは踵を返して立ち去る。鎧の人物は「すいません」とペコペコ頭を下げている。兵士たちもこれ以上関わるとハインケルの雷が落ちそうなのでそそくさと持ち場に戻っていった。
「ちょっと突き放しすぎじゃないかな? オロンさん」
鎧の人物は獣人オロンに苦言を呈す。
「これぐらい言わないと分からない男だ。小生のことは良いから、スティーブは自分の仕事をしろ」
オロンは鎧の人物、スティーブにチクッと釘を刺す。スティーブは「了解です」と肩を竦めつつ呟く。
「ところで、ゼクウさんはどうします?」
「言っても聞かない男だ。戦争が終わり次第戻って来るだろう。放っておけ」
オロンの冷たい意見にスティーブは遠い目でゼクウを幻視する。一瞬止めに行こうかとも考えたが、自分の言葉で止まるはずもないと思い直し、ミノタウロスの死骸の回収に勤しんだ。
*
ゼクウとチェン老師の一騎打ち。
背後に弟子たちが控えるが、弟子たちはゼクウのオーラに怖気付いて動くこともままならない。それを知ってか知らずか、チェン老師は背中越しに弟子たちに語りかける。
「お前たちっ! 逃げないというのなら良く刻み付けておけっ! ゼクウという存在をなっ!」
チェン老師は流麗な足捌きでゼクウに接敵する。
「老師っ!!」
弟子たち全員が口々に叫びながら涙を浮かべている。牡羊座もチェン老師の言葉から意を汲んで固唾を飲む。
(あの男……死ぬつもりか……?)
ゼクウとの戦闘を弟子たちに見せつけることで攻略の糸口を探れというつもりのようだ。チェン老師は直接拳で打つのではなく、手首を返した手の甲でゼクウの脇腹を叩いた。
「痛ぅ……っ!!」
ゼクウの体はイメージ通りの金属の如き筋肉。殴ればそっくりそのまま痛みが返って来る『反射』にも似た痛みにチェン老師は苦悶の表情をしながらも続けて攻撃を繰り返す。流れるように回転しながら徐々に威力を増していくチェン老師の攻撃はまるで竜巻のようにその速度を上げていく。
「で、出たっ!! 老師の技『風塵殺法』っ!! あまりの連撃に手も足も出ないぜっ!!」
左足を軸にひたすら左右から殴り続けるチェン老師。血が飛び交い、一方的な戦いになってきた。
「いや、待てっ!!」
「ああ、ゼクウは防御をしちゃいねぇっ!!」
「な、なにぃっ!?」
弟子の何人かが指摘するようにゼクウは最初の構えを解いて棒立ちでチェン老師の技を正面から受けている。
──ヒュッ……パパァンッ
チェン老師は急に回転する足を止めて跳躍すると、ゼクウの顎に二段蹴りを見舞い、背後に飛び退いた。肩で息をするチェン老師の腕は皮膚が破けてボロボロ。ゼクウのあまりの硬さにチェン老師の方が悲鳴を上げていた。
「へっ、汚ねぇジジイだぜ。この俺様をテメーの血でペイントして何がしてぇんだ? あぁん?」
「ば、馬鹿な……っ!」
チェン老師は自分の腕の限界までゼクウを殴り続けた。この手が壊れようとも、ゼクウにダメージが通るならここに賭けるしかない。しかし、現実は残酷。ゼクウにはチェン老師の攻撃など蚊ほども効いていない。
「チィッ!!」
──バッ
チェン老師は拳を今限り固めてゼクウに踏み込む。
「遅ぇっ!!」
──スパァンッ
ゼクウはチェン老師の顔面に平手打ちを放つ。チェン老師はそれだけで首に相当な負荷が掛かり、横に吹き飛ぶ。側転の要領で手を突きつつくるりと回って着地すると、腰を落として構える。動きは良かったが、頬を打たれた衝撃が足に来たのかタタラを踏んだ。
「こ……んな……」
たった一撃でグロッキー状態のチェン老師だったが、ゼクウにどうしてもこの一撃を決めたいと拳を握る。
「老師ぃーっ! もうやめてくれーっ!!」
弟子たちの悲痛な叫びはチェン老師の耳に届いていたが、老師はニヤリと笑う。
「……心を保ち……体を鍛え……気と共にあれ……──それこそがっ!!!」
──ドンッ
チェン老師は大きく踏み込む。今までにない蹴りの勢いに地面は抉れ、肉体を一瞬見失う速度を持ってゼクウに最後の一撃を放つ。
「阿保ぅっ!!!」
──バギンッ
ゼクウはチェン老師の最後の一撃の最大威力が出る位置を見抜いて半歩前に出る。突き出す拳に合わせて出した掌の中でチェン老師の拳は砕けた。
「ぐあぁっ……!?」
右手を庇ったのを見たゼクウは、チェン老師の頭を掴むと地面に叩きつけた。
──ゴガンッ
チェン老師の頭を粉々に粉砕する一撃。本来であればチェン老師の脳漿がゼクウの手にべったりとついていることだろうが、そんなことはなくチェン老師の頭は地面に埋まっていた。
「何っ?」
ゼクウはそのまま踏み潰してやろうと足を上げて振り下ろしたが、踏み抜いた地面には既にチェン老師の姿はなかった。
「……へぇ、やるじゃねぇか。テメーがジジイを助けたのか?」
ゼクウはアリエスを睨む。地面を動かしてチェン老師を運んだアリエスは汗を一筋流しながらじっと睨み返した。
「ああ。見ていられなかったものでね」




