467、劣勢
罠を張り巡らせてノヴァリンドを苦戦させていた3人は、攻めの姿勢から一転、防御に専念させられる。機界大国が大規模な進軍を開始したのだ。罠に嵌めることで安全地帯を絞らせ、移動を制限した戦場に軍靴の音が響き渡る。
危険地帯だと思わせることに成功したはずの陣地はいつの間にか機界兵に占領され、ミノタウロスの配置を見透かされたような攻撃は小国家連合軍の戦略を一気に瓦解させる。
「……不味いな。ミノタウロスの補充はまだか?」
グルガンがホログラムに話しかけるとレッドが答える。
『もう無理っぽい、かな? 多分限界ですね。オディウムが休ませろって言ってるし……』
『そうだぞこの野郎っ!! いくらこの俺様でも魔力に底があるんだよっ!! いい加減にしねぇとぶっ倒れちまうぜっ!!』
レッドの背後でオディウムがきゃんきゃん喚く。グルガンは「そうか……」と一言呟いて黙り込む。代わりにアキマサが口を開いた。
「とりま限界までミノタウロスを出してくれ。こっちもこっちで何か対処する」
そう言うとオディウムの文句が飛んでくる前にホログラムを一部消す。
「で? どうする? そろそろ潮時じゃねぇか?」
「うぅむ……まさかここまで追いつめられることになろうとは思いも寄らん。我ら3人が子ども扱いか……」
グルガンは腕を組んで天を仰ぐ。シズクはここで疑問に思っていたことを語り始める。
「しかし急に変わり過ぎではないですか? こちらの戦略を見抜いているかのような大胆な攻め。頭角を現したとかそんなチャチなものではないです。司令塔が全く違う方に代わった印象を受けます」
「だな。代わったのは確かだろうぜ。さっきまで拮抗していたってのに、完全に相手の独壇場に変化しちまったんだからな」
アキマサの見解でグルガンも「ここまでか……」と呟く。悲観しているような呟きだが、実態は大きく異なっていた。
「思った以上の成果は出た。オディウムの能力の実験場としては良い環境だったな」
「ああ、この短時間で1000体を超える魔物を創造しちまうんだもんなぁ。それも強力な肉体で考える脳も持ち合わせたミノタウロス。時間さえあれば大軍団を率いて世界を取ることも夢じゃねぇってなもんだ。国を丸ごと買ってもお釣りがくる財宝と、軍団を生み出すエデンズガーデン産の魔神がセットで付いてくるとなりゃ伝説にもなる」
砂漠の王国ジャガラームのピラミッドの伝説。『巨万の富と比類なき力』に嘘偽りはなかった。それがカタログスペックだけでなく実践という形で分かっただけでも儲けものだと考える。
「……敗北も手の内だとはいえ、やるせませんね。せっかく良いところまで行ったのに……」
シズクのボヤキに2人は頷く。盤上のゲームには自信があったために、敵に軽く上回られた事実に肩を落とす。完全に読み負けた時の背筋を走る薄ら寒さは生涯忘れることは出来まい。
「とにかくだ。後は防備を固めて……ん?」
グルガンはふとホログラムの中で動く影を見る。それはミノタウロスと共に動き回っていたチェン老師とその弟子たちだった。
「戦列から離れて何をしている?──牡羊座。彼らを呼びに行ってくれ」
『了解』
アリエスはすぐにチェン老師たちの元を訪れる。
「諸君。撤収だ。ここを離れるぞ」
アリエスはキザったらしく声を掛けたが、チェン老師たちは動こうとしない。その様子を訝しんでいたが、しばらくしてチェン老師が振り返ることなく肩越しに話しかけて来た。
「すまないが、私はここを離れるわけにはいかない。先に戻っていてください。──弟子たちよお前たちも離れているのだ」
チェン老師の言葉に弟子たちは身じろぎ一つ見せない。
「出来ません老師っ!」
「我々もお供させてください老師っ!」
何が起こっているのか分からないアリエスは肩を竦めた。
「申し訳ないが、この戦争は我々の負けだ。これ以上は無駄だと……」
──ゴォッ
その時、何かの気配を感じてアリエスは言葉を詰まらせる。ズンッと体に重く圧し掛かる圧迫感がそれ以上口にするのを邪魔した。
気配の方向を見ると、1人の男が歩いてくるのを視認する。機界大国の兵士とは違い鎧を着ていないが、筋骨隆々で山のように大きく雄々しい男。乱れた黒く長い髪をしており、猛獣のような鋭い眼と何層にも引き締められた鋼鉄の様な筋肉の体をしている。その手には力尽くで捻じり切られたミノタウロスの首が握られていた。
「な、何だ? あいつは……」
異様な雰囲気を全身から立ち上るオーラに乗せて解き放つ。それは自分の存在をアピールしているかのように露骨で禍々しい。
「奴の名はゼクウっ! 拳法国ライレン出身っ! 五山と呼ばれる最も有名な5つの拳法の内の1つ、『斉力拳』を使用する拳士じゃっ! 恐るべき戦闘センスと身体能力を誇り、ありとあらゆる武術を総なめし、修道士の技を極め、仙人の持つ仙道を体得した天才。かの伝説の称号『拳神』を得られるほどの実力者であったが、師匠と兄弟弟子達を全員殺したため追放された稀代の怪物っ!」
アリエスの疑問に100点満点の回答で答えたチェン老師。言葉の端々から並々ならぬ想いが伝わってくる。自信と狂気に満ち溢れた大男ゼクウにチェン老師が話かけた。
「ふふふ……何年振りかのぅゼクウよ。よもやまたこうして相まみえようとは……」
「あぁっ? テメーは誰だ? 俺のことを知ってんのか?」
「そうか、覚えていないか。無理もない。お前が国を追い出されるよりも以前に拳を重ねているのだからな」
「おう、『ライレン』の拳士か。そいつは良い。この牛共じゃ肩慣らしにもならなかったところだ。相手しろジジイ」
ゼクウと呼ばれた男はミノタウロスの首を投げ捨て、チェン老師を見据える。チェン老師は昔出会った頃と変わらない獣の如き凶暴なゼクウに肩を竦める。
「……あの時、私の功夫が足りていたなら、お前のその凶悪な拳も少しはマシになっていたやもしれぬ。お前の拳で倒れていった同胞たちの無念を思えば、やり切れぬ気持ちで心を引き裂かれそうにもなった……」
弟子たちから離れるように一歩、また一歩と歩き出す。
「この戦争には『義』によって馳せ参じた。しかし、実のところ予感がしていたのだ。お前とこうして戦えるのではないかとなっ!」
ババッとダボ付いた袖を振り回し、風を切る音と共に身構える。
「我が拳は『心身気衛拳』っ! 私はお前を超えるべく功夫を磨いたっ!……二度目はないぞゼクウ。次に天を仰ぐのはお前だっ!!」
「そうかそうか。俺を倒すために健気なことだな。それじゃテメーの功夫とやらをこの俺様が採点してやろう。人生を掛けて積み上げたテメーの技を俺に食わせてみろっ!!」
ゼクウは肉を引き裂きそうなほどの太い犬歯を覗かせながらカッと口を開く。腕を開いて仁王立ちしている姿は、まるで肉食獣の威嚇のようだ。独特な構えを見せるゼクウの威圧にチェン老師の額から一筋の汗が伝い落ちる。
「……未だ進化を続けるか。ゼクウ……」
チェン老師の体は震える。恐れではなく武者震いという形で。
この日のために鍛えた拳を握りしめ、ゼクウに解き放つ。




