466、運試し
「……急に出現する丘に堀、果ては落とし穴か。地形を操作出来る伏兵が潜んでる」
ノヴァリンドは地図と実際の風景を照らし合わせながら推測する。
「ふんっ! これだけ変わってしまったら地の利が通じん。地図も役に立たんとあってはどうしようもあるまいっ」
アンドレイドは腕を組んでノヴァリンドを見据える。失敗出来ない環境の中ではどうしても焦りが生じ、いつもの実力を発揮出来ないことがままある。しかしノヴァリンドにそれはない。頭の中で変わりゆく地形と敵の配置を予測し、敵の裏の裏をかいて勝ちをもぎ取ろうと思考する。
「……いえ、それはない。依然として数の上でも武器の上でもこちらが勝っている。ただあの魔物は遠距離攻撃に対して耐性を持っているのか、はたまた『戎器』と呼ばれる武器の遠距離攻撃が弱いのか。いずれにしても効果が薄い。殺し切るなら接近する以外に倒しようがないというのが欠点か……」
「5人で囲めば殺せよう?」
「問題は魔物が組織化されていることに他ならない。1体もあぶれることなく統率されて動く。指示を下している者はかなりの技量を兼ね備えている」
そう言われてアンドレイドも隣に座っているエクセルも内心首を傾げる。小国家連合で2ヵ国が裏切っているので、戦争経験者で指揮を取れそうなのはギュプロス公国のヘルクト=ブルク公爵のみ。だが、公爵は良くも悪くも脳筋であり、退くことを知らぬパワー系。これほど緻密な戦略を用いることも、罠を張ることも苦手な部類だ。
ドルドバーン王国のドワーフは手先こそ器用だが、同族以外に心を許さない協調性皆無な性格をしている。彼の王国のドワーフには不可能だろう。
とすればやはり外からやって来た何某かが指揮しているのは間違いない。公爵やドワーフの関与がないのは統率された動きでよく分かるというもの。
(……では、ティノバ共和国やトリアーノからの情報で魔物が抜けていたのは単純に調べが足らなかったということ? あの魔物の数を考えれば知らなかったでは許されないけど、もし完璧に秘匿する術を持ち合わせていたとしたら……技量というもので推し量れるレベルではないのでは?)
エクセルは膝に置いた手をキュッと握る。ダンジョンを制覇し、各国の情報を網羅し、機界大国の勝利は盤石であると確信していた矢先の出来事に、エクセルも少々苛立ちを覚える。
「それで? 勝てるのか勝てないのか?」
「……ノーコメント」
「情けない奴だ。そうやって逃げ道を作っておくのは自信がない証拠。圧倒的にこちらが有利の状況で勝率もまともに言えんとはなぁ……」
「……勝率は高いよ。でも絶対じゃない。1か0かの話には言及しないと言ったつもりだけど、機械仕掛けには理解出来なかったようね」
チラリとも見ずに放たれたノヴァリンドの言いように、流石のアンドレイドも組んでいた腕を解いて机に手を置く。
「何だと? 貴様……それ以上の無礼は許さんぞっ」
──ゴシュウゥゥッ
蒸気が吐き出され感情を高ぶらせている。ノヴァリンドは目線を上げて鼻で笑う。
「……何を焦るの? あなたの言う通り圧倒的にこちらが有利の状況なのに……魔物なんて用意出来る数に限りがある上、あなたたちの情報では4ヵ国中2ヵ国が裏切っている。残り2ヵ国で賄える糧食が無くなれば魔物を抑えることは出来なくなるし、仲間割れは必須。こちらは時間をかけてゆっくりと進軍するだけよ」
ノヴァリンドは駒の配置を動かして防御に徹するように固めていく。しかし、ノヴァリンドの選択に今まで黙っていたルークフィンが口を出した。
「時間をかけてはなりません。彼らはそれを狙っております」
ルークフィンはくるっと振り向いて机に向かって歩く。その言葉にノヴァリンドは訝しんだ。
「……何を言って……奴らにはこの局面を乗り切るだけの体力なんて存在しないでしょう? 出来るだけ早く終わらせたいはず。だからこそ誘い込んでは罠を仕掛けてくるのよ」
「セオリー通りですな」
「……何ですって? 聞き捨てならない言葉ね」
「ふむ。気付いていたのかもしれませんが、あえて口にしましょう。あの魔物は時間が経過するごとに増えています。あなたの言うように時間を掛ければ、やがてこちらの兵力を上回る数となりましょうな」
それを聞いてノヴァリンドは頭の中で敵の総数を推算し始める。だがどう考えても増えているといった考えには至らない。せいぜい隠れていた戦力がタイミングを見計らって出てきたようにしか見えないからだ。
「そんなはずは……」
「気付かぬのも無理からぬこと。この戦いは時間を掛ければ掛けるほどにこちらの形成が不利になると確信しました。それに相手は1人ではなさそうですな。2人……いや、3人が知恵を出し合って戦局を回しているのでしょう。1対1でならノヴァリンド殿が勝利するのは確実。しかし、3人掛かりでは難しいですな」
ルークフィンは全てを見透かしたように滔々と語る。
ノヴァリンドも言われてみればと思い当たる節もあった。相手の戦略を読み切ったと思えば別角度から伏兵が飛び出してくる。読み違いから前線の兵隊に軽んじられ、勝手に動かれて駒を多少失うこともあった。戦略で絡みとり、魔物を何体か仕留めて気を抜いた瞬間、一気に魔物が押し寄せて攻撃を仕掛けてくるなど、隙をついた時の異様な食い付きと退きの速さからかなりの知将がついていることは目に見えていた。
だが、それが正確に何人かまではノヴァリンドには分からない。前線で戦っている兵隊の隊長が臨機応変に戦略を変えているのだろうくらいに考える程度のもの。これはルークフィンが異常なのだ。
「ふんっ! 何が3人掛かりかっ! 戦争をするなら当然上層部の者たちが集まって様々な戦略を考えるものだっ! 何の不思議もないっ!」
「それがそう言うわけにもいかないのですな。ノヴァリンド殿は知略に特化した御方。本来なら、何人束になろうともノヴァリンド殿の勝利は揺るぎません。ですが、今相手にしている3人はノヴァリンド殿の思考を縛っている。これは凄まじいことですな」
ルークフィンは髭を指の腹でつまみ、捻り上げながら感心している。
「……待ってよルークフィン。私はまだ負けてないよ」
「ええ、確かに今は負けていないですな。相手が単なる知略家であるなら、このままでも勝てましょう。ですが、苦しむことが分かっていながら放置するのは得策とは言えませんな」
「……こんな中途半端で代われとでも言うの?」
「ふむ……」
ルークフィンは懐からカードの束を取り出す。
「……それは?」
「トランプと呼ばれる遊戯です。53枚あるカード。こちらをこのようにシャッフルし、どこに何のカードがあるかを不明にします」
手際良くシャッフルしたカードのデッキをノヴァリンドにかざす。
「好きなところからお取りなさい。数字が大きい方がこの戦争の指揮を取る。……ということでどうですかな?」
ルークフィンの強引な態度にノヴァリンドは肩を竦めてカードを一枚引く。そこにはスペードのエースが描かれていた。ルークフィンも一枚引き、片眉を上げる。
「……これは?」
「スペードのエース。つまり『1』ですな。となると……吾輩の勝ちのようですな」
その手に握られていたのはキングのクローバー。
「これは『13』です。勝負とは時の運。この戦場は吾輩が預かります」
ノヴァリンドは苦々しい顔をしたが、素直に席から退いた。




