463、必勝の手
──数日前。
魔導大国の未曾有の危機に際し、四賢冠は自分たちの力だけでは不十分であると考えていた。そこでこの国最強の存在である『魔導帝』の許を訪れる。
正規の手順を踏んで入った王宮内に漂うのは甘い香り。扉の前に控える使用人に説明し、謁見出来るよう頼むと、使用人は一旦四賢冠を待たせて許可をもらいに行く。しばらくすると使用人が戻り、案内してくれることになった。その匂いに釣られるように移動した大広間。大きく、長いテーブルの上座にその人物はいた。
季節の果物をふんだんに使用し、生クリームを着飾ったタルトをフォークでつついて一口食べている。パイ生地で作られたタルトは、フォークで少しずつ食べられているにもかかわらず食べカスが落ちる事なく奇妙なほど綺麗に食べられている。サルモンは目の前の高貴な男に低姿勢で声をかけた。
「お食事中に大変申し訳ございませぬ陛下。緊急ながら謁見の許可をいただき、恐悦至極にございます」
「ふっ……四賢冠か。お前たちが我が前に姿を表す時は何かと面倒ごとを持ってくる時だけ……。この私のデザートタイムを邪魔するに値する話なのか?」
特に口を汚したわけでもないが、手に取ったナプキンで口許を拭う。
年齢は30代中頃ほど。金髪のロン毛で、鼻が高く彫りの深い顔立ち。真っ白な肌に柔和な表情から、一度たりとも苦労というものをしたことが無さそうな、自己中心的で独善的、他を寄せ付けぬ独特の雰囲気を感じさせた。
スッと目を開き、四賢冠を見据える瞳はエメラルドの輝きを放ち、その目には左右で異なる魔眼を持つと言われている。
『魔導大国アイズ・オブ・トゥルース』全土の頂点に君臨する存在。
『魔導帝』フェーデラント=エディドヤ=リースハイン。
生まれた瞬間から、最も優秀な血統、最も高い魔力、最も優れた教育、最も尊い地位を与えられたいと高き御方。
魔法使いという存在で、どれほど才能があり、どれだけ鍛えたとて登ることの出来ない頂。脈々と受け継がれる血筋のみがその座に就く。それこそが『魔導帝』という地位であり、称号なのだ。
「はっ。実は最近、魔神を名乗る強大な存在がこの世界を蹂躙しております。この国もいつ攻められるか猶予のない状況。我々も警戒を怠らぬよう誠心誠意努めさせていただいております」
「うむ」
フェーデラントは紅茶に口をつける。音を立てることもなくカップを置き、サルモンを見る。
「他国の情報を集めておりますと、魔神の脅威を無視出来ぬと確信いたしました。出来ますれば、陛下にもご覧いただきたいと思い、王宮に参りました。よろしければ、資料をお受け取りくださいませ」
サルモンは手の中のクリスタルをゆっくりと飛ばし、フェーデラントのすぐ目の前で停止させる。
「またその話か……私には必要がないと何度も言っているというのに、お前たちも懲りぬものだ。……魔神とかいう奴らがこの国に侵略をするようであれば迷わず殺せ。私に言えるのはそのくらいのものだ。分かったな?」
取りつく島もない。サルモンの低姿勢では埒が開かないと感じたダルクフは失礼を承知で声をかける。
「……あの〜。もう少し重い事態だということを認識していただきたいので、せめて資料に目を通すだけでもしていただけませんか?」
呆れたような口調で掛けられた声にフェーデラントはイラッとし、訝しそうにダルクフを見る。悪ぎのない顔にフェーデラントはフッと鼻で笑う。
「ふんっ、見るだけで良いのか?」
フェーデラントは立ち上がり、背を向けて壁に飾ってある自画像を見る。4人は視線を交わし合い、口を開けないまま押し黙る。あまりに直球過ぎるとヘソを曲げる性格ゆえにハッキリと口にすることを憚られる。フェーデラントはその空気を察し、肩越しに口を開く。
「……お前たちの魂胆は分かっている。この私を脅かす存在がいるというのなら、覚悟を持って我が前に連れてこい。楽しめそうなら褒美をやる。しかし、私の気を害すような戯けなら、相応の罰を覚悟しろ」
「……畏まりました」
4人は頭を下げて退室する。気配が無くなったのを確認し、フェーデラントはくるっと振り返る。タルトの前に置かれたクリスタルに目を落とし、おもむろに手をかざす。クリスタルはフェーデラントの手に吸い付くように飛び込んだ。
「……四賢冠が恐れるレベルか。捨て置けというわけにも行くまい」
クリスタルを弄びながらニヤリと笑う。
逆らうことの出来ない地位であると同時に、逆らわせない力を持ち合わせた、この世界において『王』という絶対者の中で最も強い存在。最強である事が当たり前で、奉られる事が日常の神の如き存在である『魔導帝』。
歴代魔導帝が築いた歴史がフェーデラントにこう教え続けた。『魔導帝とは世界を導く者である』と。
だから彼にとって支配は悪ではない。むしろ選択肢を与える方が残酷だと。能力ある者が決め、弱き者は従う、それが慈悲だとそう信じている。
「……異世界からの侵略者とな? 面白い。この世界で私に逆らう者など存在し得ないが、何も知らぬ愚か者であるのなら……少しは楽しめそうではないか?」
フェーデラントはクリスタル内のデータを確認してほくそ笑む。もういらなくなったクリスタルは砂のように分解され、食べかけのタルトの上にこんもりと盛られた。デザートに興味を失ったフェーデラントはそのまま大広間を歩き去る。今後現れるであろう魔神の存在に心を躍らせながら。




