462、切なる祈り
マイラに捕まったジェダはその手を振り払おうとするが、手首は空間に固定されたようにビクともしない。両手首を軸に体を背後にそらし、戻る勢いと共に蹴りを放つ。マイラの腹部に放たれた蹴りは鋼鉄をも打ち抜くほどの威力を誇っていたが、マイラとてその場でじっとしていない。
──ビュンッ
空気を切り裂く蹴り。その伸び切った足の上にマイラはちょこんと着地する。握った両手はそのまま。ジェダはそこから体を半回転させて回し蹴りを放つ。筋骨隆々の割に関節が柔らかいのか、鞭のようにしなる蹴りで攻撃を続行する。今度こそ腹部に蹴りが刺さるかと思われたが、その直前にジェダの腕から鮮血が吹き出した。
──バシュゥゥゥッ
「ぐああっ!! な、何ぃ……っ?!」
内側から弾けるように血が勢いよく飛び出し、攻撃の手も止まる。どんな魔法を使用したのか分からなかったが、本来ダメージにならないはずのジェダの最終奥義などお構いなしにダメージを通した。その事実はダルクフ、サルモン、ルタの3人の顔が驚愕に彩られるほどの衝撃だった。
「あはっ! イイ色だぜっ!」
マイラは握りしめていた手を離したと同時にジェダの顔面に蹴りを入れる。
──ゴギンッ
金属が凹んだような凄まじい音が鳴り響き、ジェダは吹き飛ぶ。
「不味いっ!」
ルタは空間を操り、瞬時にジェダの背後に出現して吹き飛ぶ大男の体を捕まえた。衝撃を和らげるように徐々に速度を落として停止させ、安否を確認するが、顎が砕かれているのかポカーンと開いた口から血が止めどなく溢れる。
「気絶している……」
あまりの一撃に意識が飛んだようだ。最も打たれ強く、最も強固な男が先の一撃で気絶してしまう。信じられない威力だ。マイラに感じた恐怖は現実のものとなり、四賢冠を襲う。
「こいつは僕もうかうかしてられないようだねぇ」
ダルクフは気を引き締めてマイラを睨む。サルモンもダルクフの雰囲気に当てられ、攻撃を仕掛けようと右手に魔力を貯め始めたが、ダルクフはそれを左手を上げて制する。
「待ったサル爺。援護は無用。僕が1人でやるよ」
「何を言う? そんなの無理だと誰の目にも明らかじゃろう?」
「いや、1人でやる方が良い。何たって、君たちを巻き込んだら大変だからねぇ」
その言葉にサルモンはダルクフのやろうとしていることを理解する。ダルクフはすぐにマイラに接近し、十分な間合いを確保しつつ停止する。
「なに? 今度はおっさんがヤるの? はぁ……あのさぁ、時間掛かってしょうがないから全員で一辺に掛かってこいよ」
「悪いねぇ。僕らはさ、それぞれに固有の能力を持っているから本気で戦う時は連携するよりもむしろ個人プレーに走った方が力を発揮する時もある。だからジェダ君のように、僕も君と本気で戦おうって思ったわけさ」
「くだらない。あのデカブツがこの俺を殺そうと拳を振るおうと、回復量が上回っている以上勝ち目なんざない。それともあいつよりお前の方が強いってのか?」
「どうかなぁ〜? ま、ある意味ジェダ君よりも強いかもね」
ダルクフはニヤリと笑う。それを聞いたマイラもニヤッと笑った。
「なら楽しませてもらおうじゃねぇか」
「いいね。そうこなくっちゃ面白くない」
ダルクフは全身から魔力を放出し、右手を上に、左手を下に構えて腰を沈める。そのまま上下から挟むように両手をガッチリと組み、魔力をさらに高めた。両手を開くと掌の中には光り輝く魔法陣が姿を現す。開いていく手の距離と共に大きく引き延ばされる魔法陣はダルクフの手から離れて徐々に大きさを増す。
「何だよおい。こんな遅くて大丈夫なのか? 俺を攻撃するんならとっとと攻撃を仕掛けてこいよ。……ったく、まどろっこしい野郎だっ!」
──ボッ
マイラはいつまでもこない攻撃に痺れを切らしてダルクフの魔法陣に飛び込むように突進する。正面から打ち砕くつもりのようだ。
──カシャアァンッ
マイラが突っ込むと同時にまるで薄氷の如く脆い魔法陣は何の抵抗もなく簡単に砕け散る。そのままダルクフを突き飛ばしてやろうと思ったが、そこにダルクフの姿はなく、さらに周りを見渡すと先の景色とは全く違うキラキラと光を反射する綺麗で、かつ寒い空間へと姿を変えていた。
「あ? 支配空間だと?」
ここに来てそれほどの高等技術が出てくると思っていなかったので面食らった。
「ご明察。君が待ってくれそうだったんで、ありがたく時間を頂戴したのさ。普段はこっそり気取られないように使うから面倒なんだけど、おかげで容易く支配空間を出現させる事が出来たよ」
ダルクフの声は聞こえてくるが、未だに姿を見せない男の影を追いながらキョロキョロと視線を動かす。
「やるじゃん。こいつは……氷と水?」
「ご名答。ここは『氷界天幕・水月帰還』。僕が到達した奥義であり、最高難度の支配空間。どうだい? 美しい景色だろう? ちょっと肌寒いかもだけど、ここで僕が女の子を口説いたら惚れちゃいそうじゃない?」
「へっ! 俺はお前みたいのに興味はないけどな。確かに景色としちゃ綺麗だ。それで? こんなので俺をどうしようって?」
ダルクフの到達した水賢師の奥義であり、支配空間。水・氷を極限融合した術。発動すると周囲一帯が静かに凍結し、空間ごと『薄い氷膜』に包まれた別位相へ移行する。見た目は美しく空から淡い光が降り、氷結した湖面のような透明世界が広がる。だが、実態は領域内の座標・速度・魔力流動の優先権を全てダルクフが握る。対象の運動エネルギー・魔力循環・思考の一部を凍結。動作が遅れ、詠唱が噛み、反応速度が低下する。強者ほど完全停止しないが、必ず僅かな遅延が生まれる。ダルクフはその『僅か』を積み上げる。
「とりあえずは君を一定期間閉じ込めておこうと思うよ。対処法が分かるまでの期間だけだからさ、割とすぐ出してあげられるとは思うんだけど……」
「俺を閉じ込める? 支配空間に? 面白いことを言う奴だな。そんな事不可能に決まってんだろ? 支配空間ごとお前を消し炭にしてやるよ」
──ゴオオオォッ
すっかり沈火していたはずの炎がマイラの体を覆う。攻撃を仕掛けるために右手に炎を溜め始めた時、背後から声が聞こえてきた。
「無駄だからやめといた方が良いんじゃないかな?」
ダルクフが姿を現したのだ。焦って出てきたと考えたマイラは、振り返り様に炎を飛ばす。回転する炎の柱となってまっすぐダルクフへと飛び、その体を貫いた。
支配空間は使用者を殺せば解ける。マイラはその時を今か今かと待ったが、支配空間はそのまま。当のダルクフはというと、貫かれたはずの体は元の状態に戻り、攻撃されていないように全くの無傷。
「なに?」
マイラは訝しんだが、これはこの支配空間の能力。ダルクフが受けた攻撃・干渉・空間破壊を氷面に映った過去の状態へ戻してしまう。切断されたなら切断前へ、破壊された氷なら形成前へ、転移先を読まれても、位置を巻き戻す。ダルクフの無敵の空間。
「どうだい? 君を釘付けにしちゃうよ〜」
ダルクフの楽しそうな声が響き渡る。
「っんだよ。こんなの時間稼ぎにしかなんねぇぞ?」
「はははっ。そいつはどうかな?」
もちろん時間稼ぎだ。ダルクフには必勝の手があった。しかし、それは自分とは関係がないところでだ。その上、必勝の手がきちんと機能するかどうかも不明。
でも待つ甲斐はある。というよりも待つしかない。
四賢冠では限界のあるこの戦いをひっくり返す事が出来るのはこの国でただ1人。その力に賭ける以外に勝ち目は皆無。
祈るように発動したこの支配空間を無碍にしてくれぬよう、彼の到着をただ待つ以外に道はない。




