461、名状しがたい化け物
「これは……ジェダが本気を出すぞいっ」
サルモンは汗を一筋流す。常に冷静沈着であり、余裕を持って戦闘を有利に持っていく戦闘センス抜群の大男が、見た目ただの小娘に完全に追い詰められている。魔法とは才能の世界。男や女、大小関係なく魔力を十全に、そして多く使用出来る者が全てを上回る。
だからこそ見た目では測ることの出来ない実力が戦闘の中で現れる。魔法とは心底残酷なものだと身につまされる思いだ。
「だったら、僕らがアシストする必要があるよねぇ」
ダルクフは手の中に水の玉を生み出し、渦のように回転させる。ルタはそれを見て鼻を鳴らす。
「……それか。合わせてあげる」
下から上にかち上げるように腕を振り上げるルタ。するとマイラを包み込むように竜巻が発生する。真下から急に何の前触れ間も無く出現した竜巻にジェダとマイラの間合いは自然と開く。マイラが竜巻の中心に移動したのに合わせてダルクフは竜巻に手の中で回転させていた水を飛ばした。
──ギュオッ
ダルクフの水の渦が竜巻に合わさり、回転にさらなる加速を生み出す。常人なら触れただけで粉々になる程の凄まじい回転でマイラを閉じ込めた。
「はっ! この程度で俺を閉じ込めたつもりかよっ! なっちゃねぇなぁっ! この世界の魔法はっ!!」
マイラは手に炎を纏わせ、水流の竜巻を打ち破ろうと半身に構える。
──ズンッ
しかし、魔法を放つよりも先に体が重くなる。まるで10人もの人間が体に纏わり付いたかのような重量。マイラにとってこの程度の重さは特に問題ないが、急に空中で透明な何かに姿勢を崩されたらキョトンとするのも必然。
「ほーん。重力操作か。そんなもん俺には効かねぇ……」
「ならばこれならどうじゃ?」
サルモンは右手をかざし、マイラに向けて徐々に握るように拳を作る。マイラの周辺に巻き起こった真下に向かう重力は、マイラを包むように四方八方から圧力が掛かり始めた。サルモンの握り拳と同様にマイラを重力の壁に閉じ込める。
「ははっ! お前間抜けか? せっかく2人が連携して作り出した水の竜巻から俺を遠ざけるなんてバカだぜ。これなら傍観してたほうが賢いってもんだ」
嘲笑するマイラにダルクフとルタがニヤリと笑う。
「へぇ〜、教えてくれてありがとうね。ほいじゃこういうのはどうかな?」
重力の球体に沿うように水流の竜巻が小さく、より強力な回転力を持って包み込む。回転が一方向だけでなく複雑に絡み合い、別方向からの回転で打ち消すなどの状況を防ぎ、かつ相手の中心に向けて圧力が掛かる重力操作によって脱出も救助も出来なくなった。完全に袋の鼠である。
「へっ、おもしれぇな。良い魔力操作だ。だけどこれじゃただのちょっと不思議な景観だぜ」
「それはどうかのぅ? ほれ、こいつで詰みじゃ」
そういうとサルモンは左手をかざし、徐々に握り込む。右手でマイラを圧迫し、それを囲う水流の竜巻を左手でさらに重力操作して潰していく。
重力によって逃げられない状態の上、さらに水流の竜巻で逃げ場を封じ、トドメにその水流ごと押し潰す。こんな芸当は一長一短では出来ない。長い年月積み重ねてきた本物の連携が生んだ3人の魔法。見事な連携の為せる技である。
このまま削り殺し、押し潰してしまうかと思われた攻撃にマイラの目は据わる。
「……バーカっ」
──バギンッ
マイラが全身に力を入れ、魔力を放出しながら体を開くと、3人の連携技をいとも容易く跳ね除けてしまう。桁違いの魔力量と放出量のせいで緻密な魔法も力任せに吹き飛ばされてしまった。
「こんなもんで本当に俺がやれると……」
3人の絶望の顔を見てやろうと視線を戻したその瞬間、目の前にはジェダが右拳を脇腹に溜めて待っていた。先ほどまでの蒼い炎は消え去り、通常状態のジェダのままで。
だからマイラも一瞬油断した。魔法使いのくせに格闘家のような振る舞いでそこに浮いている大男。しかし先述の通り、魔力量が多ければ多いほど身体機能を向上しより強固な肉体へと変化させる。ただの正拳突きではマイラを倒すことは愚か、傷一つ付けることすら出来ない。
──バンッ
気のせいだろうか。静寂の後の次の瞬間、ジェダの肉体が一回り大きくなるほどバンプし、筋肉が引き締まるように見えた。そして振るわれたのは大男の鉄拳による超暴力。
──ゴバババババババババババババッ
息もつかせぬ瞬間千撃。
拳が、蹴りが、一方方向から一方的に飛んでくる。空気に触れた瞬間に摩擦熱が炎を発し、魔法とは違う形で爆炎を巻き起こす。
「あらら、彼女聞いてなかったのかな? 僕らの魔法はアシストだったってさ」
「これも聞いていなかったようじゃぞ? 儂らはちゃんとヒントをくれてやったのにのぅ。『ほれ、こいつで詰みじゃ』とな」
ダルクフとサルモンは呆れたように鼻で笑う。ルタも2人の呆れた様子に同調するが、それよりも気になったのは2人の言動である。
「まったく、先に手を打たない的だから良かったものを……ヒントなんて出さないでよね」
普段なら何とも思わないが相手が相手だけに内心ビクビクしていた。しかし、こうなってしまえばもはや先の焦燥感も何処へやら。
破壊神の如き闘争本能と共に振るわれる慈悲なき絶対暴力を振るうジェダの最大技。──終焉蒼陽。
敵が消滅するまで止まらぬ連撃は、太陽のフレアの如く敵を焼き続ける。この猛攻の前に生きて帰った者はいない。もし生きて帰る方法が存在するのなら、その方法を逆に教えて欲しいくらいだ。
もはやマイラは終わった。そう思いヴィシャナとリジュールとグラシャラボラスに視線を向ける。次はお前らだとでもいうように。
だが、不思議なことに後ろの3人は特に焦る様子もなくマイラが打たれるのを傍観している。それがどうしたとでもいうように涼しい顔で。
──ゾクッ
その顔をみたサルモン、ダルクフ、ルタは訝しんだと同時に背筋が凍るほどの恐怖が迫り上がるのを感じた。
恐怖の先に目を向けるとマイラがノーガードでジェダの攻撃を受け入れているのが、爆炎と爆炎のほんの一瞬の間から見える。本来なら一撃でぐちゃぐちゃに変形、欠損するはずの顔にニヤリと微笑が張り付いているようにも見えた。
ルタは喉の奥から絞り出すように小さな呟き、それもたった一言で今の状況を説明する。
「……嘘だ」
その言葉が聞こえたわけもないが、ジェダも心の奥底から湧いてくる恐怖を抑え込みながら頭の中で同じことを思っていた。
「……ォオオオオオッ!!!」
──焦り。畏怖。それが普段出ない咆哮となって現れる。もはや絶叫に近い。
ジェダがこの奥義を使用する際、声を出しはしない。それは全ての行動を無駄と排斥し、超暴力のみに集中しているからに他ならない。拳を振り、足で蹴る。この他の動きは呼吸すら必要ない。何故なら敵は一瞬でグズグズに崩壊してしまうから。
──ガシィッ
ジェダの音速を超える攻撃を右手と左手の手首を握ることで止めてしまう。煙の間から顔を覗かせたマイラの顔は自己修復しているのか、弾けた薄皮が再生していくのを確認出来た。ダメージが入らなかったわけではないようだが、それ以上にマイラの再生能力が超暴力を上回っていた。
「はぁぁっ……捕まえたぁ……」
煙を吐き出しながら口にした言葉は化け物と大差ない。
魔神のレベルを見せつけられた四賢冠は戦々恐々としながらマイラを見つめていた。戦う前の勇気はもう戻ってこないだろう。




