460、炎熱
マイラの気迫。放つ魔法の炎。肘から先の腕と両足首から先の真っ赤な手足が沸騰するようにポコポコと泡立っている。
強大な魔力を備え、それを難なく使いこなす器を持った無敵の魔女が4人を圧倒する。
(こいつだけではない。背後にもまだ3人……)
リジュールとヴィシャナ、そしてグラシャラボラスが控える。
(あの3人が傍観を決め込むとは思えない。何かしらの対策は必要か……)
ジェダはマイラから視線を外さないようにヴィシャナたちも気に掛ける。四賢冠の中で唯一の前衛であるジェダはサルモンたちの前にゆっくりと出ながら肩越しに声を掛ける。
「……俺があいつを引きつける。ダルクフとサルモン、機を見計らって援護を頼む。ルタは背後の連中を警戒しろ」
「了解」
ジェダの言葉をすんなりと受け取る。ここで自我を出すことなく協調を優先することからもマイラたちをどれだけ警戒しているのか分かる上に、かなりの戦闘経験があることを感じさせる。
「必要ねぇよ」
決して目を離していない。マイラが突撃してきたり、何らかの魔法攻撃を放ってきた時にしっかりと対処出来るように集中していたはずだ。しかしマイラはジェダの懐に飛び込んでいる。ジェダの動体視力でも捉えられない速度。
(転移かっ?!)
即座に両腕を交差させ、ジェダはマイラの拳をギリギリのところで防ぐ。
──ゴッ
不思議な感覚がジェダの体に浸透する。マイラの拳を受けた瞬間、波紋のように両腕から全身を揺らし、耐えることも出来ずに吹き飛ばされる。サルモンとルタはジェダの巨躯に巻き込まれないように寸前で避けることに成功し、ダルクフ含め、マイラから間合いを取った。
「俺だけがお前らとヤるっつってんだろ? あいつらに浮気したら殺すぞ?」
目を細め、いやらしい微笑を浮かべている。ダルクフは肩を竦めてマイラに感心する。
「ひゃ〜っ。自尊心が高いねぇ。本当に3人に手出しさせないの? 信じて良いわけ? だったら、さっきのサル爺の言葉じゃないけどさ、囲んで叩きのめしちゃうよ?」
「ぶつくさ喋ってんじゃねぇよ。とっとと来いっつってんだ」
「んじゃ、恨みっこなしってことで……」
ダルクフが空中で円を描くと円の中心に水の塊が出現する。空気中の水分を集めているように水滴のような水から両手で抱えられる大きな水玉へと膨らむ。それを両手で挟み潰すように思いっきり叩くと、凄まじい水圧のジェット噴水がマイラを襲う。
同時にサルモンが中空に浮かせていた液体のような金属を鋭利なドリル状に変換し、マイラに向けて回転させながら射出する。
ルタも負けていない。空間をねじ曲げるほどの風の刃をマイラに向かって飛ばす。
3人の中で最も早く攻撃が到達するのはダルクフだろう。あとは同時に着弾といった流れでマイラは瀕死。1人ずつ完全に撃破し、魔導大国を守る。
「ダメだ……離れろぉぉっ!!」
普段聴くことの出来ないジェダの叫び。悲痛とも言える声音で注意喚起するのは、先のマイラの拳で両腕の一部が一瞬の内に炭化してしまったのが原因だ。炎の魔法を誰より使いこなし、着実に今の地位まで上り詰めた炎の申し子の火の耐性を打ち抜く。尋常ではない。つまり今、3人にジェダが食らったレベルの強力な攻撃を仕掛けられたら防御は意味をなさない。
「良いねぇっ!! その調子だぁっ!!」
──ボアッ
マイラを中心に熱波が衝撃波と共に放たれる。触れただけで火傷する熱波が3人に押し寄せ、瞬時にジリジリと肌を焼く。内部に浸透する前に距離を開けることに成功し、自己再生で体を回復させる。
「まったく、くそ熱いのぅ……」
サルモンはマイラの全体攻撃に苦言を呈す。ジェダはそれを見て内心ホッとする。囲んでいた上に、全員が揃って攻撃を仕掛けたおかげで吹き飛ばす程度の反撃で済んだと推測したのだ。もし1対1の状態に持ち込まれていたのなら誰か1人は死んでいた。
ジェダも魔法により絶えず自己再生を用いていたので、炭化した両腕の一部を完全に癒し、拳の握りを確かめる。
(紙一重の勝負……こちらは良いのを一発喰らったら終わり、か。奴の耐久性能は如何程のものか計り知れんが、手を拱いている暇はない……)
先の一撃でマイラへの警戒を最大にまで格上げする。それはつまりジェダの心の箍を外し、本気で相手を殺すことに直結する。最初から生かすつもりはないが、この世界から消し済みにすることを迷わず実行すると心に誓う。
「俺がやる。お前たち、下がっていろ。……魔力全解放。我が全身全霊にてお前を抹殺する」
ジェダは全身に纏わせていた赤い炎を徐々に蒼い炎へと変色させていく。先ほどの雰囲気と一変し、炎に巻かれた人間から心臓を氷の刃で突き刺すほどの殺気が振りまかれた。マイラは面白そうな顔で殺気を受け止める。
「──蒼界武神・焔身」
火賢師ジェダ到達の奥義。
全身の魔力・肉体・術式・武装・外界熱量を統合し、自らを一個の『歩く恒星』に変質させる。蒼炎が身体表面を覆うが、燃えているのではなく身体そのものが高密度の炎へ相転移している。この状態では通常攻撃は通用しない。
ジェダは先ほどまでの受け身の姿勢を捨て去り、マイラに突貫する。
──ガィィンッ
おおよそ皮膚と皮膚がぶつかったとは思えない音が響き渡り、周りに衝撃波を振りまく。
「面白い技だな。気に入ったぜ。前戯にしちゃ上出来だ」
「ほざけ盛りのついた雌犬がっ」
「俺を雌犬呼ばわりするとは良い度胸だ。ぶち殺すぞ肉団子っ!」
マイラは瞬時に凄まじい攻撃を仕掛ける。魔力を解放し、本気になったジェダは身体強化の極致であり、筋力・反応・耐久・速度すべてが桁違い。その攻撃を切って落とす。
──ジッ
「ぬぅっ!?」
全てに対処したと思ったがマイラの攻撃の方が速く、ジェダの頬を掠める。それどころではなく、全身を致命傷にならない程度に攻撃が通り始めた。
しかしこれはジェダに取ってもそれほど絶望的でもない。『蒼界武神・焔身』の状態で受けたエネルギーを熱へ変換するため、魔法、衝撃、雷、冷気、重力、全てが燃料となる。受けるほど蒼炎が強くなるが、ただし無限ではない。
(このままではオーバーフローを起こすか……もはや猶予はないっ!)
ジェダは渾身の力を込めて拳を握り込む。マイラという規格外に対し、全てをこの一撃に乗せる。




