456、独断専行
ハインケルの暴走。
指揮官であるルークフィンの指令なしに大隊が動き始めた。
「どうなってるの? あいつ動いてるわよ?」
後方に控えていたマチルダは目をパチクリさせながらハインケルの動向に疑問を呈す。マチルダの隣で見ていた副官のスレイフも流し目で様子を伺う。
「……未だ上からの指示はない。間違いなく独断で動いているな」
「絶対そうよね。──ハインケルっ! 応答してっ! ハインケルっ!!」
マチルダは即座に無線機に手を伸ばし、ハインケルに繋ぐようにチャンネルを合わせたが、ハインケルからの応答はない。
「あのバカ、無線を切ってるのかしら……誰か走らせてハインケルに警告を促すべきよね?」
「……それが良いだろうな」
スレイフはすぐに部下を呼びつけ、ハインケルの元に指示がまだであることと、アンドレイドの定めた指揮官に逆らう勝手な行動は軍法会議物だと伝えるよう指示を飛ばす。
『──放っておけ』
マチルダの無線に声が入る。声の主は重く冷たい声音。十中八九ゴルドレイだと感じたマチルダは無線を取る。
「バカなこと言ってる場合っ? ハインケルの暴走はひいては私たちにも飛び火するでしょうがっ」
『──大丈夫だ。ルークフィン殿は待機としか命じていない。時には現場判断も必要になる時があるだろう? 臨機応変に対応したということであればハインケル殿の面目も立つ』
「……話を合わせろってこと?」
『──そうは言わないが。面倒ごとは避けろ』
冷徹なゴルドレイの言葉にマチルダは皮肉で返す。
「ふっ……ハインケルが居なくなればアンドレイド派の戦力が落ちるからそんなこと言ってるのかしら?」
『──……思ってもみなかったよ。悪魔のような考えだな。やはり同じ屋根の下に魔の者が居れば考えも似通るものなのかな?』
「はぁっ!? 何ですってっ!?」
マチルダは無線機に向かって怒鳴り上げる。そのまま無線機を握り潰してしまいそうな雰囲気だったのでスレイフが軽く肩に手を置いた。
「落ち着いてくれ。仲間割れは止そう。……いいかな? それ」
怒り心頭のマチルダから無線機をもらうと、ゴルドレイに向かって通信を開始する。
「すまないゴルドレイ殿。こちらも少々言い過ぎました。しかしハインケル殿の独断専行に関して肩を持つつもりはありません。警告は規則通りに行います」
『──そうか。好きにしろ』
無線機を切られ、スレイフは肩を竦める。マチルダは「謝ることなんかないわよっ!」といつまでも怒っている。
「時々ゴルドレイ殿のことが分からなくなるな……とにかく、今はハインケル殿だ」
先を越されないようにマチルダたちの動きを遠くで眺めていたバジェットは、バイク型の乗り物に乗ってハインケルの元に部下を送る様を確認する。
「チィッ……あの優等生どもめ。単細胞に知恵を付けさせるつもりか。まぁ、どうなろうと知ったことではないが、そろそろこちらも動き始めるか?」
そんなことを思いつつもハインケル程思い切りが良くないバジェットは静かに機を伺う。
*
「動いたな……」
グルガンたちは最前線でチェン老師が小競り合いを引き起こしたことで誘導に成功したことを知る。
「それじゃこちらもやりますか? 大将」
アキマサはニヤニヤ笑いながら地図という名の盤上を眺める。楽しそうなアキマサに肩を竦めながらシズクも地図を見やる。
「しかし、本当に大丈夫でしょうか? あの兵隊がちゃんと配置についているのか少々不安ですけれども……」
シズクの不安をグルガンが鼻で笑う。
「その心配は無用だ。あんな形をしているが、知能レベルはそれなりにあった。『比類なき力』。その全貌をとくと見るが良い」
*
わっと押し寄せた機界大国の兵隊たちに逃げ出すチェン老師とその一行。
こちらは40人、敵は千を超える軍勢。到底勝ち目のない千の軍勢の背後には万を超える大軍勢が控える。いくら接近戦のエキスパートであっても、この数を相手に戦うことなど自殺である。
「老師っ! 早くお逃げくださいっ!」
「お前たちこそ早く行けっ! 私は殿を務めるっ!」
チェン老師は流麗な動きで押し寄せる敵の前に立つ。師匠の命令を無視し、弟子たちも立ち止まって戦闘態勢に移る。。
「老師っ!!」
「水臭いですぜっ!」
「拾っていただいた恩をここで返させてくださいっ!!」
弟子たちの行動はチェン老師の犠牲を蔑ろにする行為に等しい。しかしそれでも可愛い弟子たちを前にチェン老師も覚悟を決める。
「お前たち……よかろうっ! 私についてこいっ!!」
弟子たちは持っていた棍棒を捨て、素手に切り替える。
『心身気衛拳』。チェン老師が多くの武術を学び、10年近く前に立ち上げたマイナー拳法。その理念は心、体、気の調和。その鍛え抜かれた三位一体を以って守りたいものを衛る拳。
厳しい修行に耐え、鍛え抜かれた弟子たちはその命をかけて機界大国に挑む。
「間抜けがっ! 俺たちが馬鹿正直に相手してやるとでも思ったかっ!!」
機界の兵士たちは戎器を構える。その形は弓に似ており、その名を戎魔弓という。
この世界には聖剣、神剣、魔剣など沢山の力ある武器が存在するが、これを再現し量産しようと考え設計されている。神剣はまだ再現出来ていないが、戎魔剣、戎聖剣、戎魔刀、戎魔鎗、戎魔斧など、数多くの武器を作り出し、機界兵が装備している。そこらの国の一般兵を遥かに凌ぐ無敵の軍団。それこそが機界大国の力。
──バシュッ
空を覆い尽くす光の矢。一瞬宙空で停止したかと思うと、狙いを定めていたかのようにチェンたちに向かって降り注ぐ。
近寄れば何とかなったかもしれない、勝機こそ無くとも一矢報いれたかもしれない。だが、その好機は訪れない。近接格闘は近代兵器の前に無力と化す。
(くっ……せめてこの矢を掻い潜れたなら……)
チェン老師なら避けることも出来たかもしれない。しかし弟子たちにそれほどの技量はない。運良く助かったとて、次の攻撃は確実に致命傷となる。こうなったら弟子たちに降り注ぐ矢をその身で受けていく他に道はない。
(……老いは死に、若きに道を託すっ!)
死をも覚悟したその時──。
──ギィンッ
まるで鋼鉄の壁にぶつかったかのように凄まじい音が鳴り響く。チェンが動こうとした刹那、飛び出してきた黒い影が老師たちを守った。
「ブモォォォオオオオッ!!」
頭と下半身は牛、体はゴリゴリの筋肉、その手に握り締められたのは巨大な戦斧。その名をミノタウロス。
「なにっ!? 魔族だとっ!!」
動揺が走る。魔物はダンジョンから生まれることが一般的な常識とされる。そして機界大国のダンジョンはレッドたちの生まれ故郷である忘れられた大陸と違い、完全に管理され、魔物の出現すら思うがまま。つまりここに魔物がいるはずもなく、出現することも不可能な状態。その上、機界大国や4ヵ国周辺には出現が確認されていないミノタウロス。動揺しない方がおかしい。
「怯むなっ! あの程度の魔物1匹……っ!」
言いかけた中隊長は口を噤む。見た感じ中肉中背の成人男性3人分の筋肉量を誇るミノタウロス。さらに光の矢を弾く鋼鉄の肉体は魔物の中でも上位種であると認識出来る。しかし口を噤んだ要因は他にあった。
──ザッザッザッ……
後から後からミノタウロスがわらわらと出現したのだ。
情報に誤りはない。ただし完璧ではなく不足していた。
4ヵ国、そして龍球王国からの援軍はおらず、人間の兵士はいない。だがミノタウロスの軍団が待ち構えていたのだ。
「……しょ、将軍に急ぎ通達しろ……」
絞り出すように呟いた言葉を合図にミノタウロスが一斉に走り出した。




