453、機界サイド
ドルドバーン王国でグルガンたちが戦争に向けて策を練っている時、機界大国ジェムクラフトでも戦争に向けて協議が行われていた。
上層部でも限られた者たちだけが集まった協議の場は耳が痛くなるほどの静けさに包まれ、異様な空気が漂う。機界大国からドルドバーン王国までの地形を簡易的に描いた地図を大きな机の上に広げ、軍の配置などを石の駒を用いて分かりやすくしている。
「しかし思い切りましたな、ここに来て戦争を仕掛けるなどと……」
この異様な静けさを最初に乱したのは50代前半の白髪のオールバックが似合う細身の男性。いつも悲しそうな眼をしている老練な男で、鎗使いとして達人中の達人。
その名をゴルドレイ=フィルドバード。またの名を『哀切のゴルドレイ』。
機界大国ジェムクロフトを守護する 4人の将軍。 通称『四機将』の一翼を担い、『六花隊』を指揮する将軍。
気品溢るる紳士は武勇・知略の両面に傑出し、彼を知ることで感じる恐れと憧れから『絶鎗』とも称されている。
彼の発した言葉からも分かる様に、この戦争に懐疑的なのは何もドルドバーン王国やギュプロス公国などの他国ばかりでは無い。
それもその筈で、戦争自体は正式に認められた訳ではなく、機界大国に2人しか存在しない『機将聖』の1人、『鋼鉄元帥』アンドレイド=ザミュール=ラプターの一存によるものが大きい。
「口を慎むのだゴルドレイ殿。作戦会議中に口にすることでは無い」
ゴルドレイに苦言を呈するのはハインケル=ロファル=ヴェスター。またの名を『嚇怒のハインケル』。
『朱炎隊』を指揮する将軍で、気難しく冗談がきかなそうな50代の厳つい男。『四機将』の中で一番体が大きく野性的に掻き上げた髪形をしており、揉み上げから顎鬚までが繋がっている。いつも機嫌が悪そうな顔をしており、その顔の通り気が短く、すぐに怒りを顕にする性格。
「くくくく……」
ハインケルの苦言を軍服を誰より着こなした男が笑う。ハインケルは怒りの籠もった目で男を睨みつけた。
「いや、失敬失敬。ゴルドレイさんはオーファウスさんを信奉している方ですから、アンドレイド様のやり方が気に入らないのだろうと思いますよ?」
バジェット=ドゥームズ。またの名を『喜悦のバジェット』。
『紅葉隊』を指揮する将軍。40代中頃でオールバックの髪形をしており、眼鏡をかけマントの付いた軍服を着る男。笑顔が張り付いた顔をしており、その顔から感情を読み取ることは不可能とされている。
オーファウスとはもう1人の『機将聖』、『大賢総帥』オーファウス=ムート=デ=コーディアのことである。
彼は機界大国国王アリオスト=ロンズデイと共に戦争に反対の意思を示した。それも当然の話。今はデザイアという侵略者を世界規模でどうにかしないといけない状況だ。にもかかわらず、アンドレイドが出した答えは周辺国家への侵略行為。
なんとも馬鹿げた行為であるが、アンドレイドの選択は一貫している。彼の中にあるのは全世界の掌握。いわゆる『世界征服』を目的としており、この戦争は魔神騒動を利用した夢の実現への第一歩なのだ。
何故今なのか。それが最も重要なところである。
バジェットのニヤついた顔を冷ややかな目でゴルドレイは見据える。
「おっと、やめてくださいよゴルドレイさん。私は別に悪気があったわけではありません。ハインケルさんに立ち位置を確認していただいただけですよ。それでいうとマチルダさんもオーファウスさんの派閥ですよね?」
「ちょっとっ。巻き込まないでくれる?」
マチルダ=アンブライド。またの名を『微笑のマチルダ』。
『桜花隊』を指揮する将軍であり、『四機将』の紅一点。ウェーブがかった金髪を伸ばし、右目が隠れている40代前半の妙齢の美女。2児の母であり、平和を愛する太陽の様な存在。
夫はマチルダの副官、スレイフ=アンブライド。ダークエルフの様な褐色肌で、逆立った赤髪のワイルドな見た目、長身で細身に見えるが鍛えられ引き締まった 体をしている。何を隠そう魔族であり、ただならぬ雰囲気を醸し出す。常にマチルダの側にいる参謀。不遜に足を組んで座るマチルダの代わりに作戦立案に参加している。
「静かにっ」
『四機将』のじゃれ合いを部屋の隅で静観していた女性が声を上げる。
「また先程の状況を繰り返されるおつもりですか? 元帥の御前です。もう少し節度ある協議をお願いいたします」
金色がかった茶髪のミディアムヘアで、瞳の色は赤。モデルの様に長身で豊かな双丘と広い腰が女性特有のシルエットを生み、それを武器にするかの様に体のラインを強調するぴったりと張り付く様なタイトな衣装を着込んでいる。
見た目だけで判断すれば誰かの秘書にも見えるこの女性が、上座に座るアンドレイドを盾に『四機将』に釘を刺す。将軍職であるはずの彼らは、この女性の言葉に従う様に口を閉じる。
彼女の名はエクセル=レミュール=ラプター。
アンドレイドの実子であり、『戎戦姫』の称号を冠する『四機将』に継ぐ地位に立っている。
親の七光と思われがちだが、エクセルは器用で何でもそつなくこなし、臨機応変で柔軟性が高く、順応が速い事で知られる。まさに天性の才能を持った女性であり、周囲から『万能』との呼び声も高い。
「……その心配は必要ない。もう既に作戦はおおよそ完了している」
ゴルドレイは差し棒を手に取ると、駒の位置を調整してハインケルの仕事を完了させた。横から仕事を取られたハインケルはピクピクと右頬を痙攣させ、ゴルドレイを睨みつけていた。
「……終わったか?」
置き物の様に座っていたアンドレイドは作戦完了の合図と共に口を開く。同時に『四機将』はスッと頭を下げた。
アンドレイドは立ち上がり、地図を舐め回す様に確認する。配置に穴がないかの確認だ。まるで答案用紙を確認する教師の様だが、その緊張感は半端では無い。といっても特に問題を見つけられなかった様で、アンドレイドは鷹揚に頷く。
「……よし。ではこの戦争の指揮を……」
「アンドレイド様。この作戦の指揮は私にお任せくださいませっ。必ずや勝利してご覧に入れましょう」
アンドレイドの言葉に被せる様にハインケルが声を上げた。アンドレイドは肩を竦めてじっとハインケルを見た後、小さく頷きながら「好きにしろ」とでも言いたげに右手を振って見せた。ハインケルは最敬礼で答えたが、それを止める様に壁からヌッと透過する何者かが現れた。
「お待ちいただいてもよろしいですかな?」
急な出現に全員が戦闘態勢を取ったが、現れた人物を見てアンドレイドが「やめろ」と全員を制した。現れたのは金色のカイゼル髭が特徴的な初老の男性。長身でやせ型、金髪のロン毛をオールバックに撫でつけ、おしゃれな片眼鏡を付けた紳士。髭を指で摘み、形を整える様にねじねじと捻り上げる。
「ルークフィン。ようやくお出ましか」
『虚飾の魔神』ルークフィン=ヴィンテージ。最強の魔神が協議の場に降臨した。
「完璧に勝つにはこれでは不十分。一考の余地がありますな」
「……なるほど。それほどまでに自信があるというのなら、この作戦は任せてやっても良い」
その言葉にハインケルは「そんなっ!?」と悲鳴に近い声を出す。
「いえ、吾輩は前線には参りません。吾輩が出ていけば、要らぬ誤解を生んでしまいますからな」
「ん? 誰にだ?」
「こちらの話です。ですので、吾輩がここから指示を出します。ハインケル殿はそれに従っていただければと……」
ルークフィンの傲岸不遜な意見にハインケルが怒りを顕にする。
「馬鹿なっ! アンドレイド様であればともかく、貴様の様な奴に顎で使われるなど……っ!」
「いや、待てハインケル。面白い提案だ。それで勝てるというのなら、やってみるが良い」
「アンドレイド様っ?!」
ハインケルは驚愕の表情を見せるが、ルークフィンはコクリと一つ頷いた。
ルークフィンとの交流はこれが初めてでは無い。黄金の浮遊要塞が動く前からアンドレイドにコンタクトを取り、既に機界の中枢に入り込んできていた。戦争の書状を出したのとは別口だが、国王とオーファウスの反対を押し切ったのには確実に絡んでいる。
(これが……魔神……)
マチルダは固唾を飲む。アンドレイドに『面白い』と言わせるルークフィンに恐怖を覚える。
測り切ることの出来ない器を前に、ただ呆然と見ていることしか出来ないのだと感じさせた。




