452、懸念事項
「……動きやがった」
ドラグロスはグレゴールの浮遊要塞の上でデザイア側の動きを見ていた。黄金の浮遊要塞と赤い水晶の剣山の様な浮遊要塞がそれぞれ動き出しているのが遠い北の彼方からでもよく見えた。
2つの目立ちすぎる巨大な物体は『神都パラディス』の上空から離れ、それぞれが機界大国と魔導大国に別れて移動を開始した。機界大国には黄金の浮島がゆっくりと近付き、赤い水晶の剣山は魔導大国に向かう。
「チッ……ルークフィンかよ。嫌な野郎が来ちまったもんだぜ。まだ魔女の方がマシに思える」
いつ動き出してもおかしくなかったのでそれほど驚きはないが、早く何とかしなければならないという焦燥感が心臓に早鐘を打たせる。特にドルドバーン王国内でドワーフを味方につけると息巻いていたグルガンからの報告は未だにないというのも緊張に拍車をかけていた。いっそ1人で動こうかとまで考えていたその時、背後から声をかけられた。
「ドラグロスちゃーんっ」
そこにやって来たのはグレゴール。グルガンが転移してくるかとも思ったが当てが外れた。といっても特にこだわりはないので報告してくれるのなら誰でも良かった。
「おう。下はどうなってる?」
「ドワーフに代わって戦争をするんですって。機界大国と」
「は? 何やってんだよおい。機界大国には仲間を集めに行くんじゃないのかよ?」
「そうなんだけどさ、その大国が戦争を仕掛けて来てるのよ。だから真っ向から叩いて分からせる算段みたいね」
「ったく、回りくどいことを……」
ドラグロスは頭を抱える。『大事の前の小事』という言葉がある様に、戦争など放っておいて魔神を最優先にすべきだ。龍球王国の時はグレゴールを味方に引き入れるために時間をかけざるを得なかったが、今回のは全く同意出来ない。勝手に戦争させておけば良い。具体的な方策として、ドワーフたちが国に攻め込ませない様に防御に徹している最中、一気に機界大国に乗り込めばあちらも戦争どころではなくなるだろうに、代わりに戦争を請け負うなど時間の無駄である。
「私だって聞いたわよ、『そんなことしてる場合?』って」
「……で?」
「うん。ここを突破されたら、復興中の龍球王国まで狙われることになりかねないから必要なんだって」
「あぁ……まぁ、そういうのもあんのか?」
同行しているアキマサたちの手前、この戦争を無視するという選択肢はないとの判断だ。理屈では分かるが、現状を鑑みればそんなことをしている場合ではないだろう。敵は刻一刻と国を侵略しているのだから。
無論、今から向かう機界大国や魔導大国だけの問題では無い。2大国が手中に落ちれば、次は魔神から解放されたはずの帝国や聖王国が狙われるかもしれないのだ。ルークフィンがあちこち動き回り始めたら途端に情勢がデザイアに傾く。
目先のことだけに囚われていたら大局を見失ってしまうだろう。
「……これ以上時間をかけてられねぇな。ならいっそのこと俺がぶっ飛ばしてやろうか? 俺が降りれば戦争なんざ一瞬で終わるぜ」
「それは私も考えたけど、あなたや私が戦い始めたらルークフィンちゃんも黙ってないでしょ。それに、背後を気にしなくても大丈夫なのかしら?」
「あ? 背後だぁ? もしかしてオーギュストの野郎のことを言ってんじゃねぇだろうな? 動かねぇよ。あのピエロが自主的に何かするとこなんて見たことねぇぜ」
「でも彼、ルークフィンちゃんをライバル視しているでしょ? ルークフィンちゃんの手柄を横取り、もしくは邪魔しようと画策する可能性もあるんじゃない?」
「はっ! んなこと……スゥーッ……無いとも言えねぇな」
ドラグロスはチラッとオーギュストの浮遊要塞を確認し、顎を触りながら考え込む。
「……つまり今、デザイアシンパに前後を挟まれてる状況ってことか。……ピエロじゃなくともフェイルのクソガキが仕掛けてくるかもな。というよりも野郎がフェイルを介してルークフィンに当て擦りする可能性が高い」
「でしょ? マイラちゃんならともかく、ルークフィンちゃんだからこそオーギュストちゃんの琴線に触れることになるわ。これが結果的に杞憂だとしても、今の段階では可能性がないと言えないのが面倒よね」
グレゴールもオーギュストの浮遊要塞に視線を移す。どうするべきかと考えたが、ふと気になることをグレゴールに尋ねる。
「おい。グルガンはこのことを知っているのか?」
「ええ、話したわ。グルガンちゃんだけでなく、アキマサちゃんやシズクちゃんも懸念を口にしていたわよ。戦場にオーギュストちゃんの部下たちが押し寄せて来たら不味いから背後を守って欲しいと……」
「なるほど。確かに異世界の魔王共が気がかりか。……こうなったら仕方ねぇ。俺たちでカバーするしかねぇか」
ドラグロスは肩を回して鼻を鳴らす。
「あ、そうだっ。ドラグロスちゃんの浮遊要塞を持って来たらどう? あの軟体動物なら魔王ちゃんたちも目じゃ無いわよ?」
「あぁ? あいつかぁ?……そういや放置してたな。今獣王国付近に浮いてっから持ってくるのは難しいぜ。また移動させとかねぇと……」
「そうなの? まぁ私も今の今まで忘れてたし、あの子大きい割に影薄いわよね」
2人して肩を竦めながら苦笑した。
ルークフィンの襲来で焦燥感を感じていたが、オーギュストの動向もまた無視出来ないと悟り、ドラグロスとグレゴールという破格の戦力が裏方へと回る。




