449、レッドの胸中
シズクを呼ぶために待機している部屋に訪れると、不思議な状況に出会す。部屋の中で6人のチェンの弟子とディロンが睨み合っていたのだが、それだけならさっきまでの光景と何ら変わらない。
注目すべきは睨み合った格好のままほとんど動いていないことにある。動きが鈍いというか、ほとんどまったく動いていないというか、とにかく不思議としかいえない光景に一瞬目を奪われた。
「ん? アキマサ。どうした? 会議はもう良いのか?」
ヒビキがこの状況を前に何でもない様に尋ねる。
「いや、まだだけど……これはいったい……?」
「ああ、これはスロウ殿の能力で『時の流れを遅くする力』だそうだ。私も先ほど初めて見たときは驚いたよ」
「時を……遅く?」
アキマサはサングラス越しにチラッとスロウを見る。今まさに能力を使用しているはずなのにその素振りを感じさせない。一定の魔力を使用し続けることなく1度掛けてしまえば解除するまで解けないのか、それとも遅くなるのは一定のものなのか、はたまた息をするレベルで掛け続けているのか答えは出ない。
スロウがいつも首に巻いているマフラー型の自立型魔道具『極戒双縄』は不満げに口を開く。
「こいつらさっき老師に叱られたばかりだってのにディロンのアホと喧嘩を始めたんだ」
「喧嘩両成敗だよっ! 両成敗っ!」
「姫様の前で馬鹿みたいなやりとりを続けるもんだから我慢出来なくてさ」
「これで許されたことに涙を流して感謝しろよっ!」
マフラーの2つの先端が蛇の様な頭を持ち、攻撃的になっている。スロウはオディウムを抱き枕替わりにカクンッと頭を揺らしながら眠りこけている。
(へぇ……お嬢ちゃんの能力を魔道具が引き出しているのか。自動で主人を守る魔道具とは面白い機能だ)
アキマサは感心しながら辺りを見回す。
「凄い能力だ。この能力ならお嬢ちゃんの睡眠を妨げることはないな。……ところでシズクはどこに行った?」
「シズクなら先ほどライト殿と出たよ。ドワーフが検問所で仲間だと証明してほしい連中がいるとのことでな。十中八九レッドたちで間違いない。何か用なら私が伝言しておくが?」
「そうだな。一応これから検問所に行ってみるつもりだからさ、すれ違ってしまったら頼むよ。シズクも作戦会議に参加してほしいってな」
「承った」
*
『十中八九』と予想していたヒビキたちの考えは当たっていた。
レッドはグレゴールを引き連れて検問所に訪れたのだが、警戒中にやって来る不審人物は裏が取れるまで信用には値しないと狭い部屋に缶詰めにされていた。
ちなみにドラグロスは見た目が魔物の寄りなので人里に降りるのは危険と判断し、グレゴールの浮遊要塞に戻ってもらった。情報の共有を優先したかったために最初は不満気味だったが、魔神たちの動きを俯瞰出来るかもしれないと気持ちを切り替えて一旦浮遊要塞へと戻ってくれた。
「……慌ただしいわね。最近何かあったの?」
グレゴールは床にちょこんと座りながら外の様子に耳を欹てる。レッドも(なんか忙しそうだな……)くらいの感覚で特に気にしてなかったが、言われてみればかなりピり付いている。命の危機をも予感させる深刻さを感じた。
「何も知らずに来おったのか? 全く呆れた奴じゃ。今この国は戦禍に曝されておる。恐らく儂らの鉱山が狙いじゃろう」
「あら、戦争? 魔神が乗り込んでも関係なく領土を侵攻するような国があるのねぇ。それとも混乱に乗じた賢い戦略なのかしら?」
「儂にはよぉ分からんが、事前に戦争を仕掛ける通達が届いたようでな。何でも交易に関するトラブルじゃそうじゃが、儂からすればどうも難癖を付けられとるようにしか思えん。許すまじ機界大国……っ!」
衛兵のドワーフは拳を握り込んでプルプルと震わせている。
レッドはドワーフの答えに疑問に感じた。つい最近、砂漠の王国ジャガラームに預けていたお金を引き出した時のこと。確かあの時はローディウス教皇が急なエルフの侵攻に業を煮やしていた。書状などで大義名分が届いたなど聞いていない。国家を運営したことがないので普通を知らないが、ドワーフの言葉の中に戦争を仕掛けられた以外の困惑は存在しない以上、書状を送ることは一種の礼儀に値すると思われる。
デザイアの命令がこの世界の戦争の慣例を破ったということなのだろうか。
(……ってことは、それが終わるまではドワーフを仲間にってのは無理か。あ、技術をもらうだけだっけ?……どっちにしても戦争が終わらないと動けなさそうだなぁ……)
どの国にも問題はある。生まれ故郷である『忘れられた大陸』でのほほんと過ごしてきた自分が情けなくなる程大きな世界。その凄さや苦労は想像もつかないが、デザイアとの戦いが終わった後も大国が存在し続けることを思えば、この国と大して変わらない小国レベルの故郷も対岸の火事ではいられないと実感させられる。
(……いや、被害妄想か? 『忘れられた大陸』なんて呼び方されてるんだから今後も放っておかれる可能性はあるよなぁ。というか俺の大陸って元々なんて名前だったんだ? 絶対正式名称があるはずだよなぁ……誰か知らないかなぁ?)
レッドはチラッとドワーフを見る。ヒューマンよりも寿命が長く、多くの時間を生きるドワーフなら可能性はある。だが、いつから忘れられたのか分からない以上、ドワーフに聞いても仕方がないのかもしれない。
時間があるからこそ詮無いことが頭に過ぎる中、ようやくライトとシズクが到着した。
「あ、ライトさんとシズクさんっ」
「すまないレッド。待たせたようだ」
ドワーフにはシズクが説明し、レッドとグレゴールは入国を許された。




