448、小国家連合
「今の拳法国には心がないっ!」
長髪ちょび髭の老師、チェン=ロンは作戦会議の場で語り始める。
「力ばかりに固執し、精神を疎かにする傲慢さが蔓延している。困っている者に手を差し伸べられず、自己顕示欲だけを肥大化させる浅ましさ。見るに堪えない。私はそんな拳法国の行く末を心配し、この戦争に参戦することを決めた。この覚悟を我が国に伝え、教え、より良い方向に進めるように存分に戦います」
立ち上がってまで唐突に決意表明したチェンにドワーフたちは面食らった。急に何を言い出すのかと不思議そうに眺めていたが、やはり意味が分からなかった。
「……チェン殿がやる気に満ち溢れているのは結構なことじゃが、場を弁えてはくれぬものか? ここでは機界大国に対抗するための戦略を考えていきたいのじゃ」
眼鏡をかけた如何にも賢そうなドワーフは呆れ気味に諭す。チェンも周りとの温度差に気付いたのか「これは失敬っ」と席に座り直す。
チェンが座るのを確認したドワーフの参謀を務めるゲルレイズ=バルクは両手を絡めて俯き加減に円卓に座る代表たちを盗み見る。
『ティノバ共和国』。
機界大国ジェムクロフト北方面に位置する国の一つ。様々な種族が暮らす国であり、機界大国の恩恵を一番受けている。機界大国の支部も存在する国だが、この戦争には思うところがあるとドワーフ側に着いた。
しかしゲルレイズはこの共和国の参加を良しとはしていなかった。理由は確実に共和国の代表ジェイド=ホークにある。
メガネをかけ、スラッと手足の長い切れ長の男。ヘアクリームで髪を固め、髪の束が1本目の前に垂れ下がった妙な髪型をしている。赤地に金の刺繍が入ったスーツを着込み、銃を二丁腰に佩いたインテリヤクザ風の男。
この見た目では疑わずにはいられない。
『ギュプロス公国』。
こちらも機界大国ジェムクロフト北方面に位置する国の一つ。集まった国々の中で機界大国の一番近くに隣接している。同盟国の中で一番狭い国ではあるが、『竜騎兵』と言う兵を持ち、そのほとんどが『竜操手』である。ドルドバーン王国と一番親交が深く、竜に付ける鎧や鞍、鐙やその他の物などを依頼しつつ交易をしている。一応、機械大国とも交易が盛んに行われているが、機械の横暴に目を瞑ることが出来ず参戦した経緯を持つ。
現在、英傑であるヘルクト=ブルク公爵が治めていて、代表としても参加する。
公爵は樽の様な胴体に巨木の枝の様に太い腕をつけた巌の様な男。口が隠れるほど生えた髭はまるで北欧のバイキングのようで、ギラリと光る目は猛禽類の鋭さを思わせる。貴族の様な高貴な衣装を身に纏う荒くれ者といった風体だ。
『トリアーノ』。
機界大国ジェムクロフト北方面に位置する国の一つ。海側に位置する国であり、主に船による国交をしている。首都の名前は『光都セイラム』。エデン正教の者が多く、教会が所々に立ち並んでいる。その国交のメインは龍球王国であり、自国の資源と名産を交易する。他の同盟国には主に海産物などをメインで取引していて商いが盛ん。機界大国の第二支部が存在するが、その規模はティノバ共和国に比べれば小さい。
代表の名はウィリアム=ノートン。
灰色のペンギンスーツを着込む低身長の男性。髪を整え、髭を残さないよう丁寧に剃り上げ、爪の先まで気を使った几帳面さを感じられる。童顔な上、ギリギリ160cmに届かない低身長であるために子供が背伸びをしている様に空目するが、よく観察すると立ち居振る舞いから年齢を感じさせる。
機界大国にほど近く、ドワーフの国『ドルドバーン王国』を合わせた4ヵ国の代表と『拳法国ライレン』のチェン、さらに『龍球王国』のアキマサと『忘れられた大陸』の領主グルガンが一同に介し、戦争に向けた話し合いを始める。
ゲルレイズは不安な表情のまま円卓に広げた機界大国とドルドバーン王国までの地図に視線を落とす。大雑把な地図だが、ある程度地形が分かるので作戦立案の妨げにはならない。
「……さて、見ていただいたら分かる様に、戦場はギュプロス公国と機界との丁度中間付近で行われる。かの『鋼鉄元帥』アンドレイド殿の署名付きの書簡から場所と日時の指定があったため、ほぼ確実にこの荒野が戦場になるじゃろう」
ゲルレイズは長く細い指し棒を持って場所を指し示す。ヘルクト公爵は不快そうにフンッと鼻を鳴らす。
「アンドレイドか……あの男には何度も話し合うべきだと書状を送ったが返信はなし。この儂を跨いでグスタフ陛下に戦争を仕掛けるとは血迷ったものよ」
呆れが混じった苛立ちをため息に乗せる公爵にウィリアムが反応を示す。
「まったくでございますっ! この件で得をするものなど誰もいませんよっ!」
「へははっ、兄ちゃん落ち着きなよ。アンドレイドさんがオカシなったのは今に始まったことじゃぁないよ」
興奮するウィリアムをジェイドが宥める。
「いやまぁ、それはそうなのですが……」
「せやろ? 今話し合うべきは機界んとこの兵隊をどう食い止めるかにある。公爵はんも、過去を掘り返しても意味あらへん。現在を見ななぁ」
メガネをキラリと光らせるジェイドに公爵は口を固く結ぶ。その瞬間に沈黙が生まれた。4ヵ国のトップは皆が皆、牽制し合う様に口を閉ざしている。それもこれもジェイドのせいだ。彼が金に転ぶことは有名であり、今だって正論を言っている様で作戦を掠め取ろうとしているのは明白。機界大国に売って大金をせしめるつもりだろう。
ただのイメージにすぎないが、少なくともゲルレイズは信用していない。ティノバ共和国の協力の申し出を国王グスタフが受け入れたため、蔑ろにすることが出来ない理由から作戦会議に参加させている。もし突っぱねた場合は大手を振って機界大国に媚びを売りに行くだろう。
(獅子身中の虫……か。どこも一枚岩ってわけじゃなさそうだな)
アキマサは龍球王国での会議風景を思い出しながら秘かに肩を竦める。魔神襲来の大事に小競り合いを仕掛け、あわよくば領土を奪おうとするアンドレイドの業突く張りと、それを利用して良いところを掠め取ろうとする意地汚さがこの作戦会議の進行を妨げている。
急に黙った室内に困惑を隠せないのはチェンだけだった。
「……少し良いか?」
張りつめた空気の中、グルガンが声を掛ける。
「貴公らはこの戦いにどれほどの思いを掛けている? 先程の話だが、チェン殿は一番槍を申し出た。戦闘スタイルが格闘である以上、前衛に置くのは間違いではないので承諾したが、貴公らの戦力を問いたい」
「余所者が……龍球王国の抱き合わせでこの国に入れただけの癖にしゃしゃり出るでないわ」
公爵はグルガンをチラリとも見ることなく否定する。
「ほう? 面白い意見だが、その答えは我の質問に答えるつもりが無いということか?……では、そちらはどうかな?」
グルガンはウィリアムを見る。ウィリアムは公爵をチラリと見たあと黙り込む。答えない公爵の手前、自分が答えられるはずがないとでも言うように視線を逸らした。同調圧力か公爵に媚びを売っているのか定かではないが、『俺に聞くな』という意思を感じられる。その上、寧ろあっちに聞けとでも言うようにジェイドに視線を送ってみる。ウィリアムの視線にジェイドも肩を竦めた。
「こら凄い。みんな秘密兵器を隠し持っているようですなぁ。そしたら僕も手の内を明かしたくありません。それはそうと、兄さんはどうですのん? 僕らにばっか色々言うてはりますけど、兄さんは兵隊もおらん暑苦しゅうない感じで……まさかとは思いますけど、僕らの兵隊を当てにしとったちゅうわけじゃぁありませんよね?」
「ふっ……まさか。寧ろ逆だ。チェン殿は事前に『一番槍を』と打診してきたので都合に合わせるが、そういった事情があるかどうかを確かめただけのこと。動くつもりがないならじっとしていてくれる方がありがたい」
その言葉にゲルレイズ、公爵、ウィリアム、そしてジェイドの目が開かれる。公爵は叩き割る勢いで机をドンッと殴りつける。
「キサマっ! 機界大国の手の者かっ!!」
「何故そうなる? 勘違いも甚だしい。戦わなければ生き残れない状況下で時間を無駄に浪費する貴公らに期待していないということだ。後のことはチェン殿と我らに任せ、自陣で待機していろ」
「言わせておけば調子に乗りおってっ!!」
椅子を蹴り倒しながら立ち上がった公爵にグルガンは冷ややかな視線を送る。
「……他にこの部屋から出て行く者は?」
公爵は殴りかかろうと前のめりになるが、いつからそこに居たのかアキマサが壁になり、公爵を抱え上げるように止める。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ。こいつちょっと言い過ぎなところがあるもんですから……」
見た目細身のアキマサが巨漢の公爵を制止する様に違和感を感じるが、龍球王国の戦闘能力に関してはそこそこ知れ渡っているのでそれほど驚愕の色はない。チェンが1人(なかなかの体幹だ)と感心していた。
このザマに業を煮やした公爵だったが、急にスッと怒りを忘れたように感情を殺し、アキマサから後退したかと思えば、蹴り倒した椅子を元に戻して座る。
「ふんっ! その自信がどこから湧いてくるのか知らんが、この儂に対してその態度……余程の自信があると見た。お手並み拝見と行こうではないか」
公爵は先の醜態を忘れたようにふんぞり返って偉そうにしている。
「それは良きアイデアですねっ! 既にチェンさんともお話が付いているようですし、丁度良いではありませんかっ! ねぇっ?!」
そしてこれにウィリアムも同調した。この一連の流れに待ったの掛けたのはジェイドだ。
「ちょちょちょっ……待ちぃや。公爵さん、あんたさっきこの人が余所者や言うてましたやん? 自信あるなしにかかわらず、この戦争を委ねてええもんなんですか?」
「委ねる気などさらさら無いわっ。儂は機を見て動くと言っている。もしも無様に負けるようなことがあれば、儂の領土に流れ込むことになるのじゃからな」
「嘘やろ? そんなん自殺と大差ありませんよ? 今にも戦争が始まろうって時に龍球から援軍届くの待つ言うんですか?」
ジェイドの質問にアキマサとグルガンはゲルレイズを見る。ゲルレイズは2人の視線にハッとした顔で答えた。
「あ、言い忘れておったんじゃが、龍球王国は未曽有の危機に曝され、自国を立て直すことに手いっぱいだ。龍球王国からは援軍はない」
「そんなんバカげてますやんっ!……なぁ公爵さん。今からでも撤回して、経験豊富な公爵さんの手練手管で……」
ジェイドの懇願するような言葉に「くどいっ!!」と言い放ち、席を立って部屋を出て行く。ウィリアムも焦りながら席を立って公爵の後を追った。
「あぁ……ちょっと兄さん。どうするつもりや? 公爵さんにへそ曲げられたら兵隊貸してもらわれへんよ? 腰ぎんちゃくのウィルも同様や。僕かて、負け戦なんか嫌やし……」
「では、どうするつもりだ? このまま我に委ねてみるか?」
「やめてぇな、そない意地悪言うんわ。……でもまぁしゃーないわ。僕も後ろで見させてもらいます。何かあったら声かけてーな。ほな僕はこれで」
ジェイドも部屋を後にした。
3ヵ国の代表は戦争の準備段階で決裂し、残ったのはゲルレイズ、チェン、グルガン、アキマサの4人のみ。正直な話、こうなることは事前に予想していたが、まさかジェイド関連ではなく余所者のグルガンがやらかすとは思いも寄らなかった。
「何と言う奴らだ。ちょっと煽られたくらいで情けない。自分たちの領土がどうなっても良いというのか?」
チェンは3人の言動に納得がいかない様子だったが、グルガンはニヤリと笑った。
「丁度良い。これで配置も思うがままだ。早速会議を始めようではないか」
グルガンが地図を見渡している横でアキマサが口を挟む。
「シズクも連れてくるわ。戦略を考えるならあいつも加えたいからな」
「そうか。頼む」
アキマサが出て行ったのを確認し、ゲルレイズはグルガンに尋ねる。
「……ほ、本当に大丈夫なのか?」
ゲルレイズの不安にグルガンは一言「信用しろ」とだけ言い、黙って戦略を練り始める。




