447、安全圏からの嘲笑
その頃、拳法国ライレンでは国主の元に慌ただしく報告が届いた。
「なに? ドワーフ国からの密書だと?」
ずらりと並ぶ国主の5人は書簡を受け取り、すぐさま中身を確認する。そこにはドワーフ国と機界大国との戦争に関する事柄が簡潔に書き出され、拳法国の参加を心から歓迎するとの文言が随所に散りばめられていた。同時に更なる戦力増強を兼ねて兵士を300人規模で寄こすようにとも書かれている。
「バカな。我々はこの戦いに参戦しないと通達していたはずだ。誰だ? ここに書いてあるチェン=ロンというのは?」
「はっ! 心身気衛拳の開祖、チェン=ロン老師でございますっ!」
「心身気衛拳? 聞いたこともない拳法だな……」
ドワーフからの書簡を机に投げた。5人の国主はため息をつきながら視線を交わし合う。
「……ふんっ。何にしろ勝手なことをしてくれる」
「しかし幸いでしたな。『五山十刹』の中の拳法でなくて……」
「確かに。特に我ら五山の拳法であったなら、言い訳が立ちませんでした」
拳法国ライレンには『五山』と呼ばれる5つの拳法と、『十刹』と呼ばれる10の拳法が存在する。5つの拳法は最上位拳法と格付けされ、門下生も多く、その名は大陸中に知れ渡る名門中の名門。国主5人は五山の拳法をそれぞれ修めており、肩を並べて競い合っている。
反対に10の拳法は五山には劣るもののこちらも名門であり、北派と南派に5つずつ別れてそれぞれの道に進み鍛錬に勤しむ。『五山十刹』に数えられる15の拳法は歴史も古く、その他の拳法は基本的に新しく立ち上げたマイナー拳法であり、権威主義が蔓延する拳法国では余程のことがない限り『五山十刹』の中から自分に合う拳法を選んで門を叩く。
「機界大国に勝ち目などありませんからなぁ。小さい国同士が集まって連合国などと大層なことを。せいぜい、寄り合いでしょう。ねぇ?」
「まったくだ。大局を見ずに戦争に参加するなど国を挙げての集団自殺に等しい。大方、門下生の集まらない弱小拳法家が名を上げるため、勇足でドワーフなどという欠陥種族に加担したに決まっている」
因みに上位拳法の門下生の数は最大で100万人規模。1つだけ5000人という道場もあるが、それでも凄まじい数である。門下生が100人にも満たない吹けば飛ぶようなゴミ拳法など、存在しないも同義。
しかし、ゴミ拳法と罵られるレベルだからこそ、国の方針を無視して背水の陣で戦場に赴いてしまうのも無理からぬこと。
とはいえ金で魂を売るなど、賊に数えられる無法の極み。拳法国の品位を下げる最悪の行為だというのに国主たちは楽観的だ。
それというのも、『心身気衛拳』とかいうマイナーなゴミ拳法が、もしも上手いこと戦果を掠め取ったなら拳法国の名が上がる。その時は4ヵ国との友好をより深く結び、戦勝国として機界大国を足蹴に出来る。その際、ゴミ拳法家がつけあがってくる可能性を考慮し、国の法に則って罰金を科し取り潰す。マイナー拳法は消え去り、国を挙げて高らかに勝利を宣言出来る。
逆にゴミ拳法が連合軍の邪魔ばかりして当たり前に失敗したとしても、そもそも拳法国は最初から参加を表明していないのだから、生き残った機界大国に事情を説明して今まで通りの関係を続ければ良し。
奇跡的に前者になれば得をすることに繋がるが、後者であっても損はしない。
静観を決め込むつもりだった戦争に勝手に参加されてしまって内心焦ったが、対処可能であったことにホッと胸を撫で下ろした。
「……ところで、このチェン=ロンとかいう間抜けのことをもっと知りたくはないかな? 聞いたこともない拳法だが、もし『十刹』に迫るような拳法なら事だからな」
「であれば門下生も千人規模。我々の耳に届かぬはずがなかろう」
「確かに。万に一つもあり得ないが……おい、そこのっ」
書簡を届けに来た部下に国主の1人が指を差す。
「心身気衛拳とかいう拳法とチェン=ロンの情報を急ぎ我々に上げろ。無論、隅々まで調べ上げるのだ」
「はっ!!」
部下は鍛え上げられた腹筋から吐き出された鋭い返事と共に立ち上がり、踵を返して国主の元から離れた。部下が完全に居なくなったのを見計らって国主の1人が口を開いた。
「……このことを『誅仙四宝拳』に共有するか?」
ポロッと出た言葉に空気が張り詰める。
『誅仙四宝拳』とは拳法国ライレンが抱える最高戦力。選ばれし4人の武闘家に与えられた最強の称号。ルオドスタ帝国の『八剣聖』、聖王国ゼノクルフの『七元徳』と同じく切り札と呼ばれる者たち。
実は少し前まで『竜生九士』と呼ばれ、聖王国同様9人もの実力者を抱えていたが、ある事件がきっかけで4人となり、称号を継げるほどの実力者も居ないと判断された結果、呼称を変更せざるを得なくなった。
「共有か……いや、必要あるまい」
「その通り。今回、彼奴らの出る幕はない」
「最近気が立っていると聞く。悪戯に刺激すれば面倒なことになりかねんから放っておけ」
国内の情報を吸い上げ、小さなことも見逃さない様に睨みを聞かせている国主たち。秘匿すればどんな事情があれ罪に問う。その情報を開示するもしないも彼らの自由。これこそ統治者の特権。




