446、戦準備
機界大国との戦いに備えるため、ドワーフに作戦室を要求。広々とした部屋に通される道中に件の魔神の気配を感じた。
「おいおい……今度は一体どんな奴が来たってんだ?」
「新たなる魔神……本当に終わりが来るのか疑問に感じる。……グルガン。このまま戦争に参加していて大丈夫なのか?」
ディロンとライトが懸念をぶつける。グルガンは顎を触りながら少し考える。
「ふむ、まさかまだ追加されるとは……だが、慌てたところでどうにもならん。横槍を入れられない限りはこのままを維持する。戦力の強化と同盟国の数を増やさねばデザイアに対抗することなど不可能なのだからな」
「そうそう、急がば回れって言うぜ? まずは目先のことから順に終わらせていこうや」
グルガンとアキマサは言い聞かせるように伝える。デザイア軍の戦力増強に臆することない言動には安心感が湧いてくる。
ドワーフに先導されてしばらく歩くと大きな扉に行き着いた。ドワーフの体躯に見合わない大きな部屋は多種族との交流の場として用意されていたと思われる。
「ここですじゃ」
無造作に扉を開けた先には人影が複数見える。無人の部屋に通されたと思った矢先、筋骨隆々の男たちとバッチリ目が合った。一瞬変な空気が流れたが、先導してくれていたドワーフはズカズカと気にせず部屋に入り、重ねた椅子を持ち上げてグルガンたちに差し出す。
「おい短足野郎。ノックぐらいしたらどうなんだ?」
ズイッと一歩前に出た男は片手で指の骨をパキパキと鳴らしながらドワーフ他、グルガンたちを睨みつけている。如何にもなゴロツキ感に傭兵だろうと察する。ドワーフはチラッと男たちに目を向けた後、何でもないように部屋を出て行った。
「チッ……謝罪も出来ねぇのかよ。欠陥人種がっ」
吐き捨てるように言い放つ。酷い言いようにお里が知れる。ピリピリした空気を孕む男たちにアキマサは楽観的に声を掛ける。
「お前らも戦争しに来たのか?」
「『も』ということはテメーらも戦争に行くわけか。俺らの取り分はちゃんと出るんだろうなぁ? タダ働きはごめんだぜ」
釣り上がった細目をさらに細く狭めて眉を顰める。5人の男たちはもみあげと襟足を刈り上げ、頭頂部を黒々と残したおそろいの髪型をしており、引き絞られた肉体は関節の可動域を考え、筋肉を育て過ぎないように計算されているように見える。全身が日に焼けて浅黒く健康的に見える半面、頑張って無駄な筋肉を落としているせいか頬がこけてしまっていて、頬骨が目立って瘦せすぎな印象を与える。
全員が画一的に同じ見た目をしているので、長い時間一緒に過ごさないと名前を言われても誰が誰かなど判別出来ないと予想される。
グルガンがどこの誰かを問おう口を開きかけるよりも先にシズクが話始めた。
「この方たちは拳法国ライレンの格闘士たちですよ。武器よりも素手で戦うことを旨とし、日夜鍛錬に勤しむ兵。あたしは接点がありませんけど……」
「私は一つ技を教えてもらったことがあるぞっ」
ヒビキは自慢げに口を挟む。2人の女性を見た男の1人はハッとする。
「何者かと思えば龍球王国の者かっ」
その気付きに全員が腑に落ちた表情を見せた。
「つまりドワーフ国との友好を加味し、我ら同様に加勢を申し出たというわけだな? 機界との小競り合いが戦争になった途端とは目聡い連中よ」
「俺らは最近ようやく『剛槌王』との謁見が許されたってのに。あっという間にこの部屋に招かれていい気なもんだな」
格闘士たちは皮肉と嫉妬を織り交ぜながらぶちぶちと文句を垂れ流す。控えめに言って態度が最悪である。
「なんだオメーら? 俺たちに喧嘩売ってんのか? 喧嘩なら買うぜ?」
ディロンはズイッと前に出て威圧する。
「何を言う。我々は当然のことを言ったまでだ。喧嘩を売ってるのはむしろそっちだろうっ」
「あ? さっきから聞いてりゃぁよぉ、こっちが言い返さないからって好き放題吐き散らしてるじゃねぇか。それがまかり通るならこっちが文句垂れても問題ねぇってことだよなぁ? 細目野郎ども」
「っ!?……テメェっ!!」
ディロンのすぐ側に居た男が声を荒げて掴みかかる。服を引っ張られたディロンは男の目と鼻の先まで顔を近づけて煽りながら睨み付けた。
「あ? 俺は見たままを言ったまでだぜ? 何か悪いことでも?」
「身体的特徴を揶揄するんじゃねーよっ!!」
「へぇ? それじゃさっきのおっさんに言った暴言は許されるのか? それともドワーフへの中傷はオメーらの中じゃ許されるのかよ?」
「なっ!? う、うるさいっ! テメーには関係ねぇ事だろうがっ!!」
男たちはいきり立ち、ディロンを敵視する。戦争前だというのに内部分裂が起こるのではないかと思われるほどの怒りが部屋に充満する。
ライトは頭を抱えるように呆れる。確かに拳法国ライレン出身の男たちは礼儀を欠いている。相手に対しては悪口だと認識していないかのように暴言を吐くが、自分に置き換わったら喚き散らす。このような道理がまかり通るはずもないが、ディロンもディロンである。戦えそうなにおいを嗅ぎ取って自ら飛び込んでいったのは明白。どちらも身勝手が過ぎる。
「やめぇいっ!!!」
いつ何時手が出るかというところで怒号が飛ぶ。いつからそこに居たのか、後ろ手に腕を組んだ猫背のちょび髭男がそこに居た。立て襟で首を隠し、丈の長いゆったりとしたローブ状の上着に丈の短いベストを重ね着している。両サイドにスリットが入っていて、動きやすさと足さばきを兼ね備えた合理的な民族衣装だ。拳法国ライレン出身という空気をこれでもかと漂わせている。やはりこちらも目が細く釣り上がっているが、男たちと違って髪が長い。髪を伸ばすことは何か特別な意味がありそうだった。
「老師っ!」
男たちは慌てて姿勢を正し、ロン毛ちょび髭の老師に向き直る。
「ろうしだぁ? 変な名前だな」
「ははっ、いや違う違う。老師ってのは先生という意味さ」
アキマサは笑いながら訂正する。言われてみればちょび髭男が現れてからの男たちの態度はガラッと変わった。老師を慕っているのか、それとも恐れからか身じろぎ一つない。
「この私が席を開けている間にこのザマかっ。おんっ?! 何があったのか説明してみろっ」
組んだ腕を解いて5人を1人ずつ指差しながら威圧的に質問する。男たちのリーダーであることは間違いなさそうだ。この部屋であったことを簡潔に説明され、老師は頭を小さく横に振りながらため息をついた。
「まったく……血気盛んであることは結構。しかし使うべきところを誤れば敵も味方もなくなり、やるべき目標も見失う。……精進しろ。そのままでは教え導く立場には到底なれないぞ?」
老師の言葉に肩を落とす男たち。老師はディロンに視線を移し、会釈程度に頭を下げる。
「私の弟子たちがすまなかった。この顔に免じて許してはくれまいか?」
「あ?……ま、俺も言い過ぎたな。どっちもどっちってことで手を打ってやる」
「ふははっ、感謝する」
快活に笑った老師はディロンたちを見回し、アキマサに目を付けた。
「龍球王国の人よ、共に戦えることを心から感謝する」
「こっちもだ。拳法国ライレンの噂はかねがね。研鑽を積んだその武術を頼りにしてるぜ」
「うむ、とくとご覧あれ。差し当って、我らライレンを一番槍に据えて欲しいと考えているのだが、どうだろうか?」
「……行きたいって言うなら止めねぇけど、まさかここに居る6人が全員ってわけではない……よな?」
「当然だ。我々もそれなりに数を集めてきている。ざっと3、40といったところか」
胸を張る老師だが、一個小隊規模では広い戦場をカバーしきれない。拳法国は戦力を出し渋っているのか、それともこれが限界なのか。国王グスタフが龍球王国だから歓迎した裏には拳法国の為体があるのではと邪推してしまう。
アキマサが「なるほどねぇ〜」と陽気に流す中にあって、グルガンは冷徹に質問する。
「手柄が欲しいか?」
「ん?……どこの国の人か存じ上げないが、お察しの通り。我々は手柄を持ち帰ってドワーフ国との友好と外貨獲得のために動いている。修行の成果を存分に発揮する場でもあるので、どうか我らを先行させていただきたく……」
「よかろう。そういうことなら格闘家諸君には先陣を切ってもらい、可能であれば敵将を討ち取って欲しいと願っている。もちろん、この後の作戦会議には参加してくれるのだろう?」
「あ、あー……どうやらあなた方の中で決定権をお持ちなのはあなたの様ですな。無論、参加させていただきます」
老師は右拳を左手で包み込む拱手の礼で感謝の意を表した。




