445、ドルドバーン王国
「なぁおい。こいつをどうにかしてくれよ」
オディウムは怒りと困惑が綯い交ぜになった表情でグルガンに訴える。長い通路をドワーフに先導されながらチラッとスロウを見た。スロウは3頭身くらいまで縮んだオディウムを抱きかかえながら満足そうにむふーっと鼻息を吹いていた。
「……スロウのやる気を削ぐわけにはいかない。我慢しろ」
「っざけんな! 俺はぬいぐるみじゃねぇんだぞっ!」
エデンズガーデンにとっての凶兆が世界に轟く中、グルガンたちはドワーフの国『ドルドバーン王国』に入国した。
長い年月をかけ、鉱山を削り出して作られた洞穴の秘密基地的な王国。ドワーフは身長が低く、一軒一軒の建物はこじんまりとしているが領土はだだっ広く、石造りの歴史ある建造物が所狭しと並んでいる。ドワーフたちは山が崩れない様に細心の注意を払いながらトンネルを掘り、際限なく掘り出される鉱物と加工品を輸出することで国家を運営している。
そんなドワーフの国は現在、機界大国ジェムクロフトと戦争の真っ最中であり、町中がピリピリとした空気を漂わせている。本来、戦争中の国であれば敵の侵入を警戒して入国は厳しく制限されるはずだが、アキマサたちが龍球王国の住人であったことと、龍球王国の権力者であったことが良い方向に働き、機界大国の技術力と戦力に押され気味だったドワーフたちは藁にでも縋る思いで入国を許可した。
そのためかなり早く入国を許されたが自由にドワーフ国内を動くことは出来ず、グルガンたちはすぐさまドワーフの王であるグスタフ=ドルドバーン王に謁見させられることになった。
小さな建物とは打って変わって山を貫くほど高く大きく硬い鉱物を削り出して作った彫刻の城。芸術性が高く、様々な模様や生き物のレリーフが目を引く。すべての生物が偉大なる王に傅き、敬い、奉ることが本懐であるとの考えと、ドワーフたちの手先の器用さを利用して建築された。
最初は王のわがままから強要された建造物だったが、今では職人が趣味でトンカチ片手に彫刻を増やし続けている。いずれ外壁はすべて模様で埋め尽くされることだろう。
「……戦争だと? 聞いてない情報だな」
玉座の間で王の入室を待っている間、グルガンは周りを見渡しながら小声でアキマサに話しかける。
「……ああ、俺たちも知らない情報だよ。俺が掴んでたのはドワーフたちが機界の横暴に手を焼いて小競り合いをしていたってことだけだな」
「ん? なんだ、よく知っているじゃないか」
「いや、だから。まさか戦争なんて大事になるとは思ってもみねぇって。まして魔神が襲来してるってのに戦争なんてしないだろ。まったくの想定外だよ」
アキマサは今の状況に呆れ返っている。今こそ手を合わせる時だというのに、ここぞとばかりに侵略に出る国家があるなんて考えたくもない。2人の会話を聞いていたシズクは暗い笑みを浮かべる。
「あたしはアキマサとは別の見解ですね。隙あらば攻勢を仕掛けるのは機界の性質に即してます。つまり何が起こっても不思議ではない」
シズクは一時期、機界大国に留学していた経緯がある。数年住んでいた経験から国民性を肌で感じ取ったシズクには、世界情勢を無視した戦争行為など特別驚くこともない。
「……それは良いが、この先どうするつもりだ? まさか戦争に参加するなんていう気じゃ……」
ヒビキが心配する中、ディロンがヌッと顔を出す。
「へっ、臨むところだぜ。戦いらしい戦いが出来なくて体が疼いていたんだ。機界の野郎どもをビビらすってのも悪かねぇぜっ」
「何を馬鹿な。協力の要請をしにいくのに恐怖で縛るなど、やっていることは侵略者と何ら変わらない。一致団結することが敵に勝つ唯一の方法だと私は思うが?」
即座に切って落とすヒビキの返答に軽口を叩いたディロンは気圧される。ライトもヒビキに便乗して「そうだ」と口を開いた。
「だいたいお前は血気盛んすぎる。昔に比べたら信じられないほど強くなったが、調子に乗っていると後で痛い目を見るからな」
「う、うっせぇっ! 生意気抜かしやがってっ! 戦争の仲裁に綺麗も汚いもあるかよっ!」
2人に責められたからか興奮して声が大きくなる。焦ったウルラドリスとフローラ、ジュール、ヴォルケンの精霊王たちが口元に人差し指をあてがって一斉に『しーっ!』と静かにする様求めた。当然小さな衛兵たちもギロリと鋭い目で睨みつけてくる。多勢に無勢の状況には流石のディロンも口を閉ざす。
「随分と威勢の良い客人だな」
野太い声が玉座の間に響き渡る。振り返るとそこには金色の王冠を被ったいかにもな男が近衛兵と宰相と思われる男を引き連れて入り口付近に立っていた。
『剛槌王』グスタフ=ドルドバーン。
ドルドバーン王国の9代目国王。年齢は200歳を超えており、身長こそ低いが横幅が異常。全身が岩塊のような筋肉で覆われている。灰色混じりの長い髭を腰まで伸ばしており、髭には黄金や魔石で作られた装飾品が編み込まれ、金属繊維で編まれた豪華な服を見に纏う。
見た目から自己顕示欲の強いイメージを湧かせるが、顔には無数の火傷跡があり、左目は若い頃に失っていて黒曜石の義眼が嵌め込まれている。過去壮絶な何かを経験した様な痕跡は『剛槌王』と呼ばれるに相応わしい出来事があったに違いない。
「その者の言う様に戦争に綺麗も汚いも存在しない。出来うる全てを力の限り使い果たし、命を賭けて国に奉仕する。それこそ国民の為すべきこと……」
コツンッコツンッと革靴の甲高い音を鳴らしながら玉座にまっすぐ歩く。真っ赤なカーペットを悠然と歩くグスタフの道を遮らぬ様にグルガンたちは傍に退ける。ステージに上がる様に一歩一歩階段を上がり、全てを見下ろせる玉座に座ったグスタフはジロリとグルガンたちを睨み付ける。宰相はその意味を理解し、グルガンたちに向き直る。
「王の御前である。頭が高い、控えろ」
本来控えろなどと急に言われても難しいだろうが、周りの衛兵は即座に跪き、無知な客人にどうすれば良いか見せつける。そんなことなど百も承知だが、グルガンたちはあえて礼儀に反する。
「ん? 何をしている? まさか分からんのか? ふぅ……まったく。周りを見て察して欲しいものだな……」
宰相は呆れ返った。だが全く跪く気配はない。実はアキマサとシズク、そしてヒビキの龍球組は礼を尽くそうと屈みかけたのだが、グルガンが手をかざして制した。ヒビキは「失礼だろう」と憤慨しかけたが、アキマサが宥めたことで策略の意図を感じ静観を決める。
グルガンが止めた理由は実のところ策略ではなくウルラドリスやフローラたちにある。王の称号を持つ者たちはドワーフの王如きに跪いたりはしない。それがたとえ方便であっても。
「申し訳ないのだが、こちらにはこちらの事情というものがある。察していただけるとありがたい」
「なっ!? 無礼な奴らめっ! この場で即刻処刑するぞっ!」
周りで跪いていた衛兵たちも立ち上がり、武器を構えて脅しかける。
「落ち着け。我らは対等な関係を求めている。具体的には双方の得になるように話し合いたい」
「礼儀を欠く蛮族どもの話など……っ!!」
「まぁ待て。重要なのは貴公らの現状だ。機界大国との戦争。今にも攻められるかもしれないという緊急時に、素性も分からぬ我ら渡航者を入国させ、且つ国王との謁見を急いだ。無論、ここに居るアキマサ、シズク、ヒビキの3人は龍球王国でも屈指の権力者たち。龍球王国の力を借りられると踏んでのことだろうが、約束も取り付けていないというのに入国許可までの過程があまりに性急過ぎる。力を借りられるならたとえ蛮族であろうと手を取る気概を感じさせる」
グルガンの言葉に動揺を隠せないドワーフたち。国王のグスタフだけは表情一つ変えることなくグルガンを見据える。
「そこでだ、我らはこのドワーフの国に加勢しようと考えている」
「加勢……だと?」
「うむ。しかし龍球王国は未曽有の危機を経験したばかり。今は復興のために心血を注いでいるため、他国に戦力を割く余裕などないのでな、我らだけで機界大国と戦うことになるが……」
「……バカな。それでは話にならない。相手の戦力を知らんのか? 大軍勢にたかだか数人では多勢に無勢。個人の力がいくら強かろうともどうしようも出来ない現実があるというものだ」
「一理ある。つまり貴公らは大軍勢が欲しいのだな?」
「当然だ。喉から手が出るほどにな……」
グルガンはスロウの手元、抱き抱えられたオディウムを見てニヤリと笑った。
「アテはある。何なら我らだけで機界大国を押さえ込んで見せよう」
グルガンの自信たっぷりの発言に静観していたグスタフはたまらず高笑いした。
「ぬははははっ!! これほどまでに豪気なセリフがあろうかっ!……言ったな? 客人よ。王であるこの儂の前で言い切った以上、吐いた唾は飲ませぬぞ? 戦争を引き受けるというその覚悟に免じてそなたらの非礼は水に流そう。必ず押さえ込むのだ」
「よかろう。それで……」
続くグルガンのセリフをグスタフは右手を上げて制する。
「対等な関係を求めたな? しかしだ、そなたらが何を欲していようとも交渉のテーブルに着くのは仕事を終えてからだ。まずはこの儂を信用させてみよ」
グスタフの言葉にグルガンは頷いた。
ドワーフの信頼を勝ち取るために引き受けたのは戦争代行。
正直、シズクやヒビキ、ライトやディロンたちも訝しむ。過去との決着やデザイア軍との戦いなど、それぞれの思いや、やるべきことを放っておいてまで人間同士の戦争に加担するべきではない。
それにドワーフの国と機界大国では国土的にも戦術、戦略、戦力、どれを取っても圧倒的な差が存在する。仲間に引き入れるとして、強大な敵との戦いが優位になるのは絶対的に機界大国だ。卑怯卑劣と罵られてもドワーフを攻め落として機界大国に媚びを売った方が得になるのは明白。
しかしグルガンは早々に見切りをつけることなくドワーフ側についた。一見損をする様にしか見えない状況。グルガンの真意を読めるのは一握りであるため、大半は困惑するかそもそも話を聞いていないかにリアクションが別れるが、アキマサだけは余裕そうにニヤリと笑っていた。




