442、魔神の勧誘
「よくぞいらっしゃいましたっ! ドラグロス様っ! グレゴール様っ! そして……ああ、レッドさんですか。いやいや、長旅ご苦労様です」
オーギュストの要塞に出向いた3人を待ち受けていたのはオーギュストの歓迎である。予約していた高級宿泊施設の従業員のような腰の低い態度の上、最敬礼で迎え入れられた。
「随分な低姿勢じゃねぇかオーギュスト。デザイアを裏切った俺らに贈る態度とは思えねぇがな……」
「そんなことはございません。あのデザイア様に反旗を翻すなど凄まじいこと。私は感服いたしました。……立ち話もなんですから、どうぞこちらへ。お話ならばお茶でも飲みながらじっくりと伺いましょう」
オーギュストに案内され、奥へと進む。道中ちらほらと跪く魔王たちを横目に見ながら歩みを止めることなく大広間に到着する。そこには大きな机が用意され、既に来ることが想定されていたのか3つの椅子とティーセットが用意されていた。人数まで読まれていたことに薄気味の悪さを感じたが、フェイルが1人椅子の上で膝を折りたたんで小さくちょこんと座っているのを見て直前に用意されたのだと思い直した。
「ふんっ、よくもノコノコやってこれたものですね。この裏切り者」
「フェイルさん。お行儀が悪いですよ? まずは魔神の方々に挨拶をしてください」
「うぃ〜っす」
「フェイルさんっ!……まったくしょうがない子ですねぇ。誠に申し訳ございません。後で言って聞かせますので……」
オーギュストはぺこぺこと頭を下げながらドラグロスとグレゴールの椅子を引いて座る様に促す。レッドの椅子の前に来た時、背もたれに触れたが椅子を引くことなく離れる。椅子を引いてくれなかったことに一瞬困惑したが、ドラグロスとグレゴールは統治者で偉かったり元仲間だったりするのでその関係だろうと自分の中で納得した。
全員が座ったのを確認し、オーギュストは最後に椅子に座る。
「さて、わざわざここまでお越しいただいた理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
「単刀直入ねオーギュストちゃん。先ずはお茶を飲んでからにしない?」
「ああ、これは失礼致しました。配慮が行き届かず……」
オーギュストが慌てて魔法を使用し、ティーポットを浮かせたが、ドラグロスが「いらねぇよ」と突き放す。
「茶なんてどうでも良いぜ。とっとと用件を済ませるぞ」
「おやおや、これはこれは……せめてグレゴール様の分だけでも入れさせていただけないでしょうか?」
「チッ……おいオカマっ。お前のせいでせっかくのテンポが台無しだぜ」
ドラグロスの文句を意に介すことなくグレゴールはカップに注がれたお茶に口をつける。
「あ、じゃあ俺も……」
言いかけたレッドだったが、ドラグロスの視線に萎縮して顔を反らした。
「眼の前に用意してますのでご自分でどうぞ」
オーギュストはヘラヘラしながらも冷たく言い放つ。レッド的にはせっかくなのでオーギュストに入れて欲しかったが、ドラグロスの手前、そうも言えないので仕方なく自分で注ぐ。
「……ったく、もう良いよな? おいピエロ。お前俺たちの仲間に加われ」
「直球ですね。もう少し捻った言い方でじわじわ攻めてこられるかと思いましたが……」
「この俺がそんなタマじゃねぇことはよく知ってんだろうがよ。冗談を言ってる間に答えたらどうだ? 仲間になるのか、ならねぇのか」
「せっかちですねぇ。グレゴール様の時にはもう少し時間を設けたと認識していますが、私には即断即決を求めますか。私にも考える時間を頂きたいものです」
椅子の背にもたれかかりながらオーギュストは肩を竦める。
「っざけんな。もう既にルークフィンもマイラも来てんだ、時間なんざねぇんだよ」
「存じ上げておりますよ。何なら挨拶も済ませております。2人ともお変わりなくお元気そうで……」
ドラグロスはバンッと軽く机を叩き、澄まし顔のオーギュストを睨みつけた。
「時間稼ぎのつもりかよ。俺をイラつかせたらどうなるか思い知らせてやろうか?」
「まぁ落ち着いてくださいよ。どれだけ焦ってもどうしようもありませんよ? もう起こってしまった事象を取り返せない様に、たとえどれだけ戦力を集めようとも彼の方の侵攻は誰にも止めることが出来ません。あなた方の頼みの綱であるレッドさんをもってしても、ね」
オーギュストはニヤニヤと笑いながらカップを手に取ってお茶を一口啜る。その言い分にグレゴールは思わず笑いながらカップを置いた。
「結局行き詰まりね。知らないからそんな結論になるのよ。レッドちゃんの力を知れば、あなただって考えを改めるわ」
「私が? 考えを改める? 面白い発想ですねぇグレゴール様。しかしながら、私は既にレッドさんの情報を得ています。彼の力なら知っておりますとも。つまり言われるまでもなく、考えが変わることなどあり得ないんですよ。……ですが不思議なものですね。デザイア様から恐怖を与えられた身でありながら人間1人の力を信じ、命を賭けて戦おうなどと……魔神で在らせられる御二方にそこまで踏み込ませたレッドさんに興味がございます」
身を乗り出してレッドを見据えるオーギュスト。すべてを見透かすかの様にギラリと目が光った。
「私を仲間に加え入れたいのなら、まずあなたのことを教えて下さい」
このタイミングで話しかけられるとは露程も思っていなかったレッドはちびちび飲んでいたお茶が気管に入りそうになり咽せる。
「ゴホッゴホッ……な、なんです?」
「ふぅむ。そうですね……あなたに質問致しましょう。あなたには控えめに言って魔神レベルの力が備わっています。何故この世界を支配していないのですか? 支配しようとは思わなかったのですか?」
「へ?……魔神?」
レッドは腕を組んで考える。オーギュストの言葉をレッドなりに咀嚼した結果、『もしも、魔神レベルの力をレッドが手にしたら……』に解釈した。
「……支配って何がそんなに良いんですか?」
「ん?」
「いや、俺は今まで生きてきて不自由に思ったことは……まぁちょっとはありますけど……そんな不便に思ったことはないですし、割と気楽に生きています。支配する必要はないかなって……」
「あなたは既存のルールで十分だと言うのですか? その力を振るえば全ての欲求をあらゆる方法で自由に満たせるというのに?」
「だって俺には政治とか無理ですし、管理も出来ませんし、怖がられるなんて嫌ですから。店で気兼ねなく食事したいですし……」
ザ・平凡。レッドには野心というものが見られない。農家や町民として田舎に引っ込んで静かに暮らしている方が似合っている。これも力を持ってしまったがための影響なのか。そもそもどうやって今の力を手にしたのか疑問ではある。生まれた時から強ければ傲慢になりそうなものだが、レッドはそんな小さな枠に収まることのない別の何かなのかもしれない。
オーギュストはドラグロスやグレゴールが見たことのない最もつまらなそうな顔を見せ、鼻を鳴らして椅子の背にもたれかかる。
「そういう細かいことを全て無視出来るのが支配の強みでしょうに。……ではもう1つ質問します。支配者になろうと思わなかったのであれば、誰かを救い、英雄になろうと思ったことがあるのでしょうか?」
「え……」
レッドは逡巡する。今度は力以外の話になったというのに魔神の力ありきで質問するオーギュストが何を考えているのか測りかねていたからだ。ドラグロスにもグレゴールにも勝ちを譲ってもらった自分に魔神の力が備わっている想定で話を振るなど不毛に思えた。
とりあえずレッドは力の存在や所在を脇に退かせて質問に答えようと頭を捻る。
「つまり勇者になろうと考えたということですよね? 考えたことはないです。俺が何かしようと思ったことは空回りすることが多いですし、逆に何もしなかった方が良かったんじゃないかって思うことの方が多かったりします。助けを請われてやったことが、結果的に邪神を復活させることにつながったこともあるので……」
ミルレースのことを思い出して声が尻すぼみになる。間違っていないと思いたかったが、フィニアスの助力がなければ異空間に閉じ込められたままだっただろうし、グルガンがいなければミルレースを倒すことは出来なかっただろう。ライトやオリーのアシストとグルガンの驚異的な先読みでミルレースのトドメをレッドが担うことになり、ちゃんと倒せたから責任は果たせた様に思うが、1人ではどうすることも出来なかったのは歴然。称えられるべきは自分以外だと改めて認識していた。
「……理解しました。あなたは元からそういう心理で生きてきたのですね。実に勉強になります。……よくもまぁ、このような存在に全てをかけようと考えましたねぇ。全くお笑いです」
オーギュストはスッと立ち上がる。
「あなたにはガッカリですね。デザイア様の器に近い存在であれば、私が仲間になり、力を惜しみなく使用して手助けする未来もあったかもしれません。……支配にも興味がなく、周りを気にして力を十全に振るうことも出来ない。いくらこの世界で1番強かろうと、主張もなければ思想も薄い。この様な方がデザイア様を満足させられるはずもありませんね」
その言い分はドラグロスの逆鱗に触れた。
「何? デザイアの満足……だと?」




