437、新たなる魔神
──ゴゥンッゴゥンッ……
空間を裂いて現れた空に聳える2つの島。
真っ赤なルビーの如く透明度の高い鉱物が針山のように無数に突き出て、触れるだけで傷付きそうなほどの危険な島。そして日光を照り返す全てが黄金色で装飾された超巨大な黄金の島。
任務遂行によりデザイア凱旋の日に間に合わなかった魔神たちがようやく到着したのだ。
──ガチャンッ……ゴゴゴゴゴッ
巨大な門が開かれ、2つの影がデザイアの城へと招かれる。逆らうことなく奥へと進み、玉座の間へと到着した。
「デザイア様ぁぁんっ! 今戻りましたぁ~っ!」
ハートが飛んでいるかのような猫撫で声でウキウキと入って来たのは赤い髪の女性。髪をショートカットに切り、もみあげだけ長く残している。瞳の色が金色でツリ目。恐竜かと見まごうギザギザの歯が特徴的で、口元は凶悪そのもの。レザーのブラに際どいショーパンを履いた衣装からは、夜しか出歩かない遊びが過ぎるギャルのような印象を与える。体系はスラッとしていて上半身の肉付きはあまり良くないが、その分お尻や太ももに肉が集中しているように太い。
両手の肘までを覆うような赤い手袋と両足首から下の紅い足袋の模様が絶えず流動していて違和感を覚えるが、それ以上に彼女から漂う只ならぬ雰囲気が見る者に警戒心を持たせる。
『憂鬱の魔神』マイラ=イブリース=バートリ。
元の世界では『紅蓮』の他、様々な異名を持つ強大な魔女。
そして、マイラに追従するように姿を現したのは金色のカイゼル髭が特徴的な初老の男性。
何事もお見通しだと言いたげな冷徹な瞳に、への字に結んだ口。長身でやせ型、金髪のロン毛をオールバックに撫でつけ、おしゃれな片眼鏡を付けた紳士。フロックコートを羽織り、ベストのポケットに入れた懐中時計のチェーンが揺れる。よく磨かれたピカピカの革靴を軽快に鳴らして入室する。
醸し出す雰囲気は一昔前の英国紳士。今の服装にシルクハットと大曲ステッキを持たせればどこかの国の貴族が紛れ込んできた様に錯覚することだろう。
古風な服装を着込む反面、古めかしさを感じさせない。指先までこだわる神経質なまでの几帳面さの中に遊び心を持たせた彼もマイラと同じく魔神の1柱。
『虚飾の魔神』ルークフィン=ヴィンテージ。
彼も元いた世界では様々な異名を持っていたが、中でも彼に相応わしい異名を1つ挙げるなら『万能』だろう。
2柱の帰還を鷹揚に頷いて迎え入れたのは玉座に鎮座する彼らの主人、デザイア=オルベリウスだ。
「よくぞ戻ったマイラ、ルークフィン。お前たちの到着を首を長くして待っていたぞ」
「光栄ですデザイア様ぁ。片時もあなた様を忘れることがなく、お会い出来る日を指折り数えてたのっ。ほら、マイラってぇ真っ直ぐで一途だからぁ、デザイア様以外目に入れたくないっていうかぁ、とにかく今後はお側に置いて欲しいと思っててぇ……」
マイラは両手で自分の顔を挟んで頬を赤らめながらデザイアへのアピールを欠かさない。その光景を冷めた目で見ていたルークフィンはあることに気づいた。
「……マイラ殿のデザイア様への忠誠は素晴らしいものがありますな。マイラ様からの提案、是非ご一考を。……ところで1つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「よかろう。なんだ?」
「ありがとうございます。先ほどから他の魔神の方々が見えませぬが、皆任務でござまいましょうか? ガルム殿はままあることですが、モロク殿まで不在とは……未だ世界の形状が保たれていることが不思議でなりませんな」
ルークフィンはカイゼル髭を指で挟み、ネジネジと指の腹で擦り合わせる様に弄っている。デザイアが口を開くその前に玉座の間に声が響き渡った。
「お疲れ様でございますっ! ルークフィン様っ! そしてマイラ様っ! 何事もなく戻られると心の底から信じておりましたよっ!!」
その声にマイラとルークフィンは振り返る。そこにはオーギュストが心底嬉しそうに立っていた。
「チッ……ピエロかよ」
目を細め、睨む様にオーギュストを見るマイラ。先の猫撫で声からは考えられないほどドスの効いた声が同じ口から発せられた。
「オーギュスト殿も息災の様ですな。まったく嬉しい限りです」
「ふふふっ、皮肉はその辺で。先の質問には私が答えましょう。と言っても、何から答えて良いのやら……」
オーギュストは肩を竦め、ため息混じりに首を横に振る。そうして言い渋るオーギュストの目の前に赤い刃物が突きつけられる。顔を上げるとマイラが赤く流動する手を刃物に変えて突きつけていた。
「勿体振ってねぇでとっとと話しやがれ。デザイア様との再会を邪魔されてイラついてんのが分かんねぇのか?」
「おー怖っ。マイラ様は相変わらずですねぇ。……分かりました。どうせ隠せる問題でもありませんし、全てお話しましょう。ガルム様、モロク様、並びにヴァイザー様。彼らはお亡くなりになりました」
オーギュストの言葉にマイラとルークフィンの動きが一瞬止まる。
「あり得ねぇだろ……。ヴァイザーのジジイはともかくとして、あのガルムとモロクだぜ? どうやって殺せんだ? あんなもん」
「さぁ? 私は立ち会ってないので何とも言えませんが、ガルム様もモロク様もヴァイザー様も割と正攻法で倒されたことだけは事実です。ちなみに倒された順番も先ほどから私が列挙している名前の順番で倒されていますので悪しからず……」
これにはたまらずルークフィンが目を見開いた。
「なんと……ガルム殿はこの世界を死に場所に選んだということですか……」
マイラは突きつけていた刃を引っ込めて腕を元の状態に戻すと困惑した顔でデザイアを見る。デザイアもコクリと頷いて真実であることを知らせた。マイラは伏し目がちにデザイアから視線を外し、オーギュストをギロリと睨み付ける。
「最初に死ぬのはジジイだと思ってたがな……誰がやった?」
「私が掴んだ情報によると、ガルム様はこの世界の住人であるライト=クローラーにとどめを刺されました。モロク様はドラグロス様が反旗を翻し、ドラグロス様の辛勝。残るヴァイザー様はこの世界の魔族、ゴライアス=大公=グルガンに倒されました。皆様、誉ある最後を迎えております」
オーギュストの説明にデザイアは「……ゴライアスか」とポツリ呟いた。
「おい。俺は聞き逃さねぇぞ。ドラグロスだと? あのトカゲ野郎が何でしれっと反旗を翻してんだよ。おかしいだろうが」
「事実を申したまでです。ちなみにグレゴール様も最近裏切りました」
後から出てくる新情報にマイラは段々と感情的になってくる。
「……デザイア様を裏切る? それこそあり得ねぇ。命一つじゃ贖えねぇ罪だ。とりあえず全員ぶっ殺すのは決定だが……」
「この世界に降り立ったばかりのマイラ様には分からぬことは多いかと存じます。1つずつ順を追って説明するのがあなた様の命をつなぐことになりましょう」
「この俺がやられるってか? ざけんな。まずはお前が俺の力に飲まれてぇ様だな……」
全身からオーラを発し、敵意を剥き出しにしている。一方的な敵意で一触即発の空気が漂う2柱の間をルークフィンが遮る。
「おやめ下さい。デザイア様の御前でございますよ?」
その瞬間にマイラは敵意を鎮め、反省の色を見せる。オーギュストは絶えずニヤケながら楽しそうにしている。
「さすがはルークフィン様。止めに入っていただけると信じておりました。そしてあなたも感じたかと思われますが、このところの動乱によって玉座の間も随分と寂しくなってしまいました。この状況には私も憂いております」
全く憂いている様に見えないオーギュストの白々しさにマイラは鼻で笑ったが、オーギュストは気にすることなく「そこでっ」と切り返した。
「デザイア様、そろそろ本気でレッド一味を潰してはいかがでしょうか? 彼らの努力、彼らの希望、彼らの縋る全てを叩き潰し、分からせるのです。デザイア様に逆らうことの愚かさというものをその身に刻んでやろうではありませんかっ!」
高らかに進言するオーギュストだが、それを聞いたマイラは憤慨する。
「レッドだぁ? 誰だか知らねぇけど調子に乗るなよピエロ。誰に口をきいてやがる? デザイア様に対して無礼だぞ」
全てはデザイアが決めることである。部下が『かくあるべき』と誘導し、発破をかけることは進言の枠を超えた主人に対しての侮辱とも捉えられる。これにはルークフィンも頷く。
「吾輩もマイラ殿の意見に賛成ですな。すべてはデザイア様の意のままに行われるべきこと。発言されるのは勝手なことですが、分を弁えていただかなければ困ります。……それで、いかがいたしましょうかデザイア様。愚鈍なる吾輩どもに下知をお与え下さいませ」
ルークフィンの深々下げたお辞儀にデザイアは目を光らせた。
「よかろう。だがその前に」
デザイアは重い腰を上げ、玉座から立ち上がる。
「『黒欲聖典』を召集し、戦力の増強を図る。その後、然るべき任務を授ける」
ルークフィンは即座に「畏まりました」と受諾するも、マイラは苦々しい顔で「えぇっ……あいつらかよ……」と心底嫌そうに呟く。
「そうだ。全員が魔神レベルの実力を持ち、私への忠誠心も高い。特にノヴァリンドにはヴァイザー亡き後の魔神の座を約束していた。……ふっ、ここらで巻き返しといこうではないか」
「そういえばそうだった……ジジイのせいで面倒なことになるわ〜……」
マイラは頭を抱える。オーギュストに取ってもこの反応は予想外だった。
(……レッド=カーマインにここまで虚仮にされても動きませんか。何を躊躇っておいで何でしょうねぇ……?)
デザイアの瞳の奥底に映る何者かの影を追いながらも、オーギュストはただデザイアの決定に従う。




