436、絶望の追加
グレゴールは浮遊要塞の上で瓦礫が片付けられていく様を眺めていた。ほとんど片付けられた中心街は壁のない平地となり、酷くこざっぱりしてしまった。歴史ある建造物も最近建てられたばかりの家々も均等に消滅し、これからまた新たに時間を掛けて街になっていくのだろう。神との死闘にしては規模が小さく見えるが、損害はかなりのものだろうと想像がつく。
「おいオカマ。高みの見物か?」
そこにドラグロスがやって来た。
「こんなところで黄昏れてるくらいなら下行って手伝ったらどうだ?」
「やーよ。汚れちゃうし……」
「っんなこと気にするタマかよ」
「なによ? 普段あんまり話しかけてくれない癖に今日は積極的じゃないの」
グレゴールは肩越しにドラグロスを見る。その目線を外すようにドラグロスは遠くの空を見た。
「まあな。デザイアの喉元に爪が掛かっている状態ならクソジジイだって利用してやるが、お前は違う。目指すべき場所が同じなんだから意思疎通くらいはしとかねぇと……」
「うふっ。なにそれ? 素直に仲間だって言いなさいよ。たまたま目的が同じなら敵同士でも手を組むことがあるものよ。私たちは元より敵でも何でもないんだから仲良くして損はないでしょ?」
「……そりゃそうだが、俺はお前が危険に曝されても助けるつもりはねぇぞ? もしお前の命を助ける代わりにデザイアにトドメをさせられねぇって時は迷わずお前を切る。お前も俺がピンチの時はそうしろ。こういうのは損得勘定で動くくらいが丁度良いんだ」
本当に同じ方向を目指しているのかと問いたくなる程冷たい意見だ。だがグレゴールは鼻で笑って視線を前に向ける。
「あー、はいはい。そーかもねー」
気の抜けた声にドラグロスはムッとしたが、別に突っかかるほどでもないと心に落とし込む。
「……っんなことより今後のことだが、やっぱ無難にあのピエロを取り込んどくべきか?」
「オーギュストちゃんを仲間に?」
「そうだ。あのピエロは常に実力を隠して行動してやがるが、デザイアの野郎が魔神の称号を与えるだけの力は持っているはずだ。もし取り込めたとして裏切らねぇとは限らねぇけど……」
「あの子は動かないでしょ? デザイアちゃんの命令ですらおざなりないい加減な子よ?」
「仲間になったなら無理やり戦いに引きずり込んじまえばいいんじゃね? とにかく、数は力だ。一度野郎と顔合わせして必要なら脅してでも……」
言い終わる前に何かを忘れているような違和感を感じた。それと同時にざわざわと胸が騒ぎ、何かに追いつめられているような焦燥感が這い上がってくる。それはグレゴールも感じたようで、とんでもないミスをしてしまったような心臓が冷たくなる感覚を覚えた。
「……ねぇ、感じた?」
「ああ。これはデザイアのものじゃねぇ……」
その瞬間に2人の脳内に魔神の影が2つチラついた。ドラグロスとグレゴールはは冷や汗を流しながらデザイアの浮遊要塞が鎮座する方角を睨む。
──メリメリメリ……
空間が裂ける。ガラスを割った時のような亀裂が走り、透明な薄い膜を押しのけるようにめくれ上がる。そうしてこの世界に侵入してきたのは巨大な黄金。金の輝きに満ちた超巨大な浮遊要塞が遠くの空に現れた。さらに金の浮遊要塞と比べれば小さいが、別の赤い棘のような水晶が覆い尽くす浮遊要塞も現れる。
その2つの要塞を見た2人は頭を抱えた。
「やべぇ……あいつらのこと忘れてた……」
「……ねぇ、これ本格的にヤバくない?」
大詰めを迎えたかと思われたデザイア討伐作戦は戦力追加投入によって先延ばしとなった。
*
「ほ~らほらぁっ。とうとう来ましたよぉ~っ」
オーギュストは待っていましたと言わんばかりに両手を広げ、浮遊要塞の到着を歓迎する。
「えぇ……髭オジと高飛車女も来るんですか? 一体全体どうなってるんです?」
「ルークフィン様とマイラ様、でしょ? いいですかフェイルさん。そうやって陰口ばかりを叩いていたら、いざって時に口からポロッと出てしまいますからね?」
「そんなの分かってるです。そうならないように気を付けてるです……」
フェイルは唇を尖らせていじける。フェイルの態度にオーギュストは肩を竦める。
「ともあれ、これで全員が揃ったようですね。この世界ももうすぐ見納めとなるでしょう。フェイルさんもやり残しが無いように今の内に出来ることをしたら良いのでは?」
「そんなものがあると思うです? 結局オカマも寝返っちゃったですし……」
「そう落ち込まないでくださいよ。グレゴール様もまた気まぐれな御方。フェイルさんが気に病むことは何もないのです。……しかし出て行くことがないのであれば留守番をお任せします」
オーギュストはツカツカと靴を楽しそうに鳴らして出て行こうとする。
「え? どこに行くです?」
「当然デザイア様に挨拶に行くのですよ。久々にお二方のお顔を拝見したいのでね。あ、良ければ一緒に行……」
「そうですか。それではどうぞご勝手に」
フェイルが椅子の上で足を抱え込んで動かないことをアピールする。オーギュストはふぅと小さくため息をつきながら出て行った。
*
龍球王国の問題を解決し、ようやくデザイア討伐に向けて出立といったところで出鼻を挫かれるレッドたち。今後のことを危惧し、グルガンが主体となって話し合いが行われていた。そんな中、レッドは縁側に座ってぼんやりと空を見ていた。
「魔神っていっぱい居るんだなぁ……」
レッドが戦ったのはドラグロスとグレゴールだが、ライトが勝利したガルムや、ドラグロスが辛勝したモロク、グルガンたちが消滅させたヴァイザー。その上あと2人も来ている状況は世界の終焉を予期させる。
実際問題、モロクとドラグロスの戦いで獣王国は滅んだ。それどころか大陸を割って沈めてしまった。その他の魔神戦で大陸どころか、国まで守れている状況が奇跡と言って過言ではない。
仲間が一人も欠けていないのは奇跡を通り越して神秘の領域に入る。
レッドがボケッとしていられるのも仲間が死んでいないことに起因する。しかし今回の禍津神戦ではよっぽど仲間が死ぬところだった。ここからの旅は更に過酷なものになるのではないかと杞憂も湧く。
「──……レッドさん?」
背後から声を掛けられた。振り向くとアリーシャが立っている。
「あ、アリーシャさん。よく俺が居るって分かりましたね」
「──気配がしたもので。やはりこれを付けているとレッドさんは見えなくなりますね」
本気を出す以外では常時聖骸布で目を覆っているアリーシャはニコリと微笑む。レッドを探すように出したアリーシャの手を優しく取り、座っていた隣に誘導する。
「先日はその……すいませんでした。アリーシャさんを守ることが出来ず……」
「──そう何度も謝らないでください。……かなり気に病まれているのですね。私はまったく恨んでませんよ。どころか私だって謝らなければなりません。呪いの泥を防ぐことが出来なかったのですから」
「あんなの唯の睡眠薬です。被った瞬間に強制的に眠らされちゃうのはきついですが、永続ではなかったので起きることは出来ました」
「──それは……流石ですレッドさん。私ならあれで死んでいたでしょうから……」
「いや、そんな……アリーシャさんなら大丈夫ですよ」
レッドとアリーシャは謙遜し合いながら話を続ける。
「……そう言えばアリーシャさんって龍球王国は初めてではないんですか? 前に『龍球王国の友人』って言ってましたけど……?」
「──言いましたね。アレンさんほどの伝手というわけではありませんが、ホウヨクさんと少々……」
「へぇ~。あのホウヨクさんですか。仲が良いんです?」
「──前にエイブラハムと龍球に訪れた際にスパイと間違われて攻撃を仕掛けられたことがありまして……」
「えぇっ?! 大丈夫だったんですかっ?!」
「──一応返り討ちにしました」
「ホッ、良かったぁ。ホウヨクさんってそういうところがありますよね。俺も仲間にしたくば実力を見せろ、みたいなこと言われて戦いましたよ。一応認めてくださったんですけど……」
「──そうなんですか。あの方は相変わらずなんですね。アレンさんの伝手で良かった気がします」
アリーシャは微笑む。レッドと楽しく会話をする中で今後のことについての話に変わって行く。
「──新たな魔神……ですか。終わりは来るのでしょうか?」
「デザイアさんを倒したらまぁ……」
「──こんなところでウカウカしていられませんね。今度こそ私の伝手を使うべき時でしょう」
アリーシャはスッと立ち上がる。
「──残すところ機界と魔導大国。ここからは多分別れて行動することになります。その上で私は魔導大国に伝手がありますので、これを活用しましょう。……レッドさん。レッドさんは機界大国をお願いします」
「あ、え? はい。分かりました」
「──……ありがとうございます」
ペコっと頭を下げられ、レッドがぽけーっとしている内にアリーシャは踵を返して話し合いの場に参加しに行った。
「……一緒に行かないんだ……」
レッドは少し寂しい気分になる。
次に待ち構えるはどんな試練か。魔神の実力は如何程か。
分からないことだらけの中、レッドはただ空を見上げていた。




