434、ラビットホール
ピラミッドの最奥。
モラクスの元に辿り着いたレッドとオディウムは挨拶もそこそこに『巨万の富』を要求する。
「君たちの物だ。もちろんいつだって持って行って構わないよ」
モラクスはすぐに金庫の場所に案内する。魔法で封鎖された扉を指先一つで解放すると、フロア一つ埋め尽くす文字通りの巨万の富があった。この光景、『忘れられた大陸』でハウザーのダンジョン内にあった金庫を思い出す。あの程度の金品など目ではない。レッドは「わぁ……」と目を輝かせる。
「いつ見ても壮観だな。……ところでこれ全部、どうやって持って行く?」
「あー、そうだなぁ……いや、無理だろっ。ふざけんなよモラクス、貯め込みすぎだっ。この量を抱え込めってのか?」
オディウムは両手を上げて呆れた顔を見せた。モラクスはニヤリと笑ってレッドを見る。
「……よくここまで手懐けたものだな。感心したよ」
「おい何だと? ふざけんじゃねぇよ。誰が手懐けられたって?」
「いやいや、こちらの話だ。ところでジュニア、こういうのは魔道具を使ってだな……」
「おいっ!!」
モラクスに掴み掛かる勢いで身を乗り出したが、寸前で手を止めて指先を突きつける。
「……ジュニアっていうのはやめろっ」
その様子を見ていたレッドはモラクスとオディウムの顔を交互に見ながら「ジュニア?」と疑問を口にする。モラクスはおもむろにレッドから鎖を拝借する。
「あ、おまっ……!?」
「モラクスJr.。この子の本当の名前だ」
鎖の効果でモラクスの口を遮ることが出来ないオディウムは血管を浮かせながら怒りを湛えている。
「へぇ〜。でも何でジュニアなんです?」
「私の後を継いでもらうためだよ。魔神モラクスとしてソロモン様にお仕えするためにね。しかし生来の性格が暴れん坊でね。このままではソロモン様に顔向けが出来ないと嘆いていたのだが、レッドくんのおかげで変化があった様だ。君に託して良かった」
「そんな買い被りですよ。オディウ……ジュニアが自ら変わっただけです」
レッドは朗らかに答えるが、オディウムは頭に血が上る。
「ジュニアって言うなよっ!! 俺様の名前はオディウムだっ!! オディウム以外は認めねぇからなっ!!」
殴れず、掴み掛かることも出来ないオディウムは、叫んで唾を飛ばすことくらいしか許されない。ここでもう一つの疑問が生まれる。
「……え? じゃあオディウムっていうのは何なんです?」
その瞬間、オディウムは焦って口を噤む。モラクスは呆れた顔でオディウムを見ながら鼻を鳴らした。
「私が付けた名を嫌がり、自分で名乗り始めたのがオディウムだ。全然いうこと聞かないし、オディウムと呼ばないと返事もしなかったから仕方なくオディウムで通していたが、私は本意ではなかった。随分と変わった様子を見て懐かしくなってしまってつい本名を明かしてしまったよ。……私も歳だな」
「その通りだぜこの耄碌ジジイっ! とっととくたばれっ!!」
「この通りだ。私の前では憎まれ口しか叩かん」
「名前のせいだよっ!! 答えは出てただろうがっ!!」
ぷりぷりと怒りを鎮めないオディウムにモラクスは辟易する。その様子を見ていたレッドもあんまり触れない方が良いと元の名前を使うことを決めた。
「名前はこの際置いといて、これだけの財宝を持ち出す方法が本当にあるんですか?」
レッドのスルーの仕方に「そ、それはそれで失礼だな……」と困惑するオディウム。そんなオディウムを尻目にモラクスはコクリと頷く。
「もし最奥まで辿り着けた者がいたら鎖付きのオディウムと財宝を渡すことを考えていた。しかし、あの財宝すべてをここから頑張って持ち出せなど正気の沙汰ではない。時間がかかってしょうがないからな。そこで私の発明した術式だ。その名も『ラビットホール』。所有者となった者にのみ教える異次元空間だ。ここには生き物などの有機物を入れられないが、財宝などの無機物であれば物質を際限なく出し入れ出来る。これを君に……」
そこまで言って気付く。
「……レ、レッド君。君には魔力がない様だ……」
「えっ?」
「これは魔力を必要とする。魔力がなければ開けることも出来ない。君に付与したところで宝の持ち腐れとなってしまう」
「そ、そんな馬鹿な……」
レッドは自分の不幸を呪う。ストレスを溜めていたオディウムはレッドの絶望の顔に少し気が晴れる。
「へっ、いい気味だぜっ」
「だが、オディウムに付与すればこの子は君の鞄として機能してくれることだろう」
「はっ!? おまっ……何を言ってやがるっ!!」
「仕方がないだろう? 財宝を持って行きたいということは、使う必要があるということだ。だからってここでポケットに入るだけ持って帰っても足りないことは確実。ならばおめおめと地上に戻って対策を講じるよりも、ここで私の術式をお前に付与して財宝を持ち出せば何とでもなる。お前にも新たな力が加わるのだから文句はあるまい?」
「活用方法に文句があるわっ!! ただの荷物持ちじゃねぇかっ!!」
オディウムはとにかく怒り散らすが、レッドはすぐにモラクスにお願いする。
「やってくださいっ。俺たちにはこの財宝が必要なんですっ」
「お前俺様の気持ちを考えねぇなぁっ!!」
「これしか方法がないんだ。これ以上俺たちには時間がないし、みんな待ってるんだよ? モラクスさんがせっかく考えてくれた術式なんだし、ありがたくいただいとこうっ。ねっ?」
こうしてオディウムはモラクスから『ラビットホール』を半ば強引に植え付けられる。財宝をすっからかんになるまで異次元空間に取り込み、すべてを持ち出す準備を整えた。
「レッド君。今後とも息子をよろしく頼む」
モラクスと挨拶を交わしてピラミッドを後にする。暗闇から外へと顔を出すと満天の青空が広がっていた。下ではミノタウロスが闊歩し、国民は普通通りの生活に戻っている。
一部、恐怖からこの国を出て行こうと考えている者たちもいて、荷馬車を転がしながら国外に出て行くのを見た。それを見てオディウムはチッと舌打ちする。
「せっかく兵隊を出してやったのに結局逃げ出してんじゃねぇかよ。これじゃ出し損だな」
「あんなの極々少数だよ。大半はこの国の生活を優先して出ていかない。思い入れもあるし、この国から出れば一からやり直さなきゃならないから出るわけにいかない人だっているんだ。損なんてしてないよ」
レッドのフォローに耳を傾けつつグルガンの到着を待つ。この国の今後の防衛のあり方とハヌマーンがいなくなった今、誰が王位につき国を導いて行くのか。こんなことを考えるのは内政干渉であり、ジャガラームのことなど放っておけば良いのだが、気になってしまった以上はどうするのか意見を聞きたい。
レッドはオディウムと共にピラミッドを降りて街に入り、有り余る財宝の中からお小遣い程度に拝借し、ジャガラーム名物ココンナッツジュースを飲みながら時間を潰した。




