432、五神隊
──カチィンッ
宮殿の王室で金の杯をぶつけ合う2名のハイエルフ。上質な果実酒を喉に流し込み、その味と香りに舌鼓を打つ。
「非常に美味。ヒューマンにこの味が分かるとは到底思えませぬが、王族となれば話は変わりますか……?」
「とはいえ、我らの国で流通している酒と比較しても、旨味はせいぜい2倍。こんなものをありがたがっているようではヒューマンのレベルが知れる」
砂漠の王国ジャガラームを占拠したエルフは勝利の美酒に酔う。
エルフの国『神聖エルサリオン帝国』からエルフの将軍が2名派遣された。聖王国の侵攻を命じられたのは『五神隊』と呼ばれるゼロニアスの近衛兵。エルフの中で最も強い者たちがゼロニアス皇帝から直々に選ばれ、側で御身を守ることを許されるという栄誉ある称号。
『五神隊』のリーダー、ギルノール=ヴィンセンス=ヴォロ=ディムル。
ゼロニアスの5番目の子。髪の色はブロンドの王子様風マッシュヘア。瞳の色はエメラルドグリーンであり、目元も父親同様切れ長な冷たい目をしている。かなりのイケメンではあるが、王子然とした高飛車な性格であり、自己中心的すぎるため周りからの評判はすこぶる悪い。見た目も中身もはゼロニアスの若い頃に瓜二つ。
鎗使い、ルードウッド=フィラカス
ライトゴールド色の長髪で目にかからない様に前分けにしている。瞳の色は薔薇色であり眼鏡をかけていて、見た目からは知的な印象を抱かせる。彼は熱心な自然環境家であり、かなり過激な思想を持っている。エルフ至上主義であり、エルフ以外の種族は絶滅して当然だと認識し、その為なら手を汚すことも厭わない。何だったらエルフとは関係ない場所で別の種族同士が勝手に戦争でもして潰し合ってくれれば手間が省けると思っている。
王の威光と自らの虚栄心を満足させるために近衛兵を侍らせているゼロニアスが、同族に対する威圧も兼ねていた『五神隊』を外に出したのは他でもないデザイアの侵略行為のせいだ。神をもひれ伏せさせてやろうと考える傲慢さを持ったゼロニアスでさえ、デザイアの力の前に屈服する他なく、エルフはデザイア軍の傘下に下ることを余儀なくされた。
だが、今回のエルフたちの侵攻はデザイアに命令されたものではなかった。酒を飲みながらため息を吐く。
「何と言えば良いのか……屈辱を齎されたというのに、陛下もただでは転ばないというか……」
「この遠征のことか? 他国をあの魔王に献上して地位を上げようとしている。あの男がデザイアから直々に権力を得れば今以上に恩を着せてくるに違いないが、以降人間どもが諂い、今度こそエルフを『神の遣い』と崇め奉るのであれば悪い気はせん」
デザイアの威光を背景に世界を脅しかけ、どさくさ紛れにエルフの領土を広げる。ありがたいことにデザイアも特にエルフの動きを気にしておらず、勝手にしろとでも言わんばかりだ。あまりの関心の無さに不安にもなるが、それだけ期待されていないのであれば国を献上した時のメリットはでかい。
「それを言うなら魔王の使いでは? あれを神などとは思いたくもありません。……いや? 陛下が一目見ただけで膝を折った事実を踏まえれば、あれこそが真なる神なのかもしれませんな……」
「邪悪そのものだがな……」
クイッと金の杯の酒を飲み干す。すぐさまルードウッドが瓶を傾けた。杯を半分くらい満たしたところでギルノールは手で制す。酒瓶を置いて椅子に体重を預けるルードウッドは王室を見回した。
「しかし何ですなぁ。まさかもぬけの殻とは思いも寄りません。ハヌマーン王と言えば親族を殺して王位を簒奪した暴君。ともすれば、ガブリエル教皇が退位した聖王国以上の脅威となるのではと期待していたのですが……当てが外れました」
「結構なことではないか。こちらの戦力は微塵も削れていない。聖王国を前に疲弊したのでは目も当てられまい」
「ま、それもそうですか。それでは先遣隊が帰ってくるまではゆっくりと……」
杯の中の液体をくるくる回しながら優雅に口を付けようとしたその時、バタバタと慌ただしく部下が王室に入って来た。
「何事だっ! 騒々しいっ!」
「申し訳ございませんっ!! ほ、報告いたしますっ!! 魔族を連れた人間が現れましたっ!! 非常に強く、抑え込むことが出来ませんっ!! 早くお逃げくださいっ!!」
ギルノールとルードウッドはお互いを見やる。視線が合った途端、フッと噴き出してしまった。
「聞いたか? ルードウッド。貴様が生意気を言うものだから邪魔者が来たではないか」
「違いないですな。……ならばこの私、ルードウッドが迎え討ちましょうっ」
──ザッ
ルードウッドは金の杯を置いて立ち上がる。果実酒のせいでほろ酔い気分だが、鎗を持つ手に震えはなく、バランス感覚などに一切の陰りはない。
「迎え討つなどとんでもないっ!! お考え直しくださいませルードウッド様っ! ギルノール様もお早くっ!」
「黙れ下郎がっ!! この私に指図するなっ!!」
ギルノールは部下に杯の中の酒を浴びせかける。部下のエルフはじっと黙って俯く。
「……何だその顔は? 私に意見があるのなら言ってみよ。ほら、どうした?……ふんっ。せっかく許しをくれてやったというのに何も言えんか? ガッカリだなっ」
これは罠である。馬鹿正直に口を開けば剣の切っ先が光を反射し、部下の体を傷つけていた。酒をかけられるくらいで止めなければ癇癪で殺される可能性がある。心なしかギルノールの頬は緩み、嘲笑を湛えていた。
「もうそのくらいで良いではないですか。そんなことよりも私が魔族の首を取って参りましょう」
「随分な自信だなルードウッド。まぁ当然だな。『聖鎗ホーリーグレイブ』の所持者が魔族相手に臆しているなど『五神隊』の名が廃る」
『聖鎗ホーリーグレイブ』。
魔の者を祓う聖なる鎗。それ以上でもそれ以下でもない鎗ではあるが、魔の者を狩れば持ち主の体力を回復し、傷を癒す効果を持つ。この癒しの力はストック出来、誰にも分け隔てなく与えることが出来る。ルードウッドは味方にすら使わない冷血漢なので、自分以外を治した試しはないが、もしもの時の回復薬として使ってやろうとギルノールは考えている。
ルードウッドは「それでは行って参ります」と言い残し、王室を出て行く。
「ふんっ、魔族も運がない。ルオドスタ帝国に向かっていれば多少は戦えたかも知れんが、こちらにはルードウッドがいる。何も出来ずに死ぬことだろう。……いや、ルオドスタ帝国には残り3人が向かっていたか。どちらにせよ勝ち目はないな」
ギルノールの中で魔族の姿を想像する。きっと逃げたハヌマーンが態勢を整えて戻ってきたのだ。何とかして使役したジャガラームが誇る最強の魔族なのだろう。エルフの書庫にある魔族辞典なるものの挿絵に出てきた二足歩行の強そうな魔族を幻視した。それでもルードウッドの敵ではない。
「おい。魔族程度で慌てふためく哀れな小枝よ。手が開いたのなら酌をしろ」
部下は重い足取りで瓶を手に取り、溢さぬ様にゆっくりと酒を注ぐ。ギルノールは「それで良い」と偉そうに鼻で笑うと、優雅に酒を飲み始める。
──ピシッ……パキッ……
寛ごうかと足を組み替えたその時、急に家鳴りがひどくなった。古臭い建物ゆえに仕方がないかと勝手に納得して酒を呷る。
──バゴォッ
王室の壁がいきなり弾ける様に崩れる。ギルノールは金の杯を投げ捨て、剣と盾を装着しつつ、身を翻して立ち上がる。自己中心的で鼻持ちならない性格だが、その実力は折り紙付き。
「何奴っ!?」
吠えるギルノールだったが、ゴロゴロと転がってきた人影に目が行く。パタンッと大の字に寝転がったのは先ほど威勢良く出て行ったルードウッド。部下はへたり込んで「ひぃぃっ!!」と絶叫している。その恐怖がようやく脳天気なギルノールにも浸透したか、ゴクリと生唾を飲んだ。隣の部屋から壊れた壁を跨いで3mの巨体が姿を表す。
「……邪魔するぜぇっ」
筋骨隆々で頭が牛のミノタウロス。力そのものが詰まっている様に見える筋肉量がギルノールの心を萎縮させる。
「ちょっとやり過ぎじゃないか? オディウム」
使役していると思われる人間が王室の入り口から入ってくる。赤い髪に赤い瞳。クロークを羽織ったどこにでもいそうな剣士。
「っんなこたぁねぇよ。こいつが先に仕掛けてきたんだ。正当防衛って奴だよなぁ?」
魔族はギルノールに向かって軽口を叩く。いつもの調子なら「下郎っ!」などと言って威圧するが、全てを拳で解決しそうな魔族を前に言葉が詰まる。
「……き、貴様らは何者だ? 何をしにここへ……?」
魔族の口から「お前を殺しに」何て言われたらと思うと聞きたくもない質問だが、聞かずにはいられない。
「あ、俺はレッド。レッド=カーマインです。こいつはオディウム。俺たちジャガラームの王様に会おうと思ったんですけど……やっぱりというか何というか……ここには居なさそうですね」
レッドは苦笑気味に質問に答えた。




