430、因子
七元徳とアリーシャの効果範囲の広い浄化能力で一気に瓦礫と土地の浄化を行い、最後の浄化を完了させた。汚染されていた大地は草一本生えていないハゲた大地となってしまったが、種を撒けば今後もちゃんと芽吹いてくれるだろう。
「……ようやく完了しましたね。時間も体力も奪われましたが、達成感は人一倍と言えますか」
ランドルフはニコニコと笑顔で辺りを見渡し、瓦礫の撤去作業を見ながら一息つく。アドニスもランドルフの視線の先を確認しながらため息をつく。
「凄惨な事件だったな。ヴァイザーとかいう神もどきとはえらい違いだ」
「あれはあれでヤバかったぜ? 第一、『神選五党』とかいうならず者集団は皆殺しだったじゃんか。都市部で暴れられたらあんなもんじゃ済まなかったかもしれないだろ……」
クレイは当時の戦いを思い出しながらヴァイザーの脅威を思い出させる。どちらも死人が出ているし、どっちが上かなど競うつもりもないが、国の滅亡を防いだ事実は変わらない。ティオは首を横に振る。
「いずれにしても、私たちは幸運だよ。強力な人たちに手伝ってもらって、不足の事態に対応出来たし。協力し合うって良いことだよね」
「うん」
ティオの意見にリディアが答える。それにクラウディアは肩を竦めた。
「有事でもなければこんなことにはなりませんわよ。すべての戦いが終わった後も平和でいられることが理想ですわ」
「──ならば今の内に戦後のあり方を模索されてはいかがでしょうか? きっと宗教の垣根を越えて仲良くなれると思いますよ?」
アリーシャの呟きにクラウディアは口をへの字に曲げた。アドニスは腕を組んでジロッとアリーシャを見る。
「月光の乙女が皮肉か。珍しいことだな」
「──本心ですよ。現在のエデン正教のトップはローディウス猊下ですから」
「……まるでガブリエル元教皇では仲良くなれないとでも言いたそうだな?」
「──歴史が証明しております。グルガンさんのおかげで魔族との垣根まで変わりそうな勢い。今を逃せば、隔たりをなくすことは叶わないでしょう」
「へぇ?……それじゃこれを機に暗黒騎士とも仲良くなれるのではないですか?」
確信を突かれたアドニスは悔しさからフィアゼスを持ち出す。アリーシャの怒りを期待してのことだったが、特に気にすることなく話を変えられる。
「──そういえば彼はどこに行ったのでしょうか? 戦いの後でまったく気配を感じなくなったのですが……」
その問いに全員気を張った。確かにそれらしい気は感じられない。
「これだけの大破壊で瓦礫に埋もれちゃってる? いや、あの人に限ってそれはないか」
「魔族な。人じゃなくて魔族」
「ここ数日……というか戦いの直後に別れてからずっと見てねぇなぁ」
「死んだ……ということはないですよね。彼の場合……」
「誰を相手にしていたかにもよりますわよ? けど確かに、彼が死ぬなんて思えませんわね」
「索敵範囲を拡大して確認しますか?」
アリーシャのみならず、誰の索敵にも引っかかることがないフィアゼス。その動向は別の場所にあるのだから見つかるはずもなく。
「──いずれ出てくるでしょう。もし出てこなかったとしても、神との戦いで亡くなった偉大な英雄として語り継げば良いのです」
「おいおい、随分と淡白だな。あんたのお気に入りのレッドが死んでもそんな感じなのか?」
「ちょっとアドニスっ! いい加減にしてっ」
突っかかるアドニスをティオが叱責する。頭に血が上っていたアドニスも失言だったことに気付いて心の中で反省するが、取り消す前にアリーシャは答える。
「──ええ。多分そうです。レッドさんが呪いの泥に飲み込まれた時も私はそれほど取り乱しませんでした。弔いのために戦いを継続しようとしましたから……」
「それは……レッドなら死んでないって思ったんですよね?」
「──それはないでしょう。……私は淡白なのかもしれませんね」
寂しそうなアリーシャにアドニスは頭を掻く。
「……すまない。言い過ぎたよ」
「──謝る必要はありません。事実を事実として受け取るのみなので……」
アリーシャは聖骸布で巻かれた目を布越しにちょっと触れ、遠くを見つめる様に頭を起こす。ランドルフはアドニスの肩に手を置き、首を小さく横に振った。七元徳は黄昏るアリーシャに1人の時間を作ってあげようと離れた。
*
──話は禍津神を撃破するちょっと前に遡る。
デザイアが創造し、差し向けた部下『黒風』はフィアゼスを連れてデザイアの元に馳せ参じた。
デザイアは魔神2人の力で部下を退けたことに感心していたが、それ以上に黒風が連れて来たフィアゼスに興味を持つ。
「……なに? これは……一体……?」
フィアゼスを見た瞬間に理解した。この黒い鎧にはデザイアの因子が宿っている。
『申し訳ございませんデザイア様。ドラグロス並びにグレゴールの両名の殺害に失敗いたしました。しかしご覧ください。もうお気付きかと存じますが、この御方はデザイア様の御子息にございます』
黒風は風の力を解除し、フィアゼスはようやく解放された。
「うっ……かはっ……! はぁっ……はぁっ……!」
フィアゼスは意識を取り戻し、ゆっくりと体を起こす。滲む視界に映る漆黒の鎧。刺す様な気配がフィアゼスに降りかかり、危険を感じて一気に立ち上がる。カタール型の二刀一対の魔剣、死剣『狂双壊』を装備し、デザイアに対立する。
「っ!?……な、何者だっ!?」
「ほぅ……こんな出会いもあるか……。まさかこの世界で私の因子が芽吹いていたとは驚きだな。お前の名は何という?」
「はっ? 質問に質問で返すとは常識がなっていない様だな。まず名を名乗るのはあなたの方ですよっ!」
怖いもの知らずのフィアゼスはデザイアに食ってかかる。
『ふぅ、まったく……申し訳ありませんデザイア様。説明はしたのですが……』
「な、何っ!? で、ではこの魔族が……っ?!」
心臓が跳ねる思いだった。レッドたちが倒そうと画策している軍団の親玉。
「良い。よくやった黒風。……質問に質問で返すな、か。確かにお前のいう通りだな。ならば私から名乗るとしよう。我が名はデザイア。デザイア=オルベリウスだ」
──ゴゴゴゴゴッ
全身から湧き上がる黒いオーラがうねりを上げる。フィアゼスは戦々恐々として息を止めてしまう。もう黒風の能力から開放されているというのに。
「……さて、もう一度聞こう。お前の名は?」
「……うっ……わ、私はフィアゼス。フィアゼス=デュパインオード……」
「そうかフィアゼスか……」
デザイアは立ち上がる。
「素晴らしい。グリードが死に、スロウだけが生き延びたと嘆いていたが……初めて女神が世界に顕現した時と同じだ。まさに嬉しい驚きだ」
ゆっくりとフィアゼスに近付く。大きい。2m近いフィアゼスが見上げる大きさ。ゆうに3mを超える巨体が目の前に立つ。フィアゼスはカタールを握りしめデザイアに攻撃を仕掛けようと考える。しかし体は動かない。これは恐怖による支配か、それともデザイアの能力か。フィアゼスは自分の身に起こっていることに困惑を隠せない。
「ふむ……弱いな。この世界の空気に当てられてしまった様だ。私が育てられなかったせいでこんなことになってしまった様だ。今日より私の息子として、お前を鍛え直す」
「馬鹿な……何を言って……っ!」
「お前に選択肢はない。まぁ、ゆっくりしろ。ここは今日よりお前の居場所だ」
──ズンッ
デザイアの金色の目に睨まれた瞬間に全身に重りを乗せられた様な圧を感じる。
逃げられない。フィアゼスの良し悪しにかかわらず浮遊要塞に囚われてしまった。




