424、遁走
小高い丘の上、この戦いを逐一観察していた3人の人影は終結したことを察知してのっそり動き出す。
「あ〜ららっ。終わっちゃいましたか」
ラストゥスは用意していた禍津神との決戦記録用機械の電源を切る。
「しっかし、流石はかの化け物たちに反旗を翻した方々といったところでしょうか? 神様って倒せるものなんですねぇ」
「……正確には封印だ。あの強さは筆舌に尽くし難い。あれがもし私たちに敵意を向けていれば、今こうしては居られなかったな……」
スティカは圧倒的な戦力差を鑑み、もし禍津神を相手にしていたらと思うと恐怖する。勝ち目のない戦いどころか、絶対死ぬ戦いに身を置くことになっていただろう。
「世界にアレが解き放たれていたらこの世の滅亡もあり得た。いくらデータ収集のためとはいえ、今回の一件はやりすぎだったのではないか?」
「秘密裏に諜報活動してきた方とは思えない弱気な文句ですねぇ。世界が発展するには、こういう犠牲も必要なんですよ。目的は達成しましたし、撤収致しますかぁ」
固まった体をほぐす様にグッと上に伸ばして骨をポキポキと鳴らす。ラストゥスが横で懸命に片付けているのを無視してヒズミは鼻で笑った。
「禍津神ねぇ……。能力は面白かったが、もっと強いもんを想定してたんだよなぁ」
あぐらを掻いて座っていたヒズミはスッと、その見た目の重さを感じさせない軽やかな動きで立ち上がると、踵を返して歩き出す。
「期待外れも良いとこだぜ……」
ヒズミの中で禍津神などどうでも良いものとなっていた。せっかく解放してやったというのに、またも封印されたなど、もはや死んだと同じもの。
それよりも脳裏に浮かぶのは禍津神を封印に持ち込んだアキマサの影。暗闇の中で眩く輝いていた男の力。禍津神の力が及ばない国の端っこに居ながら、神域に達するアキマサの雰囲気をビンビンに感じたことの方が気になっていた。
(やっぱ持ってるよなぁ、お前はよぉ。俺を昔退けた以上の力を隠してやがったのか? それともあの後作ったのかは分からねぇが、お前は俺と戦うに値するぜ……)
心を弾ませながらニヤリとほくそ笑む。肩越しにチラッと背後を見ながらアキマサを幻視する。ヒズミが頭で生み出したアキマサはヒズミをじっと睨みつけ、恨みの籠もった目を向けてきていた。
「……また会うのが楽しみだなぁ……アキマサぁっ」
出そうとも思わなかった心の声が溢れ出る様に小さく呟く。
その声は誰にも届くことなく宙空へと消えていった。
*
別の場所でも同じように禍津神の気配の消失を確認し、情報収集も兼ねて忍びを何人か差し向ける。なかなか戻ってこない走狗の忍びたちに苛つきながらため息をつくのはムネヤス=テンコウ。この騒動を引き起こした国家反逆者の1人。
「ムネヤス様ぁ、もうとっとと逃げましょうよぉ。逃げる暇なくなっちゃいますよぉ……」
走狗の飼い主であるシュウザは、部下である忍びの帰りを待たずに出発を促す。部下が生きて帰ることなどあり得ないと考えているのもあるが、もし禍津神を連れてきたりでもしたら、先ほど当事者でもないのに振り回された絶大な能力が自分たちに降りかかってくることにもなりかねない。
「お前は結果が気にならんのか? この国での儂らの命運がかかっておるというに……。禍津神も奴らを前に無事では居られまい。相討ちが望ましいが、そこまでは望むつもりはない。まずは奴らが死んでいれば良し。その後は儂らでも何とかなる。もしどうしようもないとなったら逃げるのみよ」
ムネヤスは白い髭を撫でながら担ぎ込んだヨリマロの駕籠を見る。小窓から覗く放心した顔を確認し、鼻で笑った。
「……あれがキジン天下を目標に身を窶した男の姿か? ふんっ、ヨリマロももう終わりだな」
本当は操りやすい傀儡を上に立てて影の首謀者として国を乗っ取る計画だったが、シュウザの様な豚が上に立つなどあり得ないので、今後のことを思えばヨリマロを立てるより自分が天下を取る方が良いと考える。多少の不満はあれど、落とし所としてはまずまずのところ。
そんなことを考えていると、走狗の頭領であるハンゾウが戻ってきた。情報収集に出したはずの忍びたちではなかったことに面食らったが、ハンゾウは跪いて「申し上げます」と報告をあげた。
「禍津神による被害は甚大。コウカク家からも犠牲が多数出たものと思われます」
「……ハンゾウ。他の者たちは?」
「虎噤を警戒し、何人かを囮にいたしました」
「そうか。……ニシキは?」
「健在。虎噤の頭領コジュウロウ=ビャクガを除く四臣創王を確認しました。ホウヨク=オオトリは重傷、他は軽傷でございます。他の武将たちも集まっておりましたので、戦力に陰りが見えません」
「チッ……何が禍津神だ。演出ばかりでちっとも役に立たんではないかっ」
ムネヤスは青筋を立てて吐き捨てる。
「ここでノコノコ戻れば、全ての責任を押し付けられよう。すぐに出立するっ」
「やっとですかっ!」
シュウザの呆れた声にムネヤスの目玉がギョロッと動き、無言で睨みつけてくる。その目に冷や汗を掻きながら両手を上げて降参のポーズを見せる。
「ま、まぁまぁっ。ちょっと気持ちが早っただけですのでお気になさらないでくださいよぉっ。ここで争っていては逃げる間もなくなってしまいますぞ? ささ、こちらへ……」
シュウザは腰低くムネヤスを駕籠へと促す。ムネヤスは怒りから呆れに感情を変え、ゴミを見る様な目でシュウザを一瞥した後、自分の駕籠へと乗り込んだ。
「……くっそぉ……今に見てろよ天狗めぇ……。この儂がお前を蹴落としてだなぁ……っ!」
ぶつぶつと恨み節を呟きながら一際大きな駕籠に乗り込む。全員逃げる準備が整い、国外脱出用にこっそり作った通路を通って壁の外に出た。壁の外に出るまで小窓を開けて様子を見ていたムネヤスは安堵し、静かに目を閉じる。
しかし、駕籠はすぐに急ブレーキをかけ、ムネヤスたちは駕籠の内部で顔を打ち付けた。
「な、なんじゃっ?! 何故止まるっ!!」
すぐさま様子を確認するために窓から顔を出す。目の前に広がる光景にムネヤスの思考は停止した。
そこには行手を遮る忍びたちの壁があった。禍津神戦では活躍の場がなく、温存された虎噤の精鋭たち。中心にはコジュウロウとナガヨシの姿があった。コジュウロウが一歩前に出て声を上げる。
「出て来いよクズ共っ! ここがお前らの終着点だっ!!」




