420、打ちひしがれる
グレゴールの愛の力で呪いに打ち勝つ方法を手にしたレッドは大禍津日神に改めて相対する。
守る術を身に着けた攻撃の要。まさに鬼に金棒。
『……うぬぼれるなよ……神を自称する男子……わらわの呪いは不滅……永遠の苦しみにその身を焦がせ……』
「女子……の間違いでしょ?」
グレゴールの訂正を無視して大禍津日神は力いっぱい錫杖を振りかぶり、お堂の屋根を思いっきり突く。
──チリリーンッ
『……死七複の陣──伏麓呪・灰皇餓者髑髏・閻魔……』
澄んだ環の音色が放射状に広がる。音が湾曲しているような波のある音。先ほどは無かった演出に遠巻きに見ていたアリーシャは目を見張った。
──バキバキバキッ
お堂の背後から瓦礫を跳ねのけつつ、上半身だけで起き上がるように徐々にその姿を現す巨大な骸骨。頭骨には額部分から角が2本生え、以上に発達した犬歯が目立つ。お堂を囲うように伸ばした手の先は猛禽類のような丈夫で鋭い爪が伸び、殺傷能力が上がっている。さらに肩甲骨の辺りから肘関節が2つある長い腕が左右に1本ずつ生え、合計4本の腕が攻撃の機会を伺っている。明らかに強化された見た目に墨汁が気化しているような黒いオーラが陽炎のように揺らめいていた。
(──姿形、纏うオーラも全然違う、明らかな強化。それを可能にしているのは……)
お堂の纏う怨念が呪いの原料となり巨大な骸骨に注がれているのがアリーシャの目には見える。
「ひゅ~っ。強そ~っ」
グレゴールはハンマーをクルクルと回転させながら戦闘態勢に移行する。そこにアリーシャがやって来た。
「──お二人とも。そのままでお聞きください。さっきよりも呪いの力が強まっています。恐らくあの建造物の効果で呪いが強まるのでしょう」
「そうなの?」
アリーシャが情報を伝えると、大禍津日神は鼻を鳴らした。
『……気付いたか……その通り……金剛呪霊堂が呪いを強化する……』
「え? ということは、あの建物を破壊すれば……」
「──無意味です。本体を倒さぬ限り無限にあの建造物は生成され続けます。ですが……」
『……それは不可能……そう、顔に書いてある……』
アリーシャの言葉に被せる様に大禍津日神は口を開き、首を傾げる様に動かす。グレゴールはニヤリと笑って弄んでいたハンマーを硬く握りしめた。
「あらあら。それじゃ2人にあの子をまかせて、私はあの巨大骸骨を何とかしようか・し……らぁっ!」
──ドンッ
地面を抉る勢いで跳躍するグレゴール。愛オーラで強化した肉体でハンマーを振り上げ、骸骨の顎を殴り飛ばす。
──ガコォッ
あまりの威力に顎が砕け首が仰反る。ボロボロと砕け落ちる顎の骨。しかしそんなことなどお構いなしに骸骨は体勢を一気に戻すと同時に上顎をグレゴールに叩きつける。上段からハンマーの様に振り下ろされる頭骨をその身一つでグレゴールは受け止める。
「……こんなもんじゃないでしょ?」
グレゴールの言葉に合わせる様に下顎が復活し、噛み潰そうと口を閉じる。
──ギギギギ……ッ
全身の力を使って無理やり口をこじ開ける。骸骨は口の中のグレゴールに黒いオーラを吐き出す。まるで鑢でこそぎ落とすように愛オーラを剥がされそうになったが、何とか耐え切って体内から火を灯す様に愛オーラを発動させる。
「うふふっ……なかなか良いじゃないの。けど、まだまだね」
グレゴールはさらにギアを上げて愛オーラを展開し、骸骨が怯んでいる隙に口の中から抜け出す。今度は額に向かってハンマーを振りかぶるが、背中から生えた腕に横あいから殴り付けられる。凄まじい勢いで殴られたグレゴールは威力に抗うことなく吹き飛ばされ、地面に激突する。だがすぐさま垂直に飛び出し、回転しながらハンマーで頬骨を砕いた。
『……口だけではない……強さは本物か……さて……こちらも始めるとしよう……』
──チリリーンッ
『……死七複の陣──呪楼刃・白天・牡鹿邪煌鎧……』
錫杖の環の音色が鳴り響き、立っていた屋根の上から真っ白な蒸気が吹き出した。大禍津日神が包まれ、蒸気を払う様に現れた姿は、おおよそ少女のものとは思えない長身の白い鎧武者。全身が刺々しく、自ら光っている様に真っ白で、牡鹿の角が兜から生えている。顔は面頬で隠されているので、愛くるしい顔は見えない。
「……武器だけじゃないんだ……」
「──多分あれも強化された影響でしょう」
『……無駄口は不要……わらわ自らが相手をしてくれる……』
*
遠巻きに見ていた後方支援部隊は沈黙していた。
遠距離からの攻撃は大禍津日神を刺激し、有効範囲が広すぎる抗えない能力を発動されてしまうからだ。
ヒビキは自分の不甲斐なさを恥じる。ヒズミ相手にも感じたことだが、今までの生涯で培ってきた戦闘技能がこれほど無力だとは夢にも思わない。
それはレナールとて同じだった。自分の持つ封印指定級魔剣『紅鱗剣・烈火覇山皇』の切り札、炎で出来た巨大な龍を顕現させ放つ最終奥義『龍覇炎翔牙』が大禍津日神の能力発動と同時に消滅させられた。太陽のフレアレベルの威力を持ちホーミングしながら相手を焼き尽くすルオドスタ帝国でも屈指の兵器だというのに。
あまりのレベルの違いに憔悴感すら感じてしまう。
もはや誰もが諦め、放棄してしまいそうになる状況に対し、アキマサだけは大禍津日神の隙を狙う。
アキマサは集中し、気を丹田に集めてじっくりとその時を待つ。
「……本当にここから間に合うの? 空が黒くなる前に仕掛ける必要があるというのに……」
呪いの有効範囲から遠のき、八十禍津日神に蹂躙されていない屋根の上からニシキと共に待機しているシズクはアキマサに尋ねる。アキマサは「おう」と一言返事をし、サングラスをシズクに渡す。
「信じろ」
シズクはサングラスを大事そうに懐に仕舞って頷く。それを確認したアキマサは深く腰を落とし、さらに気を高め始める。凄まじい気の高まりから瓦屋根がカタカタと音を立てて揺れている。全身に電気が走り、徐々に大きくなっていく。
高台の上から静観していたコジュウロウたちもアキマサの光景に気付く。
「……マジか。あいつ何かやるつもりかよ?」
魔導弓『超弓武神破邪』では邪魔になるだけだと悟って何もしないことを選択したというのに、アキマサはこの状況でまだ足掻こうとしている。いつもヘラヘラして捉え所のない男が今ここで命を捨てる覚悟を見せたとあっては動かないわけにもいくまい。
かといって何が出来ようか。ここでまた遠距離攻撃を始めては大禍津日神は空を黒くする方法で逃げるだろう。またしばらく攻撃が出来ず終いでは意味がない。アキマサには何か秘策があるという話だが、それは大禍津日神を倒す一手になるのか、はたまた無駄に終わるのか。
いずれにしても空が黒くなってしまえば全てがご破算。あれを使わせる前に倒し切る他、方法はないだろう。
「お頭っ」
そこに高台の下で待機していた部下がやってきた。
「おう、どうした?」
「はっ。下にナガヨシ様がお出です。お頭にお目通りを願い出ておりますが……」
コジュウロウはチラッとアキマサを見た後、静かに目を閉じて考え、部下に視線を移した。
「……会おう。お前はここで待機しろ」
「はっ!」
コジュウロウは部下と交代で下に降りることにした。
(後は任せるぜ……アキマサ)
多くの期待を背負い、アキマサは最後の秘策『紫天一流』の最終奥義を発動する。




