421、終色
大禍津日神との戦いは最終局面を迎えていた。
ドラグロスは大蛇の怪物を抑え、グレゴールは巨大骸骨と一騎打ち。そして、レッドとアリーシャで大禍津日神を囲む。
呪いと魔力と聖なる力と愛が交差し、強靭な肉体に支えられた最強の身体能力で世界が揺れる。
『……わらわは無敵……ゆえに死なず……傷すら即座に回復する……そして、数多ある呪いが生けとし生ける物を蹂躙し……すべてを無に帰す……』
無限に再生し続ける体。多様な能力。それだけならまだマシだったが、呪いの強化も加わり、大変な事態となっていた。魔神が仲間になっていなければどうなっていたことか想像もつかない。
しかし、ここまで来てもまだ倒す展望が見えない。大禍津日神の発言通り、このままでは全てが無に帰されてしまう。アリーシャは大禍津日神に勝つ方法を模索しつつ、自己陶酔している大禍津日神の言葉に反発する。
「──その言葉……私たちに発破を掛けているのでしょうか? もしかして、私たちにあなたを止めて欲しいのではありませんか?」
『……莫迦げたことを……』
「──心の奥底では実は気付いておられるのではありませんか? 天位に背くことの愚かさを……」
『……侮辱するか……わらわを怒らせることは害となるだけで決して吉と出ぬぞ……?』
攻撃が一気に大振りとなる。表情こそ見えないが、怒りに震えていることは動きで分かった。大禍津日神が鎧武者となり、長身になってくれたおかげで腕の振りと共に隙が大きく目立つ。アリーシャは攻撃を掻い潜り、背後に回る際に胴を剣で斬りながら移動する。だが、あまりにも硬く、剣が鎧の中まで通らない。アリーシャが少し離れたところでレッドが剣を振りかぶった。
「──爪刃っ!!」
飛んできた斬撃を大禍津日神は両腕で防御する。
──バギィッ
凄まじい攻撃に籠手が悲鳴を上げる。鎧は回復の対象でないのか、ヒビが入ったまま直らない。
『……チッ……やってくれたな……』
大禍津日神は右手で印を結ぶ。遠距離攻撃が来ると悟ったアリーシャはヒビに沿って剣を走らせた。
──ガリィンッ
籠手が中側から割れて飛ぶ。何とか防いだと思ったが、大禍津日神の背後に巨大な波紋が9つ浮かび上がる。先ほどまでは印を結ぶのを邪魔しただけで波紋は浮き上がらなかったはずだが、今回のは違うようだ。これも呪いが強化された結果かと考えたその時、アリーシャは切り離した籠手の中が目に入った。
中に何もない。本来肉が詰まっているだろう籠手は空虚なまま中空を彷徨う。
大禍津日神は籠手を無視してアリーシャに穴の開いた腕を向ける。中に小さな手が印を結んで、こちらに指先を突き付けていた。
てっきり、鎧と共に肉体も大きくなったのだと錯覚していたが、中に小さな大禍津日神が収納されている設計のようだ。その事実に気付いた瞬間、恐怖が背筋を凍らせる。
「──しまっ……!?」
『……死七複の陣──火赦紋天・黄道霊界曼荼羅……』
──ボッ
背面の波紋から放たれたのは太いパイプのような光の収束体。光の紐のようなホーミングレーザーとは打って変わって巨大な筒状のビームがアリーシャに一斉に放射される。
呪いの効果を防ぐため、全力で力を注いで『聖域』を確保したアリーシャだったが、ビームの圧力に押されて吹き飛ばされる。地面に激突し、2、3回地面を跳ねた後、瓦礫に埋もれるようにその姿を消した。
「……っ!?」
レッドはアリーシャを守ることが出来ずに一瞬呆けてしまった。その呆然とした目をそのまま大禍津日神に向ける。
──ゾクッ
大禍津日神は初めて恐怖を覚えた。
痛覚を遮断し、無限再生する肉体を持つというのに湧き出してくる感情の波。絶対に死なないと確約されていれば、上手くいかないことに対する怒りくらいは湧いて来ても、怖いという感情など感じるわけがない。
ましてやレッドは強いだけであって、アリーシャのように天位から与えられた聖なる力を持たない存在。グレゴールからピンク色のオーラを分け与えてもらったくらいでどうにかなるわけがない。
だが、這い上がってくるこの感覚は紛れもない恐怖。
恐怖の対象が目の前に現れた時、すべての生き物がやる行為はその恐怖から目を離さないことだ。命を奪われないために適切な距離を置くことが重要不可欠。
今まさに大禍津日神はレッドから目を離すことが出来ない。じっと観察し、何をしてくるかを事前に察知したい衝動に駆られる。死ぬわけがないのに殺されるのではないかと思い込んでしまっていた。
──フッ
余所見も瞬きもしていない大禍津日神の視界からレッドが消える。雷には追いつけないものの、動体視力はかなりのものだと自負していたのだが、全くの無意味だったようだ。見失ったことで焦燥感が生まれ、早く見つけようと目玉を動かすが、高速で動き回った痕跡すら見つけられない。
「──烈刃」
上空から聞こえた声でレッドの行方にようやく気付いた。見えないほどの速さで跳躍していたのだ。目を上に向けようとした時、振り下ろされた切っ先が視界の端に映った。
──ギュバゴオォォッ
この音を剣が振り下ろされた音だと認識出来るものは1人もいない。
全てを巻き込み、破壊するような凄まじい振り下ろし。
衝撃波が発生し、一帯を巻き込む。
「おぅわっ!?」
「きゃっ!!」
ドラグロスとグレゴールが吹き飛ばされそうになる衝撃に巨大骸骨とお堂がひしゃげ、灰のように霧散していった。ゴロゴロと転がったドラグロスはすぐに体勢を整えてレッドに文句を言う。
「危ねぇだろっ! ちったぁ周りのことも……っ!」
そこまで言って閉口する。大禍津日神の胴体が抉り切られていた。回復しようにも、巻き戻る様な再生や、細胞同士が手を伸ばしあってくっつこうとする様な再生も出来ない。細胞が活発に動こうとすると傷口に飲み込まれていく様な、名状しがたい不思議でとんでもない傷痕になっていた。
『……ば、莫迦な……わらわの体を……』
レッドが力の限り振り下ろした攻撃で大禍津日神の肉体に甚大なダメージを与えることに成功したのだ。
「……やりやがったぜあの野郎っ!!」
ドラグロスは歓喜の笑みを浮かべたが、グレゴールは汗を一筋流した。
「レッド……あなた剣が……っ!?」
レッドの手からすっぽ抜けたのかと思うほど綺麗さっぱり剣が消えていた。手の中に残っていた砂粒のような残骸を見つめ、正気に戻ったレッドはどっと汗を掻く。
「あ……し、しまったぁ……っ!」
レッドが大切に大切に破壊しないように使用していた剣が柄も残らず消滅していた。攻撃手段を失ったレッドは大禍津日神を絶望の表情で見る。
『……惜しかったな……レッド=カーマイン……その調子でわらわを攻撃し続ければ、万に一つも勝ち目はあったやもしれぬ……しかし……っ!』
──パシュッ
大禍津日神は鎧を弾き剥がし、レッドを吹き飛ばす。レッドは浮遊する術を持たないため、そのまま地面へと落下した。
『……もうわらわを邪魔する手立ては存在しまい……』
再生しない傷痕がありながらもホッと胸を撫で下ろしたように大禍津日神は両手を広げる。
『……ここまでわらわに食い下がった褒美に……すべてを晒け出そう……わらわに取り込まれる誉をその海馬に刻み込め……』
大禍津日神は腕を振り上げ、ゆっくりと横に広げるように下ろしていく。すると残像のように1本、2本と左右に腕が取り残されていき、千手観音の如く腕が増え始めた。最後に下ろした両手で合掌する。
──パァンッ
相変わらずの破裂音に全員の血の気が引く。
また空が黒く染まる。それはつまり『無力』を押し付けられることに相違ない。
『……死七複の陣──終色──虹曜闇海・多禍螺舟……』
──フ……オォンッ
黒く染まるどころではない。一瞬世界の灯りを全て消し去ったかのように暗転する。そしてすぐに大禍津日神を中心に蛍のように淡い光が無数に現れ、徐々に広がっていく。
黒い空、光に映し出されたのはお堂と大蛇。次にそれを囲うように佇む甲冑を身に纏った赤い集団。お堂の上から被さるように巨大な骸骨が現れ、その全てを支えるように巨大な帆船が出現する。帆船を持ち上げるように呪いの泥が波打ち、後光が差すように光の波紋が船を照らす。
最後に大禍津日神が錫杖から鎌のような刃を出現させ、呪いの集合体が完成した。
『……これにて終幕……』
大禍津日神は船の上で踵を返す。これから始まる蹂躙劇にその身を晒すことは無い。今はじっくり傷を癒すための時間を作る。
──バリバリバリィッ
そのひと時を引き留めるように雷光が嘶いた。
能力を展開したこの国で、光を持てるのは大禍津日神を置いて他に居ない。つまり、今背後で起こっていることは本来あり得ない事象。
ピンクのオーラじゃないのでグレゴールではない。レッドは剣を失った。ならばドラグロスだろうか。
頭の中に巡るここ一番の猛者たちを思いながらゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのはアキマサとニシキだった。
「ようっ、大禍津日神。また会ったな」
『……お前か……自ら死地に飛び込むとは……命が惜しくないようだな……』
「言ったろ? お前が諦めるまでやるってな」




