410、月光の乙女
──ゴゴゴゴゴッ
木製の巨大建造物が殺風景な平面の上にゆっくりと下ろされる。慎重に丁寧に、中に影響が無いように。
──ズズゥンッ
中に居るであろう多くの人間が大騒ぎしているのが聞こえてくる。得も知れぬ浮遊感や、何が起こっているか分からない事態が恐怖を与えているのだろうが、運んでいるドラグロスから考えればいい迷惑だった。
「……ったく、うるせぇったらねぇぜ。ちゃんと説明したんだろうな? あの人間はよぉ……」
避難所を丸ごと持ち上げて浮遊要塞まで運んだドラグロスは一息つきながらぶつぶつと文句を垂れる。
「あら早かったわねぇっ!」
──ドズゥンッ
次にグレゴールが避難所を置く。ドラグロスよりも優雅に繊細に運んでいるように見えて、置いた衝撃はドラグロス以上。中にいる人間が転ける勢いにドラグロスはグレゴールに指を差した。
「おいコラっ! 危ねぇだろっ! 中にいる奴らのことを少しは考えろやっ!」
「お生憎っ。私の愛オーラで中の子たちを包んであげてるからこんなんじゃ怪我なんてしないわよ」
「あっ?!……だとしても雑に扱っていいわけじゃねぇぞっ!」
「んもーっ。ドラグロスちゃんってば優しいんだからぁ〜っ」
グレゴールとドラグロスは合流してグルガンの到着を待つ。グルガンは転移を持っているので、2人の運んだ避難所以外の残り3つの場所を把握し、ドラグロスとグレゴールを避難所に運ぶ手筈となっている。1つはグルガンが運んでくるようなのだが、魔神でもないグルガンにそれが可能なのかは不明だ。
「すまん。遅れたか?」
そこにグルガンが颯爽と現れた。丁度気になっていたところに現れた獅子頭にほっと胸を撫で下ろす。
「おいおい。変身が解けてんぞ? その顔じゃビビられるだろ?」
「とても変身を維持していられる状況ではなかったのでな。2人とも安全に運んでくれて感謝している。あと2つを頼めるか?」
「え? え? ちょっと待って……。あなた避難所は?」
グルガンはグレゴールの質問にチラッと視線だけを向ける。視線の方向を見るといつの間にか見慣れぬ避難所がそこにあった。避難所ごと転移し、衝撃も浮遊感もなく連れて来たようだ。
「……もう、あなただけで良いんじゃ……」
「そうでもない。我の魔力では1つ動かすので精一杯だ。全部吐き出せば2つ目もいけるかもしれないが、魔力を枯渇させればいざという時に動けなくなってしまう。……貴公らの力がなければこれほどの避難は思い付きもしない。もうひと踏ん張り、よろしく頼む」
グルガンが頭を下げ、グレゴールとドラグロスは顔を見合わせる。
「へっ、余所余所しいじゃねぇかゴライアス」
「そうよ。それに、こうまでお願いされちゃ張り切っちゃうじゃない?」
「感謝する。すぐに避難を完了させ、戦いに赴こう」
グルガンの言葉に頷き合い、すぐにそれぞれの避難所へ転移した。2人をそれぞれの避難所に送り届けてグルガンは浮遊要塞の上に戻る。
「……ぐっ……!」
ガクッと片膝をつき、荒い呼吸を繰り返しながら苦しむ。
「はぁっ……はぁっ……これほど魔力を食うとはな……流石に建造物を移動させるのは堪えたぞ……っ」
魔力切れを起こし、立っていられなくなったグルガン。本当なら2人に避難所を任せて戦いに行きたかったが、それは出来なくなってしまった。
先のヘドロの瞬間移動や、無重力に関することが気になって仕方なかったが、足手まといにしかならない現状では休む他に選択肢は残されていない。魔力が有限である以上仕方のないことだが、レッドたちを思えば悔しい気持ちも湧いてくる。
奥歯を噛みしめながらグルガンは何とか立ち上がって遠い目で仲間を想う。
「……すまないレッド」
*
「退がれ退がれっ!!」
アキマサの指示でコウカク家の屋敷から後退することを余儀なくされる。赤い霧が立ち込め、ゾンビのような兵隊たちがその姿を現し始めた。近くの敵を狙うように命令を受けているのか、レッドを倒すために使用された能力はアキマサたちにも適用される。
「おいっ! こいつら武器以外の実態が無いぞっ!」
「一方的に防戦を強いられる敵ですか……何と卑怯な……っ!」
苦虫を噛みつぶしたようなランドルフの表情と共に兵隊の攻撃を掻い潜りながら、徐々に敵の親玉から距離を開けさせられる。
「まずいぞ……っ! このまま離れたら『神与の聖守』を展開し続けられないっ!」
「呪いの泥の解放っ?! それじゃレッドが……っ!!」
「問題ありませんわっ! わたくしが移動させればっ!」
全員の目が呪いの泥に集中する。クラウディアは『輝きの天翼』を動かし、泥との距離を少し縮める。泥の有効範囲を考え、自分たちの安全を確保しつつ一定の距離を保つ。
「呪いの泥が厄介すぎるっ! 私たちの聖なる力が有効だってのに、これじゃ戦えないよっ!」
ティオが嘆くのも無理はない。目の前にいる赤いゾンビももしかしたら倒せる可能性を持った戦力が手を離せない状態にある。レッドが1人で戦っているというのに、誰も加勢に行けないのだ。指を咥えて見ていることしか出来ない現状に悔しさが込み上げる。
「──それは私にお任せください」
背後から聞こえた声に振り返る。そこにはアリーシャが立っていた。
「……白騎士……っ!」
「月光の乙女……っ!」
「アリーシャさんっ!!」
各々の呼びかけを意に介することなく素通りし、皆の前に立つ。
「──ここを少し行った先に何人かのお侍さんたちが集まっていました。皆さんはそこに避難されては如何でしょうか?」
「侍が……?」
「──ええ。確かアキマサさんのお弟子さんもその中にいらっしゃったと記憶しております」
「モミジかっ!? 無事なんだなっ!」
「──はい。行ってあげてください。ここは私が……」
アリーシャは剣を抜き払い、敵に牽制する。
呪いの泥を閉じ込めている七元徳以外は後退することを決めた。
「アリーシャさんっ! あいつらは実態がありませんっ! でも武器は本物なので一方的に攻撃されますっ! 注意してくださいっ!!」
「──ありがとうございます。気を付けますね」
アリーシャは肩越しにニコッと笑い、敵を見据えるように前を向く。剣をかざすように構え、聖なる力を高めた。
「──神剣『聖櫃』──起動っ」
剣が輝きを放つ。アリーシャの持つこの剣は天位の神から授けられたとされる神器。刀身に古代のルーンが入り、柄の下に『金緑石』の魔石が付いた白銀の聖剣。
持つ者に比類なき力の上昇とあらゆる魔法による耐性と防御を授けるという効果があり、3つの特別な能力があるとされる。
「──……このままでは不利ですか。解放せざるを得ませんね」
ボソボソと呟くとスッと右手を目を覆うために巻いた赤い布へと伸ばす。頑なに巻いていた布を何でもないように取り払い、硬く閉ざしていた目を開く。開眼した瞳は淡く白光する青色。宝石のように美しいその目は見るものを魅了し、安らぎを与える。
神から与えられし聖なる目、その名を『聖青眼』。この目を開くだけでアリーシャの能力は爆発的に向上する。
「──さぁ、魔を払いましょう」




