409、前衛の意地
レッドは少女として顕現した禍津神の眼前に立つ。
剣を構え、敵対心を丸出しにした男。これだけなら先ほど戦っていた連中と大差ない。
しかし、驚くべきことに誰もが驚愕した少女の能力を魔力も気もなしに、恐らく身体能力だけで真正面から打ち砕いた。そんなことなどあり得ないと今までの常識が騒いでいるが、何もかも覆されては信じざるを得ない。
少女は素直に自己紹介したレッドを見て不思議そうに頷きながら口を開いた。
『……レッド……カーマイン……それがお前の名か……?』
「そうだ。……ところで君は?」
『……きみ、か……そうよな……名を名乗らぬは無作法か……』
──チリリーンッ
少女が錫杖を鳴らすといつ移動したのか、既に地上に降りていた。といっても地面から30cmは浮いている。足を汚したくないのか、それとも歩くことそのものを嫌っているのか。禍々しくもあり、神々しくもある少女はゆっくりと滞空飛行しながらレッドに接近する。
『……わらわは呪いの源泉『八十禍津日神』……その核を担う存在『大禍津日神』……』
「……え? ヤソ……ん? あっ、つまりオオマガツヒノカミが名前かっ!」
レッドは困惑しながらも名前を認識する。
少女改め、大禍津日神はコクリと静かに頷く。
コソッと瓦礫の陰で会話を聞いていたアキマサは大禍津日神という名を聞いてじっと考える。
オディウムは自己紹介しあっている状況に「……いや、呑気か?」と呆れた。オディウムの指摘にちょっと反省しながらレッドは欠けた剣を構える。
『……レッド……カーマイン……』
「何だこいつ? お前の名前を気に入っているようだぜ?」
「いや、そんなこと……」
オディウムの茶化しを否定しながら敵の動向を探っていると、大禍津日神は手を口元に持っていき、窄めた口から紫色のシャボン玉のような大きな泡をふーっと吹くように1つ吐き出した。
「……遊んでんのか?」
苦笑するオディウムと、集中するレッド。しかしアキマサは身を乗り出すように目を見張る。シャボン玉の中に名前が浮かんでいるのが見えた。
(あれはまさか……っ!)
アキマサには思い当たることがあったが、だとしたらシャボン玉を作られた時点で……いや、名前を知られた時点で勝負は付いていることになる。
大禍津日神は人差し指と親指で丸を作り、指を弾いてシャボン玉を破壊する。弾けた途端に紫の霧がパッと広がる。
『……死ね……』
──ドクンッ
レッドの身に何かが起こる。レッドは正眼に構えた剣を下げ、唖然とした顔でぽけーっと正面を見ている。その瞬間にアキマサは完璧に理解した。
大禍津日神が使用したのは『呪言』。名前を知ることで相手を絞って攻撃が出来、さらに視認する呪いよりも強力な呪いを掛けることが出来る。呪いの具現化とも呼べる少女なら、呪いを冠する全てを使用出来てもおかしくはない。馬鹿正直に名前を晒したことでレッドは首を差し出したと同じことになっていた。
「ん? おい、レッド?」
オディウムに声をかけられたレッドはハッとして目を覚ます。
「あ、やべっ……寝ちゃってた……」
レッドはいつの間にか垂れていた涎を拭いながら剣を構え直す。大禍津日神は呪言が効かなかったことに目を見開き、錫杖を構えた。
『……同種か……? いや、その気配はない……』
どころか魔力や気、聖なる力などの特異な力も感じない。このままでは呪言を防いだのも単なる身体能力によるものだと認識する他ない。
(……そんなことは不可能……不可解……)
大禍津日神も困惑する事態。こうなった以上、直接攻撃での実力行使でしかこの男をどうこうする手立てを見い出せない。
『……レッド=カーマイン……お前を殺す……』
「なに? そうか。俺とサシでやるつもりか……オディウム。みんなに伝えてきてくれ。俺がオオマガツヒノカミと戦うってな……」
レッドは視線を逸らすことなくオディウムに伝える。「は? 何で俺様がっ?」と反抗的な目を向けるが、レッドは小さい声で「……俺が戦っている内に隙が生まれるでしょ。だから……ほら……」と作戦であることを告げる。
付け焼き刃すぎるこの行動にオディウムは肩を竦めたが、チラッと背後を見た先にアキマサを見つけて気が変わる。面倒な説明はアキマサが全部してくれるだろうと考えてのことだ。オディウムはアキマサとレッドを交互に見た後、ようやくレッドから離れた。
『……わらわをたった一人で抑え込める気なら……考えを改めるべきだ……』
「……俺は冒険者で職業は剣士。つまり前衛だ。敵の注意を引きつけ、背後の仲間を守り、最高のタイミングまで時間稼ぎをする。俺が倒せなくったって、俺の技術が通用しなくたって関係ない。一時でも一瞬でも時間を稼ぐ。そう……たとえ俺が、死んでも」
『……覚悟は十分か……わらわを前にし、ほざいたことを後悔せよ……』
錫杖を構え、能力を発動する。
『……死七複の陣──娩罪天・朱現兵仗……』
──チリリーンッ
錫杖の環がぶつかり合って鳴り響く。次に起こったのはじわっと広がる赤い霧。瓦礫の下や地面を覆うように噴き出した赤い霧から剣や槍、斧や弓など様々な種類の武器が生えてくる。
生えてきた武器に縋り付くようにゾンビのように肉が腐り落ちた人型の何かがずるずると現れる。目の玉が存在せず、2つの穴の中には赤い光の点が瞳を現しているように動いている。武器を杖に何とか立っているような怪物たちは各々に用意された武器を手に取ってレッドに向ける。10や20どころではないレッドの周りを埋めつくす大群。
「……ここにきて物量か。まぁ、初めてじゃない」
レッドは周りに目を配りながら警戒する。すると早速レッドの背後を陣取っていた赤いゾンビが意外に素早い動きで攻撃を仕掛ける。レッドは流れるような動きで迫るゾンビの武器に剣を這わせるように構える。
──キィンッ
通常通り切っ先を往なした後、振り下ろしたゾンビに向かって剣を振るう。
──スゥッ
剣がすり抜け、ゾンビにはまったく傷がついていなかった。
「な、なにっ?!」
『……わらわの兵は斬れぬ……一方的な攻撃を前に沈め……』




