408、騒動の隅で……
禍津神が復活し、凄まじい能力と共に国内を混乱の渦に陥れている丁度その頃、ヨリマロの邸宅で1人壁に寄りかかる人影があった。
シンクロウ=クロバ。アキマサに敗れ、最後に果たすはずだった誓いすら守れず、無様に放心状態となって窓の外を眺めている。
手は血に塗れ、動かそうともしないが、先ほどまでオキノブの亡き妻オトメと子供に刺さった小太刀を半狂乱になりながら抜いていた。小太刀は外に投げ捨てたので手元にはないが、そのおかげでようやく落ち着きを取り戻している。
「……オキノブさん。俺たちの革命は何だったんですかねぇ……? 結局何も守れず、全部ご破算。生きている意味も失ってしまいましたよ……」
シンクロウはチラッとカラスマ家の家宝、大業物『名刀・鴉黒』を見た。手に取ろうとした時、ふわっと体が浮く。まるで無重力の中にいるような感覚にシンクロウは困惑する。オトメと子供がふわりと浮き、離れそうになったのを見て慌てて2人を抱き寄せる。
「駄目だ駄目だっ! 一緒に居てくれっ!! 離れないでくれっ!! あなたは守ったんだっ! あいつから子供を守ったんだっ!! ならせめて……子供から離れないでやってくれっ!!」
死んだ人間に何を言っても無駄だ。これもシンクロウの自己満足でしかない。しかしこうでもしないと保てない。自分の心がポロポロと欠片となって壊れ落ちていく。
──ドサッ
急に無重力から解放され、勢いで赤ん坊が母親から離れる。シンクロウは這いずるように赤ん坊を拾い上げ、オトメの元へと戻した。
「……これでいい。これで……」
疲れたような、今にも死にそうな顔で微笑む。肩越しに窓の外を確認し、今し方何が起こったのかをふと考える。
(……全ての力が失われるような気味の悪さを感じた……あれも禍津神の能力だろうか……?)
そうであるなら、もう生き残っているのは自分1人かもしれない。禍津神復活前に逃げ出したであろうムネヤスたちは上手いこと国外逃亡に成功したかもしれないが、取り残された国民や武将たちは禍津神の超暴力の前に屈したに違いない。
「……は、ははは。だとしたらこの革命の意味はありましたね。オキノブさん。みんな死んで終わり。国が亡くなればあの屑どもも権力を振るえない。さぞ悔しんでいるのでしょうね……」
シンクロウは今にも泣きそうな顔で笑みを浮かべながら希望的観測を述べる。自分たちの行動に何かしら意味を持たせることで納得しようと思っている。すぐ側にオキノブがいるように会話をし始めるのは控えめに言って末期に近い。
あとは自分も災害の威力に飲まれるだけ。そう口にしようとしたが、スッと襖が開いたことで喉元まででかかった言葉を飲み込む。
「あららぁ? あなたは確か……シンクロウって言いましたっけ? 何をしているんですぅ? こんなところでぇ」
姿を現したのはラストゥス。おどけた様子で部屋に入ってきた。
「な……お前、こそ、なんでここに……? もう用なんて無いはずだが……?」
「何を言ってるんですか。用ならありますよぉ。大切な僕の戎器を取りに来たんですから」
「?……ヨリマロが……購入した戎器は全て出払ったはず……」
「ええ。僕が探しにきたのはムネヤスさんの奴ですもん」
「ムネヤスの……戎器……?」
ラストゥスの言っている意味が分からないシンクロウはラストゥスの移動をポカンとした顔で見ている。ささっと移動してオトメの側によると合掌して死を悼む。その後すぐにオトメに手を伸ばし始めたのでシンクロウは大業物『名刀・鴉黒』を手にとって鞘ごとラストゥスに向けた。
「何のつもりだっ! 彼女には指一本触れさせんぞっ!」
「彼女?……ったってオキノブさんの奥さんでしょうに。それにもう死んでるじゃないですか」
「お前も今ここで死にたいかっ?!」
シンクロウは今持てる全ての力を動員し、バッと立ち上がる。
「落ち着いてくださいよぉ。そう熱くならないで。ちゃんと説明しますから」
ラストゥスはオトメから遠ざかり、両手を開いたまま語り始める。
「オトメさんは重度の心臓病を患っていました。僕が処置したおかげでつい最近まで生きられたんですよ。まさか子供までお産みになるとは思いもよりませんでしたがね? 生命の神秘って奴です」
「……ふざけずに続けろ」
「はいはい。ですから、言ってるように、心臓病はもう数時間の命にまで彼女を蝕んでいたんですよ。僕が開発した戎器を入れることで心臓を無理やり健康状態まで回復させて動かしていました。戎器が人工心臓みたいになってたってことです。戎器が停止すれば心臓は停止しますから死にますよね? ま、そういうことです」
「その前にムネヤスに殺されたがな……」
シンクロウはオトメと子供についた刀疵を見て怒りを湛える。ラストゥスは聞き分けのない子供でも見るような居た堪れない目でシンクロウを見たあと、これ見よがしにため息をついた。
「あのですね……戎器が動いていたらこの程度の刀疵では止まりませんよ。首を落としても心臓だけは動いてます。そう設計したんですから」
ラストゥスが何を言っているか分からず混乱する。
「つまりオトメさんは本来この程度のダメージでは死なないんですよ。というか頭を切り離さない限りは死なないとでも言いましょうか?」
「……なら何で……どうしてこんな……」
「いやね、ムネヤスさんから外科手術前に口添えがありましてね? オキノブさんと命をリンクさせるように指示があったんですよぉ。オトメさん単体ではオキノブさんと直接関わりはありませんがね? オキノブさんがお亡くなりの時には死んでしまう。ムネヤスさんの粋な計らいということですなぁ」
「ふざけるなっ!! あいつにそんな感情があるわけがないだろうっ!!」
「おっと、こいつは手厳しい。しかしそういうことであるなら、考えは一つですねぇ。今回の戦いでオキノブさんが亡くなったことを知らせる道具。きっと今回のことを想定し、仕込みを入れていたということでしょう。オキノブさんが亡くなったことをいち早く知れたら、逃げる算段を打てる。賢いお方だ」
ふざけ倒すラストゥス。シンクロウを煽るようにチラチラと反応を見ていたが、ラストゥスの予想とは違い、シンクロウは絶望の顔を見せる。
「そんな……じゃあ……この戦いは……」
オキノブはオトメと我が子のために戦った。シンクロウはそれを踏まえ、オキノブの家族のために戦った。どうせ負けるとしても、死ぬとしても、死の間際に未来を託せると考えたから。
「しかし、何で子供まで刺しちゃうのかなぁ? こんなことしたって意味ないのに。ねぇ、シンクロウ殿。……シンクロウ殿?」
質問に答えることなく佇むシンクロウは既に意識を失っていた。
「あらら。相当なショックを受けられちゃいましたか。しかし、可哀想ですねぇあなた……同情します」
ラストゥスはポリポリと頭を掻きながらシンクロウを眺めていた。




