407、本気
「速いな……だが、それほど速くなくともっ!」
ブルックは背負っていた大剣『錆びついた鉄塊』を構え、少女へと突撃する。セオドアもすぐに駆け出し、ブルックの背後に付いた。
「奴の攻撃方法は不明だが、人数が多けりゃ対処し切れねぇだろっ!」
「俺も行きますっ!」
2人についていくようにアレンも飛び出す。アキマサの攻撃が即座に回復している様を見れば攻撃など無意味に思えるが、敵の得体が知れなさ過ぎる現状に於いて、背中を見せて逃げるわけにもいかない。
聖域内で交代しながら戦い、怪我をすれば回復に専念しつつ、相手の弱点を探る。使える手があればどんどん使って禍津神を何としてでも倒す。この国を救う手立ては禍津神の討伐以外に道はない。
「こいつを倒さなきゃこの戦いが終わらないってんなら、私も能力を発動しても良いでしょ?」
レナールは魔剣を抜く。
ルオドスタ帝国の誇る封印指定級魔剣『紅鱗剣・烈火覇山皇』。ブルックの持つ『錆びついた鉄塊』も封印指定魔剣に数えられるが、『錆びついた鉄塊』以上に周りに被害を及ぼす強力で危険な魔剣。
「そ、その剣は炎龍の洞穴にあったと聞く伝説の……」
シズクは焦った様子でレナールを見る。レナールはチラッとシズクを見てニヤリと笑った。
この魔剣は炎龍の力を宿しており、この剣を持つ者は炎龍の力を身に宿し、炎を自身の僕とする。身体能力を爆発的に上げるだけでなく、炎の加護で火属性の攻撃を防ぐ能力と温度が高い場所やマグマ地帯なども涼しい顔をして歩けるなどの効果も得られる。
所有者の魔力の発動を全て火属性に変えるため、撃つ技全てが火の攻撃になるなど属性変化に応用は効かないものの、火の威力を強化する効果が上乗せされるので被害を気にしないなら凄まじい力を発揮出来る。
シズクは考えるように口を噤むが、これに待ったをかける者がいた。
「待ってください。コウカク家の神聖な土地を燃やしてしまうことになるのは……ちょっと……」
コウカク家を守護する大役を持つマガミ家の当主、コウセイ=マガミ。先ほどまでキジン家が解き放った傾奇部隊の強襲から屋敷を守っていた強者。コウセイは魔剣にそれほど明るいわけではないが、伝え聞く威力でも『辺り一面が焦土と化す火力』と知れば誰でも使用に難色を示す。しかし当人のニシキは「構わない」と強く頷いた。
「いいねぇっ! 滾ってきたっ!!」
それを待ってましたとばかりにレナールは魔剣に力を込める。
「相手が神だってんだから、ここで手加減なんてしてらんないよっ! 早速ぶっ放して炭に変えてやるっ!!」
──ゴゴゴゴゴッ
全身から炎が湧き出し、レナールの力を倍増させる。帝国本土でも使用を制限されるため、それこそ戦争でも起こらない限り使えない力。魔神襲来という有事でようやく日の目を浴びる魔剣だが、それでも仲間から力の制限をチクチク言われるため、フラストレーションが溜まっていたレナールは全解放に向けて力を貯める。
『……わらわを前に臆せぬか……実に不愉快……』
少女は突っ込んでくるブルックたちとレナールの力の解放に、能面のように無表情だった顔の筋肉を動かし、とうとう片眉を上げた。七元徳の『聖域』にアキマサの容赦ない斬撃。さらに追撃を仕掛けようなど許せるはずもない。
『……しかし……その勇気に免じ、わらわの力を見せよう……』
──チリリーンッ
鈴の音が耳を擘く。少女は持っていた錫杖を手放し、目の前に浮かせると力強く合掌する。
──パァンッ
小さな手からは考えられないほどの破裂音が鳴り響き、その瞬間に音に溢れていた先ほどまでの状況が一変する。時が止まったように衣擦れの音一つ聞こえない異様な状況に思考すらも停止させられた。
『……死七複の陣──大刻天・黒漆……』
──チリリーンッ
少女の能力発動の声の後、錫杖が環の音を響かせる。次に起こったことは目を疑う光景だ。明るかった空が夜よりも深い黒に変化し、浮かんでいた雲は消失する。しかし空以外は明るさを保ち、周りはよく見えるチグハグさがあった。影の落ちる位置は同じようなので、太陽の位置は変わらない。今はただ、空が真っ黒という以外は何も変わらなく見える。
「おわっ!?」
「な、なんだっ!?」
だがすぐに異変は訪れた。ニシキを除く全員がふわりと浮き始めた。
「足の踏ん張りが効かないっ!? いや、体の自由そのものが奪われたのかっ!?」
コジュウロウは慌ててクナイを投げる。地面に刺さったクナイに結びつけておいた見えない糸のおかげでピタッと空中で静止した。近くに浮いて居たシズクを掴んで糸を手繰り寄せ、地面に降下することに成功する。
「無重力っ?!」
シズクは今起こっていることに驚きの声を上げた。どこまでが効果範囲なのか定かではないが、目に見える範囲全てが黒に覆われていることを考えればとんでもなく広い。
「……踏ん張りが効かないなら、魔力で推進力を作れば良い」
ブリジットは魔力を使用しようと考えたが、魔力は使用出来ない。まるで息の仕方を忘れてしまったかのような感覚に青ざめる。それは龍球の者たちも同じで、普段当たり前のように使用していた気をまったく使えなくなっていた。
『……この空はわらわだけのもの……わらわの空を汚すことは許されぬ……』
全てを無効化する無重力の世界。絶対的な力を前にどうすべきか判断がつかない。
ニシキは禍津神に対する相性ゆえか、理の外にいるようだが、ニシキが単独でこの化物と対峙するのは荷が重い。
『……死七複の陣──呪楼刃・下天白髭……』
少女は錫杖を持つと天を衝くほどに長く太い白く輝く刀身を出現させた。黒の空に白の刀身がよく映える。
肝が冷える。自由を失った空の下、少女が小枝でも握っているように軽々と巨大な剣を握る。
「不味い……なんてもんじゃねぇわな……っ!」
アキマサは咄嗟に刀を地面に刺したおかげで浮かずに済み、2つの小太刀で歩くように地面を進んでいたが、気を使用出来ない上に空中での制御方法が分からない以上迂闊に動けない。
『……滅せよ……』
少女は浮いている者たちを攻撃しようと巨大な剣を振り上げた。
──ドグゥッ
剣が振り下ろされる瞬間、国の端っこから空気が破裂したような音が鳴り響く。何かが発射されたような凄まじい速度で飛んでくる影。それを確認出来たのはアキマサだけだ。無重力の中、地面を蹴って飛べばどうなるか分かったものではないというのに、ただひたすらに真っ直ぐコウカク家の屋敷に向かって飛んでくる。
「マジか……」
アキマサのサングラスの下に隠れた右目が正体を見破る。
飛んできているのは目立つ赤い髪の毛にクロークを羽織った剣士。レッド=カーマインだった。
──バギィンッ
振り下ろされた白い巨大な刀身は弾け飛ぶ。同時に放たれた斬撃は黒い空を割り、霧のように霧散した。黒い空が晴れた瞬間、重力が戻って浮かんでいたみんなが空から落ちる。急な出来事に全員が何が起こったのか目を見張る。
「おわっ!? おわぁぁっ!!?」
──チュドッ
レッドは急に戻った重力に負けてどこかの建物に着弾する。少女は見開いた目をレッドが落ちた建物に向けた。
「お前なぁっ! 無茶も大概にしろ! 俺がいることも忘れんじゃねぇっ!!」
建物が倒壊した土煙の中でオディウムが騒いでいる。
「いやぁごめん……何とかなると思ってさぁ……」
あまりの衝撃にクロークがビリビリに破れたレッドが姿を現した。ロングソードも切っ先が欠けてしまっている。
少女はゆっくりとレッドを見下ろす位置に移動する。
『……お前は誰ぞ……?』
「え? あ、ああ。俺はレッド。レッド=カーマインだ」
レッドは急いで体裁を取り繕い、キッと目をつり上げ、剣を構えて名乗りを上げた。




