406、力を合わせて
『……これで防いだつもりか……?』
少女の呟きが頭に響く。不思議な事態に目を丸くしながら七元徳や剣聖は互いを見合う。禍津神の言葉であることを各々が悟り、クレイは声を張り上げる。
「この盾の効果は今見た通りだっ! 悪しきもののみに効果を発揮する不可侵の防壁っ! 俺1人ではちょっとばかし力が足りなかったが、これ以上踏み込むことなんて出来ないぞっ!!」
『……威勢の良い人間だ……ならば試してみようか……?』
ヘドロは玉であることを忘れたのか、水風船が割れたように液状に変わり、濁流の如く防壁に襲い掛かる。しかし玉の時にあった質量は液状化されたことにより分散され、防壁が傷つくことはない。あの玉のままなら押し相撲が始まっていただろうが、今は油膜が浮いた濁った紫が防壁を包み込んでいく。
「一つ聞いてもいいか? この防壁はどこまでを守っている?」
「は? 『どこまで』とは?」
「地上から上だけなのか、地下まで全部を覆っているのかってことだ」
アキマサの指摘に全員の肝が冷える。地面に接触した呪いの液体は土をじわじわと浸食しながら中心に迫ろうとしているのが肉眼で分かった。いろんな色を全部混ぜたような毒々しい色合いの地面に嫌悪感を抱く。
「おいっ! 嘘だろっ!?」
「どうすんのこれっ!?」
セオドアとレナールが騒ぐ。デュランは魔剣を抜き払い、「私に任せろっ!」と地面を操作し、土嚢のような土の壁を作り出す。ただ、土に染みているのでまったく意味はない。デュランに冷たい視線が注がれ、デュランはカァッと顔を赤くした。
「……凍らせてみる」
ブリジットは刀を抜いて能力を発動し、浸食している地面を凍らせた。するとさっきまでの勢いはかなり弱まり、冷やしたことによる効果は絶大であったと確信出来た。
ただ、このままじっとしていては呪いに汚染されてしまう。かと言って防壁を解こうものなら直接ぶっかけられる。一気に詰みの状態まで持ってこられた。
「そうですわっ! わたくしの『輝きの天翼』をクレイの『神与の聖守』と組み合わせれば勝機はありますわっ!」
「そ、そうかっ! その手があったかっ!」
クラウディアの思いつきにクレイは納得の表情を見せる。七元徳以外は「組み合わせる?」と頭を捻るが、「説明は後でっ!」とクラウディアは即座に行動を開始した。
『輝きの天翼』。
背後に12の光の羽根のような剣の切っ先が浮かぶ聖装。魔法に対する親和性が高く、どの状況においても臨機応変に対処出来る。クラウディアの魔力量と空間把握能力、魔力操作が高いため自由自在に操作して攻撃が可能。別々の能力を持たせることも出来るが、同じ能力を12枚全部に持たせることも可能なため出力の強化も図れる。
攻防補助においてオールラウンダー。ただし、クラウディアレベルの魔力量や求められる技量が無いと宝の持ち腐れとなる。
クラウディアはクレイの盾をそっと触る。クラウディアの側で浮かんでいた12枚の羽が防壁の要所要所にくっつき、防壁を拡大させるように動き始めた。
「うおぉっ!?」
クレイ、ランドルフ、アドニスは一気に聖なる力をゴッソリ持っていかれるような感覚に陥る。それもその筈で、展開している防壁は展開している所有者の力量に左右される。今ここにいる全員を囲うように防壁を展開しているので、クレイにとっては多少無理をしている状態だ。2人が供給源として助力してくれているおかげで何とかなっているが、2人の聖なる力は防壁の強化に当てているので広げられるとその分余計に力を使用することにつながる。
「頑張ってっ! 私も力を貸すよっ!」
「私もっ!」
「俺の力も持っていけっ!」
ティオとリディア、そしてオーウェンもクレイに聖なる力を供給する。
6人の聖なる力が『神与の聖守』に注がれ、防壁内部に強力な光が溢れる。それと同時に先ほど汚染された地面がみるみる正常な土色に戻ってきていた。
これは『神与の聖守』に備わる能力の一つ、簡易的な支配空間モドキである『聖域』の効果が強まった結果である。全員の力を合わせなければ正常化不可能なほどの呪いの泥は、今尚中心に集まる人間を穢そうと狙っている。
「さぁっ! 行きますわよっ!!」
クラウディアは『輝きの天翼』を操作し、防壁を裏返し始めた。ヘドロを器用に防壁に包み込み、完全に閉じ込める。その様子はまるで半透明のビニール袋に包まれた汚物。
七元徳全員の力を合わせて呪いの泥を封じることに成功した。
『……目障り……』
少女はクレイを睨みつける。
「させないっ──光よっ!」
カッとニシキから放たれた光が七元徳とついでに剣聖を包み込む。クレイに放たれた呪いはクレイを一瞬不安にさせる程度で解呪された。ニシキが放った強化を促す光の加護による効果で肉体だけでなく『神与の聖守』の聖域の効果を強化。少女の呪いを無効化出来るところまで進化させた。
『……おのれ……』
少女に焦った様子こそないが、無表情の中に怒りは感じる。
──チリリーンッ
少女はいつの間にか錫杖を手に持ち、迷わずニシキにかざす。
「待てよっ」
──バリィッ
アキマサは浮かんでいる少女の背後に雷を纏って出現した。
「そうは問屋がおろさねぇんだよなぁ」
──バシュッ
いつの間に斬ったのか、少女は首が斬られていた。ズッと斜めにズレる視線。アキマサのあまりの速さに禍津神もついてこられなかったようだ。
しかし関係がない。傷などすぐに再生してしまうからだ。少女はニシキからアキマサへと狙いを変える。
「そうだ。俺を見てろよ。見られるもんならなぁっ!!」
アキマサは握り込んだ二振りの小太刀を凄まじい速度で少女に振るう。
アキマサの打った自作の小太刀『朝霧』と『撫子』。どちらも業物の等級を頂いていて、能力自体は無いが軽い上に魔力や氣を通しやすく、切れ味も高い。特筆すべき点は極めて頑丈で折れにくい事であり、軟鉄と玉鋼、隕鉄の練り合わせが完璧で耐久力は全業物一である。
扱いやすさを売りにした専用の小太刀のおかげか、常に少女の視界を避けて流れるように斬りつける。上下前後左右、つまり全方向から雷の速度で粉微塵になるまで容赦なく。最後の一撃は直上から叩き落とすような落雷の如き斬撃を決める。
「──八紘──千却万雷っ」
──ピシャアァンッ
紫天一流が誇る8段階の歩行術で最大となる『八紘』を用いて、今使える最強の攻撃を使用する。稲妻が四方八方から襲いかかり、斬撃との合わせ技は生き物に使うべき技ではない。
禍津神であるからこその殺す技。
この一撃にはひとたまりもないだろうとアキマサが見上げると、少女は斬られた痕も火傷痕も既に修復しつつあった。
「あ〜あ。こりゃ最悪の敵だぜ……」
アキマサは珍しく弱気になっていた。




