405、聖と邪
「なんだ? この汚い液体は……?」
ライトは封印石のあった場所から急に飛び出した液体を注視している。ライトの勘が囁いている。近寄ることすら危険だと。
「うぇっ気持ち悪いな。こいつとどっこいどっこいだぜ」
ディロンは疲れ果てて座り込んだジキマロを指差しながら嫌悪の表情を浮かべた。ディロンにもライトと同様に不味いものだとの認識があるようだ。
「だ、誰が気持ち悪いとっ?! 朕のことではなかろうなっ!!」
ガバッと起き上がって再度攻撃を仕掛ける。しかし最初の一撃以外、まともに当たることもなく普通に回避される。
「あれにどんな効果があると思うよ?」
「推測の域を出ないが、即死効果じゃないだろうか。ここまでヒリつく気を感じるのはガルムの時以来だからな」
「マジかよ……おっ! ちょうど良いじゃねぇか。この野郎を入れようぜ」
ディロンの提案にジキマロは驚く。
「なっ!?」
「さっきから再生ばっかして死ぬ気配ねぇしよ。このまま殴るのも疲れる。いっそこの野郎をぶっ込んでやろうぜっ」
「させるか馬鹿がっ!!」
ジキマロは刃物に変えていた腕を元に戻し、ディロンに掴みかかる。逆にディロンを投げ込んでやろうと考えてのことだが、ディロンはジキマロが伸ばした手を掴んだ。皮膚がバリバリと裂け、中から鱗にまみれた手が姿を現した。
「ひっ!?」
急に何が起こったのか分からなかったジキマロがディロンを見ると、顔が爬虫類のように変貌していた。
「オメーとの遊びはここまでだ。こっからは俺たちの実験に付き合ってもらうぜ」
ディロンは人間時とはかけ離れた膂力でジキマロを振り回し、ヘドロの柱へとぶん投げた。ジキマロは空中に投げ出された時の体の使い方を知らず、バタバタと手足を振り回しながらヘドロの中へと入る。
──ボジョッ
見た目通りの粘着質の液体の中に体丸ごと侵入し、息が出来ないと苦しみもがくこともなく瞬時に溶けてなくなった。
「……っと、マジか? ってことはあれも全部?」
無限に再生し続けていたはずのジキマロが瞬時に消滅し、ヘドロの危険を垣間見たディロンは他に立ち上る柱群を確認する。ライトも汗を一滴流しながら恐怖する。
「……これがもし急に流れ出したりでもしたらひとたまりもないぞ。早いところここから離れよう」
「っだな」
ディロンとライトはすぐさまヘドロから離れた。
*
──バリィッ
アキマサはニシキとシズク、そして近衛兵の3人の救出に成功した。
「ありがとうアキマサ」
「……ああ、無事で良かった」
シズクの言葉にアキマサは暗い顔を見せる。全員を助けることの出来なかった後悔が滲んでいた。
「どうしたっ!?」
「何があったっ!?」
ヒビキとコジュウロウは大慌てでニシキの側に近寄る。シズクはすぐさま「禍津神です」と答える。
「あの力は予想以上です。我々が全滅してしまう可能性も踏まえ、今すぐにこの場から退避します」
シズクの言葉に緊張が走る。しかしニシキがすぐに訂正した。
「いや、今から逃走しても逃げ切れぬ。──刀を持てっ!」
ニシキの命令にコジュウロウが即座に反応し、駕籠に乗せた刀を取り出す。紫地に金糸で縫われた豪華な布に包まれており、龍球王国の長である『央龍皇』の刀だと知れば、さぞ美しい装飾のなされた荘厳な刀が入っていることだろう。
しかしコジュウロウが布を開くと、中には鞘も柄もない抜身の刀身がキラリと輝きを放つ。柄が無く、もうしわけ程度の布が巻かれていて、振ることは困難でも持つことは出来るという歪な刀。
その名を、神刀『光耀角』。
五つしか存在しないとされる『天目一箇』級の刀であり、虹色の様に輝く宝石の様な刀身をしていて、見た目は美術品に近いこの刀は『天下護剣』の一つに数えられる。
他の神刀と違い 真の意味での『龍球王国アマツカグラ』の国宝であり、ニシキ含めのコウカク家の者達でさえ握ることは滅多にない。
恭しく差し出された刀を受け取ると、ニシキの周りにいる全員に光が溢れた。この刀の力は所有者に使える臣下に光を飛ばし能力を著しく向上させる能力。そしてもう一つの能力こそこの戦いにおいて、最も重要と言える。
ニシキが全員に能力が行き渡ったと確信したその時──。
──メキメキメキィッ
屋敷の屋根が捲れ上がる。小さく白い少女がふわりと浮き上がって屋敷の前に集まった全員を見下ろす。
「……うっ!?」
少女に見られていた内の1人が胸を抑えて蹲る。
「な、なんだっ? 急に動悸が……っ」
それに釣られるように同じ症状を持った者たちが同じように胸を抑えて蹲った。
少女はその様子を不思議そうな目で見つめる。
「やはり効果があったっ!」
ニシキは蹲る臣下たちを見回して1つ頷く。神刀『光耀角』の能力は、味方の強化と、様々な災厄から所有者を守る竜神帝の光の守りが展開される能力。所有者であるニシキまでと行かなくても、味方に強化を付与することで禍津神の呪いを大幅に軽減させることに成功したのだ。これを先に使用していなければ何人もの臣下がまた液状に変えられてしまったことだろう。
ニシキの歓喜の声に少女は冷たい視線を送る。
『……白蛇の末裔か……』
意味深に呟きながら無表情のままじっとニシキを見つめる。
「即死ではなくなりましたか。つまりここからは……」
シズクは刀に手をかける。コジュウロウもヒビキも、そしてアキマサも。少女との戦いを意識して戦闘態勢に移行する。
『……わらわの力を無効化するなど不届き千万……』
少女は右手を高々と上空にかかげる。すると封印石のあった場所から噴き出したヘドロの柱が少女の真上に集まり始める。国の中心に存在するコウカク家の屋敷から考えて遠くに存在するはずのヘドロが、瞬間移動でもしているかのようなとんでもない速さで収束し、巨大なエネルギーの玉のように空中に浮いている。攻撃を仕掛ける暇すらなく、少女の真上に浮かぶヘドロ玉を見ていることしか出来ない。
『……飲まれよ……』
そのままヘドロ玉を落とす。迫り来るヘドロには流石のニシキも為す術もない。まさに万事休す。
「悪しきものを弾け──神与の聖守っ!!」
その声と共にニシキたち全員を覆うドーム状の結界が張られる。ズンッとヘドロ玉がドームに接触し、中に入ることが出来ずに形状を変えていく。
振り向いた先には七元徳と剣聖が勢揃いしていた。七元徳のクレイが盾を掲げて結界を張っている。
「間に合ったようだなっ!」
ヘドロの物理攻撃を受け止め、得意満面のクレイだったが、結界にヒビが入り始める。
「だぁっ!? 不味いっ!!」
「しっかりしてくださいっ! 我々も手助けしますよっ!!」
ランドルフやアドニスがクレイに聖なる力を分け与える。ヒビは修復され、何とか防ぐことに成功した。
「みんなで戦いましょうっ!!」
ティオの言葉にニシキたちは奮起する。
一連の流れを見ていた少女は無表情でありながらも、どこかイラついた空気を漂わせていた。




