404、常識の逸脱
禍津神の復活。避難誘導と情報収集に力を注いでいた乱破部隊『虎噤』の長、コジュウロウ=ビャクガは空を見上げて驚愕する。
「とうとうこの日が来たってことかよ……」
昔、ヒズミの凶行で危うく解き放つところだった禍津神。当時は何とかヒズミを倒し、止めることに成功したが、時間を置いただけに過ぎなかったようだ。結局、自分たちの代で復活を許してしまった。
「どうするコジュウロウっ! 私はともかく、ホウヨクは未だ回復していないぞっ!」
ヒビキが気絶したホウヨクを運んで来た時から嫌な予感はしていたが、コジュウロウには打つ手立てが思い浮かばない。
「……もはやこれまで、か……おいっ! 至急各避難所に通達しろっ! 死にたくなかったら今すぐに国外に逃亡するようになっ!」
「畏まりましたっ」
部下はすぐさま走り出そうとするがヒビキに止められる。
「待てっ! 避難所は安全だ。ここで慌てて国外への脱出を促せば逆に混乱の元になる。今は待機だっ」
「何を悠長なっ……国民を国外に逃がして再起を図るのが得策だろうがっ!」
「外には魔獣がいる。外も決して安全とは言えまい? 幸にも避難所の隔壁は頑強に作ってある。陰陽師に巫術で防壁を張っているのも合わせれば、物理も魔法も通用せん」
「分かんねぇだろっ! もう禍津神が復活しちまってんだっ! 俺たちの常識なんざ通用しねぇんだよっ!」
コジュウロウの必死の訴えとヒビキの頑とした慎重さがぶつかる。どちらも正解のようで不正解のようでもある。統率力が乱れ、指揮系統に問題が生じ始める。
「常識が通用しないか。確かにその通りだな」
言い争っていた2人の会話に入るように声を掛けられる。聞いたことのある声の主に目を向けると、グルガンと2体の強者が立っていた。特にドラグロスの見た目にはヒビキもコジュウロウも目を丸くして驚く。
「だとするなら、こちらも常識から逸脱しよう。避難所は全部で何箇所ある?」
グルガンの目が部下に向き、部下は吃りながらも「5つ」と答えた。
「一度には厳しいか……」
顎に手を当てて考え込む。そこにドラグロスが訝しげな顔で尋ねる。
「待てよゴライアス。俺に救出なんざ向かねぇ。見てくれの通り暴力担当だからよ」
「何よ。ケチなこと言わないの。私たちが手を貸せばスパッと解決でしょ?」
「否定はしねぇが……」
グレゴールの詰め寄りに頬を掻いて頷く。全く話について行けていないヒビキとコジュウロウの2人は喧嘩をやめてグルガンたちに向き直る。
「……助けてくれるってんならこれ以上のことはねぇが、具体的に何をしようって言うんだ?」
「国外に連れ出す」
グルガンの言葉にコジュウロウはヒビキに指を差して「はいっ! 俺が正解だなっ!」とアピールする。
「しかしグルガン殿。ここで国外に連れ出そうとすれば混乱を招くばかり……人が押し合って我先にと逃げるようなことになれば死人も出ます。その上、国外には魔獣がいますので、そこでもまた犠牲者が……」
「それについては問題ない。浮遊要塞に全ての民を収容する。幸いにも避難所に避難が完了している。持ち上げて浮遊要塞に一時的に避難させよう」
「ば、馬鹿な……っ!? 持ち上げるだなんてそんなこと……っ!」
ヒビキがあまりの答えに困惑していると、ドラグロスが肩を回し始めた。
「へっ、救助は性に合わねぇが、それなら俺にも出来そうじゃねぇか」
「力むのはあまり好きじゃないけど、事ここに至っては仕方ないわね。私もひと肌脱いじゃおうかしらっ」
グレゴールも張り切っているのか、メキメキと彫刻のような筋肉を見せつける。ヒビキはぱくぱくと口を開いたり閉じたりするばかりで言葉が出ない。非常識すぎる。
「『虎噤』の何人かを貸してくれ。2人は避難所を浮遊要塞に持ち上げたら、一度待機。我が残り3つの避難所を確認して1つを転移で移動させる。我の到着後、2人を転移で避難所に移動させる。全部を収容出来たら任務完了だ」
「結構ハードね。でも、頑張っちゃうわよっ!」
「おいおい、ぶっ潰さねぇように気を付けろよ? オカマ」
「あなたに言われたくないわよっ! 暴力担当っ!」
コジュウロウの部下が先導する形で3人は散開する。唖然とするヒビキにコジュウロウは肩を竦めた。
「……何にしても良かったな。これで安心じゃねぇか」
「可能だと思うのか?! 避難所を持ち上げるだなんてっ!」
「出来るっつってんだ。やってもらわなきゃ困る。それよりもこの状況をどうするか……」
空に高々と登るヘドロ。飛沫が飛んでくるわけではなく、突起物のように飛び出した形を維持する13のヘドロの柱。禍津神が復活したことだけは確かだが、柱に何の意味があるのかは未だ分からない。
──バリィッ
凄まじい稲光が辺りを照らしたかと思うと、アキマサが焦った様子で立っていた。
「うおっ! なんだ……って、アキマサじゃねぇか。脅かすんじゃねぇよっ」
「ニシキ様はっ?!」
「まだ屋敷の中だ。もう多分避難の準備が出来たと思うんだが……」
「分かったっ!」
アキマサは言うが早いか、雷を纏って屋敷に一瞬で入っていった。思った以上の速度に目をパチクリさせる2人。驚愕に彩られた2人を余所に屋敷内では災厄が目を覚ましていた。
*
「ニシキ様をお守りしろっ!!」
鎧武者たちがニシキを守るように壁になる。誰もが一級品の腕前を持つ近衛兵と呼ばれる猛者たち。
そんな猛者たちの4人が目の前の少女に接近したであろう直後から戻って来ていない。何をされたのか知らないが、多分殺されたことは間違いない。得体の知れない少女こそが禍津神と認識した。
『……誰かと聞いた……』
禍津神と思しき少女はポツリと呟く。蚊の鳴くような声など届くはずもない距離で、鮮明に聞こえる不気味さに超常の者であると感じさせられる。そんな少女の問いに答えることなくじりじりとすり足でにじり寄る近衛兵。
少女は首を横に振って肩を竦ませる。チラッと少女から一番近くにいた近衛兵に目を向けた。
──パチャッ
少女に見られた兵士は甲冑も全て液体に変わった。
「「「っ!?」」」
全く意味の分からない状況。何をされたかも不明だが、恐らく先に少女に接近したであろう4人は今目の前で起こったことと同じように液体になってしまったに違いない。
「ど……どうなって……?」
「触れるなっ!!」
近衛兵の一人が浮いている液体に手を伸ばしそうになり、ニシキの命令で手を引っ込める。
「そなたもそれになりたいか……っ?!」
怒りで震えながら喉奥から絞り出すように発した声に近衛兵は急いで距離を取る。
『……目障り……』
少女の声が頭に響いた次の瞬間、少女とニシキを隔てる近衛兵たちがまっすぐ一列に液体となる。
──パチャチャチャッ
争いようのない不可思議な攻撃。有無を言わさず人を液体と化し、命を奪い去る。
ニシキもまた液体に変えられてしまうと思われたが、ニシキの身には何も起こらなかった。
『?』
少女は首を傾げ、不思議そうにニシキを見ている。
「退けぇっ!!」
シズクは大声で命令を下す。すぐさま踵を返して逃げるニシキたちを少女は追いかける。
背後でパチャッと液体になる音が聞こえる。少女に見られている間はどこへ行こうと同じこと。
しかしそこに稲光が目を眩ませる。
次に目を開いた時には誰もそこにはいなかった。
『……逃さない……』




