403、禍津神
龍球王国終焉の鐘。
神代の時代に封印されし災厄が今解き放たれた。
──ゴゴゴゴゴゴッ
地鳴りで縦に揺れが起こり、古い建物は倒壊する。
立っていられないのではないかと思う地震に駕籠に乗り込もうとしていたムネヤスはため息をつく。
「……ようやくか。まったく仕事の遅い奴らよ」
ぶつぶつと文句を言いながら遠くを見る。
最後の封印石を破壊し、ヒズミは両手を広げてアキマサにアピールする。
「とうとう禍津神の復活だ。長かったなぁアキマサぁっ」
「……悲願が達成されたってか?」
「そうだなぁ……いや、どんなもんかは気になってたが、俺には禍津神なんてどうでもよかった。お前らがこの俺を止められるだけ強けりゃお前らで満足していたさ。でも蓋を開けてみりゃどうだ? お前たちの不甲斐なさに俺は我慢出来ずに地獄の釜を開けた。気が咎めるだろう?」
「まさか。お前が1人乗り込んできてたなら全員で相手してやったが、そもそも禍津神を復活させるための作戦なんだろ? そこの美しい女性の好奇心を満たすつもりでこの国を案内したあの時から練られた作戦だとしたら、あんたらの作戦勝ちだよ」
アキマサはスティカに指を差してニヤリと笑う。スティカは冷たい目でアキマサを見下ろしていた。
「やっぱ、あの時の男を立てる聞き上手なあんたは偽物かよ。怖いねぇ女ってのは」
「……その節はどうも」
スティカの棒読みのような言葉にアキマサは肩を竦めた。
「いやぁ〜アキマサくんと言いましたか? 彼女から話は聞いてますよぉ〜。何だ、なかなかの色男じゃないですか。偏見ってのは払拭していただかないと困りますねぇ、まったく……」
「何を聞いたのかは知らねぇけど、どうでもいいことだ。この国から無事に出られると思うなよ?」
「あらら。怒らせてしまいましたねぇ。しかしよろしいのでしょうか? 僕らに構っている暇なんて君には無いと思いますがねぇ……」
ラストゥスの意味深な言葉にアキマサが質問をしようとしたその時、破壊された封印石の真下がモコモコと盛り上がり、近くにいたラストゥスたちは散開する。アキマサが誰を追うべきか思考を奪われた次の瞬間、地面が捲れ上がり、黒くドロっとした何かが間欠泉のように一気に吹き出した。
──ドパァッ
空に伸びるヘドロのような物体は一定の位置まで伸びた後、そのまま停止した。ドロドロと流動する液体の柱は今にも動きそうな危険な様相を呈していた。
「これが……禍津神?」
周りを見渡すと、封印石が敷かれていたあらゆる場所からこの柱が伸びていた。13箇所全てから噴出したと見て間違いない。それが分かると同時に散開した3人の姿を見失ったことに気付いた。
「……野郎っ」
アキマサはキョロキョロと気配を探るが『構っている暇なんてない』というラストゥスの言葉が頭を過ぎる。これもすべて策の内だと考えた時、どこが最も危険かを考える。ラストゥスの意味深な問いかけに、アキマサの手が絶対塞がってしまう状況を加味すれば自ずと答えに行き当たる。
「央龍皇……っ!?」
答えには一瞬で辿り着く。というより真っ先に思い付いたのがそこだったと言える。アキマサは1も2もなく全身に雷を纏って消えるように移動を開始する。アキマサの動向を伺っていたヒズミにラストゥスが声をかけた。
「良かったのぉ? ヒズミくん。アキマサくんとは何かしら因縁があったんじゃぁなかったっけ?」
「……禍津神復活がこの国にどのような影響を及ぼすかには興味があった。それにこの国が消滅しようとも、アキマサは生き延びる。そうなれば国を滅ぼした元凶にどんな感情を向けるか。それが楽しみでならねぇ……」
ニヤニヤとほくそ笑むヒズミにラストゥスは苦笑いを浮かべる。そこにスティカも合流した。
「普段物静かなお前があの男にはずいぶん熱心じゃないか。やはり前に邪魔された仕返しなのか?」
「仕返しぃ? いいや、恨んでねぇし憎んじゃいない。その逆だよ。俺は感謝しているのさ。この国で俺以外に強者がいてくれたことに心の底から喜びを感じている。そいつは弱者との交流のために力を制御し、本気なんて見せたことがないんだ。痺れたぜ。そんな野郎が帰る場所を失い、修羅に堕ちた時、ようやくタガが外れる。そんな野郎の本気とやり合いてぇのさ」
「ふんっ……歪んでるなお前……」
鼻を鳴らして呆れたようにそっぽを向く。
「さぁ宴だっ! 存分にぶち壊せっ!! 禍津神……いや、八十禍津日神っ」
*
星の慟哭のように響き渡る地鳴り。龍球の大地をいつまでも揺らし続けるかと思われた次の瞬間、ピタッと何事もなかったように揺れも音も治り、しんっと静まり返ってしまう。
いつでも避難が出来るように準備していた央龍皇ニシキ=リウ=コウカクも部下たちも、耳が痛いほど静まり返ったと同時に息を呑んで辺りを見渡すように様子を伺う。
──チリリーンッ
屋敷の奥から清く澄んだ綺麗な鈴の音色が聞こえてくる。
──チリリーンッ
徐々に大きくなっていく鈴の音に部下たちは声を潜めてニシキを守るように音のする方角に人壁を作り、本来刀を抜くことを許されていない神聖とも呼べるこの場所で鋼の輝きをチラつかせながら迫る何かを警戒する。
「……行って来てください」
「……はっ」
ニシキにずっと付き添っていたシズク=ゲンムは部下に声をかけると、それだけで命令が伝わったのか3人引き連れて様子を見に行く。音を立てないように慎重かつ素早く動き、音の原因を探りに行ったのだ。そう時間も掛けずに戻ってくるだろうと思われた4人の勇気ある部下たちは、先の静かな動きを捨てたようにバタバタと動き回っているのが音で確認出来、一心不乱に戻ってくる部下の足音がすぐ側で消失した。
──チリリーンッ
音はもう目の前まで来ている。何が起こっているのか全く分からない現状にシズクを含めた部下たちが更にニシキの前を固める。
──パパパパァンッ
ニシキが居る部屋までの全ての襖が開き、トンネルのように突き当たりまでの空間が目に飛び込む。その最奥に立つのは少女。床まで届く長い髪も肌も着ている布の切れ端のようなものも全て真っ白であり、瞳だけ赤色である。
その姿に誰も覚えはないが、今起こっていることを加味すれば自ずと答えは導き出される。
「……禍津神」
ニシキが呟いた言葉に少女は反応し、ゆっくりと顔を上げた。その赤い目に射抜かれた者たちは背筋を凍らせ、恐怖で足が竦む。
誰も助からない。
禍々しい気どころか何も感じない少女に大の大人が感じたのは『死』。これが自分たちの最後だと悟り、涙が溢れ出る。
ニシキの威光すら霞む少女の存在に絶望が心を蝕んだ。
『……お前たちは誰ぞ……?』
ボソッと呟いた届くはずもない声が聞こえる。頭に直接響くように。




