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28.悪役令嬢のバッド・エンド【肆−②】

 エリファレット家に身を寄せてから1ヶ月後、国王陛下が朝議の際に突然昏倒されて一時的に意識不明となった。

幸い数時間後に意識を取り戻し、今は大事を取って静養されているとの事だった。


王弟として朝議に出席していたフィンレイ様は意識の戻った陛下が、今までと違うと感じたそうだ。

なぜそう思ったのか尋ねると、瞳が微かに光を取り戻していたように見え、今までは一度も合わなかった視線が合ったと、その時を思い出してか、再び驚いたように答えてくれた。


そしてこの変化が予想外の展開をもたらした。

体調が回復しきるまでの間、国王陛下の政務の補佐をフィンレイ様に任命したのだ。

陛下直々に名指しで指名された。

王太子殿下を差し置いての大抜擢に、面食らったのは言うまでもない。


困惑はしたが、二つ返事で了承し、その日のうちに王城に部屋を賜り、二重生活が始まった。

昼間は学園で通常の業務をこなし、終わり次第王城へと帰り政務の補佐に従事する。

気を抜けばすぐに山積みとなる仕事の山に追われる毎日となった。


学園長室での短い対話の後、フィンレイ様……フィン様の馬車でエリファレット家に送り届けられて、王城へ向かうフィン様を見送るのが新しい日課となっている。


愛称呼びは、図書宮での()()の際に是非に、と許しを頂いていたが……気恥ずかしくて呼べなかった。

しかしウィルフレッド様をお名前で呼ぶのに付き合いの長い自分が愛称で呼ばれないのは可怪しい、と謎の主張を突き通され、気づけば押し切られて、今に至る。

まだ呼び慣れなくて変な間があいてしまうが、その事にも嬉しそうに微笑むフィン様の眼差しが優しすぎて……心臓に悪い。


日を追う毎に、明らかな許容量を超過した疲れがそこかしこ見て取れるのに、反比例してその瞳は溌剌と煌めきを益し、やり甲斐を日々実感しているのが言葉にしなくても解った。


図書宮での書架探しは一旦中止を余儀なくされているが、ウィルフレッド様の計らいで教会内の書庫を閲覧させて頂けることになり、時間の許す限り没頭して書物をあさり読んでいる。


忙しさを増したそれぞれの日々は、今までで一番ゆるやかに過ぎていった。



 国王陛下が昏倒されてから丁度1ヶ月後、今度はもっと深刻な事態となった。

劇的な回復は見られないが、快方に向かっていたはずなのに、陛下は突然昏睡状態となられた。


その一報はエリファレット家の邸宅にて、聞くこととなった。

久しぶりに帰ってこられたフィン様を、ウィルフレッド様をはじめ、家人総出で出迎えた。

しかし待ち焦がれた当人は、始終暗く沈み込んだ表情で、帰宅の挨拶をして以来押し黙ってしまった。


フィン様のただならぬ雰囲気に、皆困惑し、取り敢えず身体を温める食事でも…と準備ができるまで談話室で待つよう促して、玄関から移動した。


暖かい室内に入り、座り心地の良いソファに少し間を空けて腰掛けて幾ばくか経ってから、フィン様はその重い口を開けて沈み込んでいる理由を話して下さった。


診察をした侍医の診立てでは、意識の回復は望み薄、急逝することは無いが万が一の覚悟はしておいたほうが良い、とのことだった。

侍医の見解を教えて下さったフィン様は……、見ているこちらの胸まで痛むほど、項垂れて憔悴していた。


励ましの言葉が、見つけられない。

でもなにか元気づけたい一心で、フィン様の冷えた手を両手で包むように握った。

少しだけ顔を上げて、口端を引き上げた。

包み込んでいる(わたくし)の手の甲を、自分の口元まで運び、押しあてて、暫くの間ずっとそのままでいた。

掻き乱された感情にまかせて、口から言葉が勝手に洩れ出るのを堪えているように見えた。



 ぽつり、ぽつりと、言葉を探しながら、静かな声でフィン様が話して下さった。

私の片方の手を、今は反対にフィン様が両手で包んでいる。

正気を取り戻している国王陛下と何度か自由に話せたこと、国の状況、今後の対応、王太子位の見直しの是非、色々と相談も受け、奏上した意見もいくつか取り入れてもらえたこと。

そして今日言葉をかわした最後に教えられた、ある書物の在り処。


ウィルフレッド様が噂で耳にした書物は、実在していた。

国王のみが知る王家の秘中の秘。

鍵を託され、その場所に向かい、書物を実際に目にして内容に目を走らせ、気づけば夢中で読み耽っていた。

長居しすぎたと急ぎ戻った時には……陛下は二度とは覚めぬ深い眠りに落ちていた。


自分のことは、自分がよく分かっているもので…。

死期を悟ったわけでは無いにしろ、何かしらの胸騒ぎのような、虫の知らせでもあったのだろうか。

時期がずれていたら、その書物は噂のまま、空想の産物となっていた事だろう。

恐らくこの書物の存在は未だに王太子殿下に受け継がれてもいないことから、知らせてもいないだろうから。


「可怪しいですよね…名乗り出た後も暫くは近くにいても異母兄(あに)だなどと意識せず、気にもとめていなかったのに…。 たった1ヶ月…時間にしてほんの数日分、顔を合わせて、僅かな時間を話して、共に過ごしただけなのに……。 こんなにも、辛い…苦しくなるものなのですか? 養父(ちちうえ)以外で、初めてだった、血の繋がった…家族だと、思えたのは……っ!」


段々と苦しげに言葉を詰まらせ、最後のほうは絞り出された言葉が掠れていた。

手を包む彼の両手が小刻みに震える。


「なのに、こんなにも苦しくなるのなら、知らなければ良かった! 心など、傾けず…通わさなければよかった!!」


瞳は潤みきっているのに、涙は溢れない。

溢さないように、既のところで耐えている。


心が訴える強すぎる痛みに驚き、怯えているかのよう。

未だかつて心に抱いたことのない感情に困惑して、それ以上理解することを拒絶してるようにも見える。


今ならわかる、その目を見つめるだけで、彼の心の内が詳らかに読み解ける。

彼の瞳の中に宿った恐怖の正体が。

その感情には覚えがある。

ごく最近、自分も体験したばかりなのだから。


「貴方は今、何が一番辛いですか? 共に過ごした記憶が事ある毎に思い出され、胸が押し潰される痛みですか? それとも、また1人見つかった大事な家族と呼べる人を喪ってしまうかもと、胸を凝らせる恐怖ですか? …愛することはときに…この身を裂くほどの痛みを伴います。 関わった時間の短さなど関係なく、抱いた愛情が深ければ深いほど、大きければ大きいほど…返す痛みも増してしまう。 私も…そうでしたわ。」


家族から糾弾された日と図書宮で長兄に遭遇した時、心が訴え続けた、誰にも気付いてもらえなかった、愛した存在を喪ってしまうことへの明確な恐怖とそれに伴う激しい痛み。

今思い出しても、同じようにこの胸を苛んでくる。


涙に滲むブルーダイヤモンドの、色の濃さを増した美しい瞳を真っ直ぐに見ながら続く言葉を紡ぐ。


「痛みも恐怖も、その相手を愛しているからこそ感じるのだと、あの時に気づいたのです。 忘れられたら楽になれる、知らなければ傷つかずいられた。 でもその根幹にある自分の抱いた愛情の深さや大きさには一生気づけないままだった。」


失くしてしまったと思った。

裏切られた愛情は、転じて憎悪になると思った。

でも…そうはならなかった、そうではなかった。


「今目の前にある痛みと恐怖に怯えて、逃げ出してしまったら、目をそらしてしまったら、その奥にある大事なものには辿り着けません。 怯えないで、痛みと恐怖のその先へ、一歩でも踏み出せばきっと辿り着くときは直ぐにやってきます。 一度(ひとたび)真実の愛がその心に芽生えたなら、どんなに傷つけられても、痛めつけられても、決して消し去れはしないのですから。 フィン様ならきっと、乗り越えられますわ。 ですから誤魔化さないで下さい、悲しい言葉で本心を偽ってしまわないで。」


何度この心の内を(さら)っても、愛情は枯れなかった。

何度浚っても、湧きい出て、この胸を満たし尽くす。

それが真実の愛、私の辿り着いた答えだったから。


「……どちらが聖職者だったか、分からなくなりますね…。 貴女の言葉は耳に心地よくて、すぅっと染み込むように自然に私の中に入り込んでしまう。 そして何より、諭す言葉に長けているのでしょうね、私は今このときに、天啓を授かったような神聖な驚きに包まれています。 貴女はまるで『青の君』のようだ…。 この(あざな)を与えられた存在を彷彿とさせる。 私の知る中で、この字が相応しい人物が他に思い浮かびません…貴女にこそ、相応しい。」


「『青の君』…ですか? それも偉大なる(メガロス)一なる神(モノ・テオス)》に関する書物に書かれていたのですか?」


「いいえ、これは今では異教の《神》とされた、かつてこの世に君臨していた本来の《神》、その伴侶にと見出された者に贈られた字です。 蒼い空を翔ける一羽の鷹が《神》の寵愛を受け、美しい7色に彩られ、其の姿形をも変えたと…。 異母兄が私に見ることを許してくれた、この王国の語られぬ歴史の闇に消えた神代の記録の一部分に書かれていました。」


目が見張られてゆくのを止められなかった。

本来の、《神》?

では…《一なる神(モノ・テオス)》とは…偽物だとでも云うのだろうか?

ここで聞くべきことは他にも有るはずなのに、今はこれしか聞く気になれない。


「……何故、私が『青の君』なのでしょう? 私には過ぎた字に思えてなりません…、何故私にそのように仰るのです?」


「……本来の《神》は簒奪者によって主神の座を追われ、持っていた全てを奪われました。 その時まで《神》と崇めていた誰もが背を向け、その《神》をかえりみることはなかった。 唯一人、『青の君』を除いては。 どんな境遇であろうと、地位や力など無くとも、ただ一途に、嘆き肩を落とす《神》の側に在り続けた。 自身の愛を惜しみなく与え続けたのです。 いつの日か、その愛が《神》に届き、再び応えてくれる日が来ると信じて。 おそらく今このときも変わらず、ずっと自身の唯一である《神》の側に在り続けていることでしょう。」


さらり、と前髪を優しく横に流し梳かれる。

その指先が、髪の間から僅かに触れる肌を慈しむように掠めていった。


「今の貴女のように。 肩を落とし俯く私に、愛情の持つ諸刃の刃に怯んだ私に、惜しみなく貴女の愛情を分け与えてくださった。 嘆きの最中にいる私の側に居てくれた…誰よりも近くに。 私の『青の君』は、貴女だ…貴女にしか、なれない。」


勘違いしてしまう、このままでは。

告白されているのかと。

胸に秘めていた想いを今、伝えてくださったのかと。


「いけませんね、まったく。 堪え性がないのは誰に似たのでしょうか…、父親でないことを切に願いますが。 この騒動に全てのかたがついてから、と…何度も自分に言い聞かせていたのですよ? これでも随分長い間、堪え続けていられた方なのですからね?」


何に対する言い訳なのか。

気恥ずかしそうに早口に捲し立てた後、それまで腰を下ろしていたソファから立ち上がり、私の正面に歩み寄ると、その場に片膝をついた。

私の手を恭しく捧げ持って、真摯な瞳で見つめ、誓うように改めてその胸の内に秘めていた想いを伝えてくれた。


「ライラ、私に初めて真実の愛を芽生えさせたのは貴女だ。 私の愛しい人、貴女が私に人を愛する喜びを教えてくれた。 愛しているよ、心から貴女を想っている。 貴女が私に気付くずっと前から今までずっと、そして勿論これからも。」


聞き間違えようのない、確かな愛の告白。

以前王太子殿下からもたらされた言葉とは、威力が違いすぎた。

頬を淡く紅昇させる程度では済まなかったからだ。

確認するまでもない、全身余すところなく茹で上がったように真っ赤になっているはずだ。

頭がガンガンするほどの熱量で一瞬のうちに温められきった身体が火を噴くかと思った。


今この場に腰掛けていて良かった。

もし立っていたら、床へ膝から崩折れていた事だろう。

いつかの妖艶さは欠片もないのに、はにかんだ笑顔が心臓に大打撃を与え、早鐘を打ち鳴らさせる。

愛情が声に溶けて、耳から入り脳を煮溶かされたかと錯覚してしまうくらいに、頭がグラグラする。

心臓も頭も、熱を生成し続ける永久機関になったかのようだ。

絶え間なく生成され続ける熱が血液にのって全身くまなく至るところまで行き渡ってしまう。

つまり、全身茹で上げられてしまった。


私の答えは、もう言わずとも伝わってしまったことだろう。

けれども、私は今の中途半端な状態のままで彼の想いに、同じ言葉を返す事はできない。

すべてが終わるまで、待っていて欲しい。


怒らせてしまうかと心配したが、杞憂だった。

先程彼も自分で言っていた、『この騒動に全てのかたがついてから』で良いと微笑みながら言ってくれた。

そして『この胸を熱く震わせる素敵なお返事を、聴ける日を心待ちにしております』とも。


待たされることへの意趣返しもあってか、告白の返事を保留した事で、格段に難易度が上がってしまった。

私を見つめる愛しさを隠さない双眸から、恥ずかしさと悔しさからわかりやすく目を逸らす。

その仕草に怒るどころか、声を立てて笑われてしまい、こちらの恥ずかしさが募る結果になった。


軍配は相手に上がってしまって、この雪辱を晴らす機会は私の返事を伝えるときしかない、この時は、その機会が必ずやって来ると信じて疑いもしなかった。

幸せだと思えた、最後の記憶になる事など知りもしないで、互いの顔を見つめて笑いあえていた。



 国王陛下の容態は相変わらず、昏昏と眠り続けているそうだ。

まだ王弟として面会を許されているだけ救いがある。

近衛兵に囲まれながらでも、直にお顔を見ることが出来るのだから。


そう心の内を語ってくださったフィン様は、自分の本心と上手く折り合いがついたようだった。

ブルーダイヤモンドの瞳が、澄みきった爽やかな蒼に染まる。

今までで一番美しい蒼色に、しばらく魅入られ視線を囚われてしまった。


毎年恒例の学園主催で行われる年の瀬を祝う舞踏会の会場は急遽王城へと変更された。

少しでも暗い雰囲気を払拭するためと、王太子の在学最後の記念としての意味合いも込めて。

それを提案したのは、案の定『聖女』様だった。


然しここまではさほど驚くこともない内容だ。

一通の招待状を渡されるまでは参加する気すら無かった。

席を外したほんの僅かな時間で教室の机の上に置かれた一通の招待状。

宛名を確認して、間違いなく私宛だった。

差出人の記載はなかったが、宛名の文字は良く見知った書体で書かれていた為、なくても誰からの物であるか一目で理解した。

その内容は…まったく理解できなかったが。

いや、したくないと言ったほうが正しかった。


一回読んで、二回目を読んで、三回目でも、頭が理解することを拒絶した。

破り捨てなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。


取り敢えず、1人では理解が及ばないため本日の授業が総て終わるまで鞄に仕舞っておくことにした。

終業の鐘が鳴って支度が済み次第、一目散に教室から出て脇目も振らず学園長室を目指す。

フィン様は不在だったようだが、合鍵で解錠し扉を開けて室内へと素早く滑り込む。


執務机の前の革張りの1人がけ仕様のソファへと腰を下ろし、一息つく。

ここで1人、フィン様を待つのももう慣れたものだ。

何度見ても必要最低限の調度品しか置かれていない。

しかしそこがフィン様らしいと思える、不思議と落ち着く内装だった。


改めて、鞄に仕舞い込んだ招待状を取り出し、まじまじと眺める。

何の変哲もない招待状が、断頭台へと導く勧告状に見えてくる。


そこには、王太子が私をパートナーとすることが決定事項として記載され、待ち合わせの場所と時間が明記してあった。

パーティーで着るドレスも後日届けるとまで書いてある。

過ぎる気遣いに、有り難さは微塵もこの心に沸き起こらなかった。


途方に暮れて招待状を眺めているうちに、扉の解錠される音でフィン様が部屋に戻ってきた事を知る。

視線を向けるとフィン様は扉を大きく開き、後ろの人物に入室するよう促しているところだった。


フィン様よりも、背の高い人物、セルヴィウス・デ・ラ・オーヴェテルネルが、少し身をかがめて入り口を潜り入って来たところで目があった。


そのまま、私が腰掛けているソファの隣りに置かれた同じ仕様のソファの手前で足を止めた。

以前と変わらない、ファイヤーオパールの煌めく瞳で、微笑みながら挨拶をしてくださる。


「ライリエル嬢、お久しぶりです。 以前お会いした時よりも顔色が宜しいようですね。 その後お変わり御座いませんか?」


腰掛けていたソファから立ち上がり、スカートの端を軽く摘み、優雅に一礼する。


「お久しぶりでございます、セルヴィウス卿。 ご心配くださりありがとう存じます。 私はこの通り、フィンレイ様のご助力を賜り変わりなく過ごせております。」


「………。」


部屋の扉を静かに閉めてセルヴィウスに並び立ちライリエルをじっと見てくる人物。

物言いたげに視線をよこすフィンレイを無視するべきか迷い、結局声をかけてしまう。


「……何でしょうか? フィンレイ様?」


「普段のように、呼んで下さらないのですか?」


小首を傾げながら可愛らしく、しかし態とわかる少し意地悪さが見え隠れする笑顔で尋ねてきた内容に、動転する。


「!!? な?! にを、仰って…普段と変わりございませんとも、今はまだ学園におりますから、これで何も問題ございませんでしょうとも!」


明らかに動揺してしまい、語彙力が乱れた。

このやり取りで、二人の間の関係の変化を悟り、神妙に頷きながら青年に言祝ぐ。


「成る程、しばし会わない間に収まるところに収まったようですね。 未来の堅実なる大公妃に足り得る女性を射止めたその幸運に、心よりお喜び申し上げます、フィンレイ殿。」


「ふふっ、ありがとう、と言えればよいのですが、実はまだ返事を貰えていないのです。 残念ながら、彼女はまだ王太子殿下の婚約者ですから、ね。 そちらに片がつき次第、という事で保留状態なのです。 それに大公妃となるかも、現段階では明言は差し控える、とだけ。」


ニコリと微笑むその顔からは、欠片の悲壮感も漂っておらず、建前だけの殊勝な言葉であることは明白だった。

ついでのようにその後に続けた言葉は、意外だった。

自分が大公位を賜る気は毛頭無いという、遠回しな意思表示だろうか。


不思議に思い、フィン様をじっと見る。

視線に気づき、ニコリと微笑む中に、明らかな幸福感が滲み出している。

その表情につられて頬がじわじわと熱くなるのを止められず、気恥ずかしくなり顔を俯けてしまう。


初々しく恥じらう少女を愛し気に見つめる青年。

それはまさに付き合いたての恋人達のそれで、眼の前でイチャつく様を見せつけられる騎士団長は呆れているかと思えば、そうではなかった。


「それでも、羨ましい限りです。 私には想いを伝える機会すらない、どれだけ待とうと…そんな日は訪れることはないのだから……。」


低めた声で、誰に聞かせるつもりもなく口の中で呟いただけの言葉に、自嘲して暗く嘲笑う。


俯かせている視界に黒い(もや)が漂ってきた。

驚いて靄が漂ってきた方向を見ると、その靄はセルヴィウス卿の体に濃く纏わりついていた。

靄に呑み込まれてしまうのではと、途端に逸りだした心臓に急き立てられ、左手を伸ばした。


伸ばした手に反応してか、セルヴィウス卿に群がっていた靄がごっそりとその手を目掛けて寄り付き、吸い込まれるように肌に溶けて消えた。

もちろん、本人にその意志は毛頭なかった上、吸い込まれるものとも思っていなかった。


自分の手を、まじまじと見つめて考える。


 ーー私の身体に……吸い込まれた…? どうして私に? これではまるで…、あの“禁書”に書かれていた[“■■”ヲ其ノ身ニ宿ス者]と同じではないか…? [黒キ靄ヲ収メシ]…? 私が…『聖女』にしか屠れない……異端の存在……?ーー


ブルリと、震え上がった。

自分の今思い至った考えが、真実だとしたら…。

この身に待ち受けるのは…『聖女』からもたらされる救済という名の“死”だけなのでは……?


身体が小刻みに震える。


幸いにして、私の行動を見ていた者はいない。

セルヴィウス卿は、未だに自身の考えに埋没しているし、フィンレイは何かを思い出したように執務机に向かいこちらに背を向けている間のほんの短い出来事であったため気付かれなかった。


後はこの体の震えを、見咎められる前に止められれば何とか気付かれないでいられる。

相談するにしても、セルヴィウス卿の前でして良い内容とは思えない。

だからといって、フィンレイと二人きりの時に、どう切り出せばよいか、確実に言葉に迷う。


「そういえば、ライラさんは待っている間何か見ていらしたようですが、一体何を…? どうしたのです?! 先程より顔色が悪い、どこか具合でも悪いのですか?」


からかい混じりに愛称を呼び、少女の反応を見ようと向けた目が、少女の顔色の悪さに気づいた途端見開かれる。

すぐさま少女の側へと早足で向かい、その顔をよく確認する為に覗き込む。

合わせようとした視線を、意識して逸らされた。


確実に何事かを隠そうとしている。


自分の直感を信じて、思ったまま少女に質問を投げかける。


「何か隠しているのはわかりましたから、正直に話して下さい。 以前お約束しましたね? 私のことが、未だに信用ならないと言うなら大人しく引き下がりましょう。 ですがそうでないのなら、お願いですから…1人で抱え込もうとしないで欲しい……。」


 ーーずるい、そんな言い方をされたら、このまま隠してなどいられないと解って言っている。 私が言いやすいように、自分のせいにしようとしてくれている…。ーー


トクンとときめいた胸の鼓動が高鳴る前に、態とらしく聞こえよがしに()かれた咳払いで静止がかかる。


 ーー恥ずかしい、2人きりでないのはわかっていたはずなのに……。 穴があったら入りたい…!ーー


「セルヴィウス卿……。 もう少し余韻に浸りたかった、というのが私の隠し果せない本音ですが……空気を読んで下さり、どうもありがとう。」


「いえいえ、お礼は結構。 私としても、お2人の気のおけないやり取りを見守りたいのは山々ですが、節度ある対応を旨としていただかなくては。 後ほんの少しの辛抱ですよ、それまでは度量の見せ所ですね、フィンレイ殿。」


キレイに微笑んでみせたフィンレイの笑顔が怖い。

言葉にも自然と棘が混じる。

しかしそこは戦場の獅子、騎士団長には怯む要素には足り得ない。

同じくキレイに微笑み返して、反撃まで加えた。


「珍しく、騎士団長様も虫の居所が悪いようですね? わかりました、少し冷静になりましょう。 ライリエル嬢、一旦座りましょう、そして落ち着いたなら、隠そうとされたことをお聞かせくださいね?」


こくんと首肯を1つしてから、革張りのしっかりしたソファに再び腰掛ける。

フィンレイとセルヴィウスは対面にある3人掛けのソファに腰掛けた。


座ると幾分か波立った心が落ち着いてきた。

向かいに座る2人は、急かすことなく律儀に私が話すのを待っていてくれている。

隠そうなどと考えた自分が急に恥ずかしくなる。


正直に話してしまおう。

“禁書”の内容にふれる時は、フィン様の反応を見てここで話していい内容であるか判断しよう。


「…申し訳ありません、お待たせしてしまって。 もう大丈夫です、お話致します。 まずは、こちらを御覧ください。 今日、私が授業の合間にほんの僅か離席している間に、机の上に届けられたものです。 内容を見て、目眩がしそうなほど、頭痛を禁じえない内容でした。」


向かい合うソファの間にある長机の上に、招待状を置き、2人に見てもらうよう差し出して促した。

差出人が書いていないのだから、守秘義務など問われることはないだろう。


書かれた内容は短いため、直ぐに読み終えた2人は、同じ様な顰め面となった。

こんな表情の2人には滅多にお目にかかれないだろうな、と1人静かに感心してしまった。


「これは……、酷いですね。 馬鹿にしているつもりなのでしょうが、逆の結果を招いていると気づけないとは……。 自分の愚かさを文全体で如実に表していると、何故気づけないのでしょうね?」


「フィンレイ殿、怒れるお気持ちは重々伝わりましたので、どうか其の辺りで矛をお収め下さい。 明らかに罠を仕掛けて待ち伏せているのでしょうね。 ドレスまでご準備下さるとは……何が最終的な狙いなのでしょう?」


「そこまでは、私にも読み解けませんでした。 警戒されるとわかっていながら、敢えて招待状など用意してみせた王太子殿下と『聖女』様の突飛な考えには、どう頭を捻っても想像も及びません。」


満場一致で、黒であるとの判定が出た。

これだけ胡散臭い招待に応じる者はいないだろう。

それでも相手方には、私を誘い出す切り札でもあるというのだろうか?


今の私に、脅しの材料となるものなど……。

そこまで考えて、ふと、家族の顔が浮かんだ。

そんな暴挙にまで事が及ぶはずがない。

考えすぎだと笑いたいのに、笑えない。


押し寄せる不安に耐えきれず、否定してほしくて言葉にした。

家族の命を、交換条件に舞踏会へと誘い出そうとしているのではないか、と。


笑い飛ばしてもらえるものと、信じたかった。

深読みのし過ぎだと、言ってほしかった。

そんな無責任な気休めの言葉は、目の前に座す2人は絶対に口にはしなかった。

してくれなかった。

だからこそ、落ち着いて冷静になれた。


私に偽ることなく、隠し立てなど一切することなく、その可能性は否定できないと率直な意見を伝えてくれた。

そして事の真偽をはかる為、公爵家の実情を探る時間を1週間与えてほしい、と言った。


それが終わるまでは決して、独りで行動しないと約束してほしいとも、念を押して言われた。


少し可笑しくなってしまった。

フィンレイと出逢ってから、約束を交わしてばかりいる。

その事が、急に可笑しくなって、クスリと笑ってしまった。


その忍び笑いは顔を俯けていたために気付かれずにすんだ。

真剣に私の身を案じて下さる。

いついかなる時でも、私の身の安全を優先して下さる。

そんな彼だからこそ、私は……。


コクリと頷き、フィンレイの方針を全面的に受け入れる了承の意を伝えた。


そして“禁書”の内容に関係する先程の出来事も正直に伝えた。

その結果は、深刻に考えざるを得なかった。


以前にも感じた童話[『聖女』と『破滅を招く魔女』]との内容の酷似。

しかし、酷似していた内容が記載された書物は、童話だけではなかった。

フィンレイが国王陛下から鍵を託され、実際に読み解いた歴史の闇に葬られた真実の過去を記録した名もなき書物にも記されていた。

童話などではなく、実際に何度となく繰り返された真実の歴史、この世界に起こった史実として、詳細に記されていたそうだ。

そしてその最後の締括の文句はすべて一貫していた。


『破滅を招く魔女』は『聖女』によって()()された、と。


しかし、黒い靄を身の内に取り込む存在は[黒キ靄ヲ収メシ“■■”ヲ其ノ身ニ宿ス者]=『破滅を招く魔女』以外にも何名か存在が確認された時代もあった為、一概に『破滅を招く魔女』が私と決まったとは断定出来ないが、安心するのもまだ早い。


靄を取り込んだものは、独りの例外を除き、尽くがその生命を落としているからだ。

『破滅を招く魔女』でなくとも、生命の危険は私の身に現在進行形で降りかかっている。

その事実が、フィンレイに硬い表情をつくらせていた。


一難さらずにまた一難。

解決策も、打開策も、まるで思い至れない。

八方塞がりのまま、状況は刻一刻と悪くなっている。


それに輪をかけて、良いとも悪いとも云える事柄がフィンレイから明かされる。

王国の秘史、名もなき書物の内容に触れたこの時を逃せば言う機会を(いっ)してしまうだろうからと、言葉を選びながら語られた内容にーー絶句するしかなくなる。


「口を開けば頭の悪さが露見するあの『聖女』が、周囲をいとも簡単に籠絡できたのは、恐らく“遺失魔法(ハノ・マギア)”を行使できているから、と…推察されます。 《神》によって人が行使するに適さないと、この世界から行使する権限を剥奪した“古代魔法(アルヘオ・マギア)”の1つ【魅了】を行使できているのだと思われます。 荒唐無稽だと思いたい、ですがそうであるとしか考えられない…現状の異常さがその証拠であるとしか思えない。」


彼女が『聖女』だから、《神》は禁制を無視して“遺失魔法(ハノ・マギア)”を行使する権限を与えたのだろうか…?


続いて説明された【魅了】の魔法効果も、この仮説を裏付ける要素になると思えた。

精神支配、特に行使者への好感度・崇拝度が高ければ高いほど、その影響は深まり解け難く持続性も長期化する。

その他にも及ぼす効果はあるが、先の説明だけで十分にこの魔法の危険性が理解できた。


行使はできても、所詮矮小な人の子に【魅了】を十全に使いこなす力量はあるはずもない。

一度に術中におさめられる人数には限りがあるだろう、というのがフィンレイの考察だ。


最悪、舞踏会に参加せざるを得なくとも、会場の参加者全員を術中におさめるなど《神》でもない限りあり得ない事だと断言した。


いつだったか見た、『聖女』の昏く虚ろな瞳。

あれは…確か最初の頃、フォコンペレーラ公爵家へ養子縁組手続きが処理された翌日、招かれてもいないのに先触れなくやって来た玄関で目にした出来事だった。


その事が急に思い出された。


 ーー? 何故、こんなに胸騒ぎがするのだろう。 『聖女』は人間(ヒト)だ、それは間違いないはず。 そのはずなのに……。ーー


あの時に感じた原始的な恐怖、それがまざまざと思い出されてこの身を震わせる。

あの瞳が意味する真実を知っていたならば、この時に何が出来ていたのだろう?

そう遠くない未来、一度は頭に浮かぶ疑問の1つがまさに今、追加された瞬間だった。

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