小話04.こたつ
ヴェル不在です。最終話の1ヶ月後くらいのお話。
「聖都って寒いですね」
「まあ、北にあるからな」
今日はあまり忙しくないらしいクラウスは、私の部屋のソファーで寛ぎながら緑茶を飲んでいた。非常に羨ましいことに、あったかそうなもこもこの毛皮の上着を着ている。
「こたつが恋しいなあ」
「コタツ?何だそれは」
「私の国の、…こう、ローテーブルに布団がくっついたみたいな…そういう、暖をとるための家具です」
「うまく想像がつかない。こちらに来て描け」
「はあ」
ぽんぽんとソファーが叩かれた。クラウスの横に腰を下ろすと、彼が使っていた上着が肩にかけられる。その優しさが時々恐ろしい。何か裏がありそうで。
ペンを受け取って、書類の裏にこたつを描く。
「こういう風になってて、天板との間に、布団を挟むんです。ローテーブルの方にあったかくする機械が付いてて、ここに足を入れてくつろぐと気持ちいいですよ」
「ふうむ、そうか。作りは単純だし、作れそうだな。作ってやろうか」
「…いいんですか?」
「良さそうな品なら商品化を検討する」
「おお!」
それは楽しみだ。ニヤッと笑うと、クラウスもニヤリと笑みを返した。
◇ ◇ ◇
それは1週間後、フライさんとゲーゼさんの手によって届けられた。数回のヒアリングを挟んで作成されたそれは、
「こたつだ!」
完璧にこたつだった。ちょっとサイズは大きいが、これさえあればここの中でゆったり寝ることもできそう。
ふかふかのカーペットの上に設置して、早速スイッチを入れてもらう。術式を使っているせいか、温まるのが早い気がする。
「ふへえ、しあわせ…ありがとうございます…。フライさんとゲーゼさんもいかがですか…?」
ほっこりしながらお誘いすると、2人もにこにこしながらコタツに入る。
「よいのう」
「あたたかいのう」
「へへ、こうして、お茶を飲んだり、果物を食べてくつろぐのが、最高に幸せなんです」
「それは素敵じゃ」
「持ってきてもらうかの」
思い立ったら即行動、2人によって部屋に運ばれた赤い果実をほっこりしながら摘んでいると、まるで故郷にいるように感じる。こうやってみかんを大量に食べるのが好きだった。手が黄色くなって、なかなか落ちなくて。
「これは良いのう、出られんわ」
「ふふ、こたつの魔力ですね」
「茶がいつもより美味く感じるのう」
3人でぬくぬくと温まっていると、部屋の扉が開かれた。いつもの、ノック無しの来訪。クラウスである。
彼はぐでぐでとくつろいでいる我々に視線を向けて、何とも言えない表情で数回瞬きした。
「あ、クラウス、こたつありがとうございます」
「最高ですじゃ」
「これはあたたまりますのう」
ほっこりしてお礼を言うと、彼は複雑そうな顔で「ああ」と頷く。
「あ、お隣どうですか?あいてますよ」
「……ううむ」
「む、お邪魔かな」
「そうじゃのう、我々はお暇しようかの」
「えっ、もう少しゆっくり…」
こたつは人が多い方が気持ちがいいのだ。しょんぼりすると、腰を上げたフライさんは私の頭をよしよしと撫でてきた。やはり孫を可愛がるおじいちゃんのそれである。
「気にしなさんな、また来るからの」
「今度は手土産も持ってくるからの」
「…はい、ありがとうございます、それではまた」
「ではの。それでは陛下、ごゆっくり」
2人は開いたままの扉からゆっくり退出していった。
クラウスはそれを見送って、ふらっと私の部屋に入ってくる。その後ろから、アレクシスさんも入ってきた。
「どうぞ」
ぽんぽんと隣を叩くと、クラウスは困惑した表情のまま靴を脱いで、こたつの中にそろりと足を入れた。
「ふむ」
「どうですか?」
「あたたかいな、心地良い」
「ふふ、我が国が誇る素晴らしい文化です」
「ほお」
クラウスはこてんとテーブルに頬を付けて、穏やかな顔で息を吐いた。こう言う顔をしているのを見るのは初めてかもしれない。リラックスしているようだ。
「商品化します?」
「前向きに検討しよう」
「是非」
聖都でこたつが販売されたら、きっとバカ売れだ。アイデア料として幾分か請求しようか。
クラウスはそのままの姿勢で、じんわりと温もりを享受しているようだった。今日は結ばれていない長い髪が、ふかふかしたカーペットの上に広がっている。それに触ってみたい気持ちになって、毛先を指先で弄る。
「サラサラで羨ましいですね」
「お前のはひどい癖っ毛だな」
「ぐっ、気にしていることを…」
口が悪いな、と思いながら、その長い髪を軽く三つ編みにしてみる。おお、女の子みたい。
「何をしてる」
いつもより声に覇気がない。こたつはどうやらクラウスから生気を吸い取っているようだ。そのまま三つ編みを最後まで作って、自分の髪を留めていたリボンで結ぶ。
「よくお似合いです」
冗談交じりに言うと、クラウスは小さく唸った。
「怒る気にもならん…」
「こたつの魔力ですね」
「このままここで過ごしたい気分だ」
ぐでぐでしたまま呟いたクラウスに、背後に控えていたアレクシスさんが穏やかな笑みを向ける。
「政務は山積みですよ」
ううむ、容赦ない。クラウスは僅かに眉間に皺を寄せて、溜息をついた。視線をこちらに向けて、むすっとした顔で唇を突き出す。子供か。
「お前代わりにやれ」
「できません」
「もう文字は読めるんだろう?」
「読めはする、程度ですよ」
「それなら出来るだろうが」
「聖帝陛下、ご自身の政務を何だと思っていらっしゃるんです?」
クラウスはその言葉に更にむすっと唇を尖らせる。
「お前、言葉が分かるようになってから随分と生意気になったな」
「クラウスの喋ってることが正確に分かるようになったら、かなり馬鹿にされているなあと思いまして」
「は、本当に生意気になったな。俺のこと、舐めているだろう」
そう言う割に、クラウスは穏やかな顔のままだ。真っ赤な瞳がこちらをじっと見上げて、ゆっくり瞬きした。
「傷の様子は、どうだ」
あれからもう1ヶ月経つ。手首を深く切った傷は、ちゃんと塞がってはいるが、酷い痕になっていた。
「触ると痛みますが、もう殆ど痛みはありません。演奏にもまだ支障は出ますね」
「そうか」
クラウスはそう呟いて、目を閉じてしまった。
「痛むようなら言え、痛み止めの薬を出すように言ってやる。まあそのうち湯治にでも行くといい」
こちらにもそんな文化あったのか。そうですね、と相槌を打つと、クラウスは小さく欠伸をした。
「……クラウス?」
「……」
反応が無くなった。あれ、寝てる…?動揺してアレクシスさんの方を見上げると、彼も驚いたような顔をしていた。
「寝ちゃいました…」
「そうですね…余程心地良かったんでしょうか」
意外な程、穏やかな寝顔だ。いつもの張り詰めた空気感が無くなったせいか、少し幼く見える。このままだと風邪を引きそうだ、私もこたつで寝て風邪をよく引いた。
クラウスを起こさないように一度こたつから出て、寝室から持ってきた毛布を肩にかけておく。起こしてしまわないかと思ったのだが、彼は全くの無反応だった。
「…お疲れなのでしょう。まだ、魔獣の出現は後を絶ちませんから。国も荒れましたし、陛下が確認しなければならない案件が数多くあります」
確かに、クラウスが私の部屋を訪れる時は、いつも書類の束を持っていた。そりゃあ疲れるだろう。
「そう言われてしまうと、起こせませんね」
頬杖をついて、クラウスの寝顔を見下ろす。視線の先で、クラウスは気持ち良さそうに寝息を立てていた。
どうやら彼はこたつがお気に召したらしい。
それからはこたつのせいで部屋にいる時間が増え、しかもだらしなく昼寝まで始めてしまう始末になってしまい、結局「政務に差し支える」とか言う理由で部屋からこたつは撤去された。商品化も見送られてしまったので、お金も入らずじまいだ。
…というか、私の部屋から撤去しなくていいではないか、という抗議は、全く認められなかった。




